She Is Too Emotional

常陸乃ひかる

Kleptomania

 映画のタイトルにもなった『Sixth Senseシックスセンス』とは、いわゆる人知を超えた力です。ゆえに格好良いとか怖そうとか、なにかにつけて魅力をエピローグ化したがります。

 ですが、手品のタネはいつも幼稚なもの。これは、スーパーのアルバイターと万引き常習犯との、ちょっとした攻防の記憶です。

 が知る限り、アルバイターは戦っていた――!



 土曜日、十七時過ぎ。

「昼頃、Gメンに捕まったじいさんが事務所の机にったモン並べてたっすよ」

 某スーパーの夕勤ゆうきんアルバイター、寺腰てらこしは品出し作業の合間、近くを通りかかった夜間の雇われ店長――通称『裏店長』に声をかけた。

「そりゃ今月は多いよ。春は手癖が悪くなる時季なんだよなあ」

 へらへらしながら長年の経験を口にする裏店長は、今夜もモップを片手に、治安の悪い店内を巡回している。

「年寄りになって苦労しねーように俺も気ぃつけねえと……」

 坊主頭に剃りこみを入れた地元のヤンキーと、頭の上は年中雪景色のビールっぱらおじさんは、歳が三十以上も離れているためか、割と良好な仲だ。

 客がまばらな店内を見渡し、常々思う。スーパーにはいんよう、様々な常連客が来店すると。例えば、


【ワンカップ御爺おじい

 毎晩十九時に、季節を問わず下駄で来店。カランコロンとワンカップを棚から取ると、それを大事そうに両手で持ち、レジへと消えてゆく。無害。


【便秘薬の人】

 月に一度、大量の便秘薬を購入してゆくガリガリに痩せた女性。棚にピンクの商品がないと、高校生のアルバイトにさえ詰め寄ってくる。無害だが、ちょっと怖い。


値引ねびきおばば】

 値引対象外の弁当をカゴに入れたまま店内を一時間以上さまよい、値引シールが貼られる時間を見計らい、弁当を棚にリリース&キャッチ。割と有害。


 そんな中でも、

「あ、今日も来たっすね。万引き女」

 ナチュラルに物を盗んでゆく人物が、最も有害である。

 寺腰の目線の先には、極太黒縁メガネをかけたチークの濃い女が、優雅に夕飯の買い物をしている――ふうに映る。が、容姿に騙されてはいけない。その、どこにでも居そうな二十代前半の女は、キャベツ一玉をピンクのエコバッグに入れ、平然とレジを通過するほど手癖が悪いのだ。

「まあ今日はミノさんが店内に居るんで、あの女も悪さしねえと思いますよ」

 夕勤は基本ふたり体制で、寺腰のほかに恰幅の良いおばさん――井手いでと、仕事が速い大学三年生の美濃和みのわという男で回している。

 

 翌週。

 店の万引き被害があまりにも多く、Gメンを雇うにもお金がかかることから、グロサリー部門のアルバイトを集めた小会議が開かれた。

「ということで、怪しい人を見かけたら挨拶! それで犯罪を抑止できるから!」

 背の高い店長が万引き防止について力説しているが、誰も彼も『バイト』の表情をしている。店長の背後に貼付ちょうふされた今月の予定表は、Gメンが出動する予定こそ真っ白だった。

「大変なことになっちゃったわねえ」

 と、パートの井手が眉をしかめながら溜息をついた。

「マジっすわ」

 寺腰も、大きな吐息をもって仕事量が増えることを懸念した。

「社会問題化してる時点で、わっちたちが解決できるわけないですよ。仮に捕まえてもイタチごっこです」

 無表情で悪態をつく美濃和の言葉を皮切りに、小会議は終幕した。

 井手は本日、昼勤として入っていたのでそのまま帰宅し、寺腰は美濃和とともに夕勤へとシフトしていった。


 二十時前。バックヤード。

「――実はあの女の容姿を見ると、盗む日が大体わかりますよ。例えばパンプスを履いてる日は、まずなにも盗らずに帰ります。逆に、動きやすくて足音を消せるスニーカーの日は要注意」

 万引き女の気配を察知したかのように、仕事が一段落いちだんらくした美濃和は、スイングドアの小窓から店内を観察している。

「なにより盗みの日は、ピンクじゃなくて黄色のエコバッグ持ってるよねえ。あの娘の願掛けなんだか、万引きのしやすさなんだか」

 すると背後から、ぬっと近づいてきた裏店長が補足を口にした。

「マジっすか? ってことは……今夜やられるってことじゃねえっすか!」

 寺腰の目線の先では、黄色いエコバッグとスニーカーを装備した万引き女が、ランウェイを歩くかのように堂々と来店してきたのだ。

「あはは、鬼が出るかスネークが出るか。ちょっくら行ってきますかね」

 そうして店に出ていったのは美濃和だった。会議でもあったように、まずは抑止目的である。万引き犯――とすれ違い様、いつもの倦怠をかなぐり捨て、快活とした「いらっしゃいませー」を放っていた。

 あそこまでキャラを切り替えられると、一種の威嚇とさえ感じる。

「お、俺も行ってくるっす」

 この店がどうなろうと知ったことではない。初めはそう思っていた寺腰だったが、ただ傍観を決めこんでいるのがもどかしくなり、美濃和を追うように店に出ると、品出しをするふりをして別のポイントから星を追った。

 星は購入意思のない物品を手に取り、それを戻す。右へ曲がって、左へ曲がって、通路をウロウロする。それだけで二十分を消費していた。

 アクションがないまま、端末が震えた。確認すると、夕勤用のグループメッセージの通知だった。


  みの[マークに気づいてれば さっさと撤退するはずですが]

 裏店長[包囲網の中でも盗んでやる、って挑戦状かなあ?]

   寺[俺、もう少し追いますわ]


 あと三十分もすれば、蛍の光が流れ始める。

 精算作業が進むレジ、値引作業を終えた惣菜売場――役目を終えた従業員が減ってゆき、客足も減ってゆく。

 しかし本当に動きがない。こうなるともう寺腰は現場を押さえるのを諦め、抑止目的で追い詰めようと考えた。

 それなのに、まるで別の方向へ誘導されてしまう。棚を挟んだ向こう側に居るはずの星は逆方向に移動していたり、はるか遠くを歩いていたり。まるで遊ばれているようで、心は明らかにれこんでいった。あの女、本当に透視能力や相手の動きを読む能力でも持っているのではないだろうか。

 ただ、黄色のエコバッグが来店時よりも少し膨らんでいる。犯行現場は見ていないが、おそらくすでに――


  みの[なんでこうも撒かれるんだろ]

 裏店長[第六感を使ってるんでない?]

  みの[力の無駄遣い]


 閉店十五分前。

 寺腰が闇雲に店内を歩き回っていると、偶然にも星がエコバッグへ商品を落とす姿を目にしたのだ。ついに時が動いた。


   寺[とった、とりました]

  みの[うん見た てんちょ出口おさえましょ わっち西]

 裏店長[東はお任せあれ]


 星の残りフェーズは、エスケープのみ。

 幸いにも出入口は東西の二ヶ所しかなく、すでに裏店長と美濃和がマークしている。それを確認するや否や、星は店の最奥でもある北側に歩んでいった。

 奴は袋のネズミである。逃げ道なんてどこにもない。余裕が生じ始めた時、星が思わぬ行動に出たのだ。

「なっ……! なにしてんだよアイツ」

 アイス売場のれいケースのフタをスライドさせたかと思うと、その上でエコバッグを逆さにし、盗む予定だったであろう商品をすべて冷ケースの中にぶちまけたのだ。

 そうして、ふたたび棚が並ぶ売場の中央へと身を隠してしまった。すぐに追おうとしたが、商品を放っておけばカチコチになる。

「っざけんなよ!」

 寺腰は冷ケースから常温食品の数々を救出し、すぐに星の捜索を再開した。が、どこを探しても黒縁メガネが見当たらなくなっていた。


 寺腰は急いで出入口へ向かい、

「あの女こっち来たっすか?」

 両名に確認を取るが、首が左右に振られるだけだった。そうして流れ始める蛍の光は、敗北ソングにちょうど良かった。

「別の客に紛れて逃げたのでしょうか」

「そんな団子の客居なかったけどなあ」

「クソっ、あの女! どこ逃げやがった!」

 寺腰は思わず感情的になり、咄嗟に自分が『社会』の中に居ることを認識した。ここは、同級生と一緒に過ごす場所ではないという自省である。

「でもさ、諦めてくれれば任務完了ですよ。寺腰くんと裏店長てんちょ、わっちに付き合ってくれてありがとう」

「そ、そうっすね……」

「しかし、わっちたちの動きはまるで読まれ、最後は手品のように姿を消した。あんなのどう考えても――いや、真実を知ったところで損をすることも……」

 美濃和がぼそっとつぶやいた言葉は、通りかかったレジチーフの「お疲れさま」にかき消された。


 数週間後。

 寺腰は偶然にも、大きな薬局で例の万引き女を見かけた。

 関わるのはよそう――目を逸らそうとした時、万引き女に近寄り、談笑を始めた人物こそパートの井手だったのだ。衝撃で体が動かなかった。目線は固定され、すぐに捕捉された。

「あら、寺腰君じゃない」

 迷いのないスムーズな無駄話への導入。その間に万引き女は音もなく離れていってしまった。

と知り合いだったんだな」

「別に隠すつもりわないわよ。あの子は病気だから、感情が不安定になると止められないの。でも捕まったら大変、だって親が呼び出されるんだから」

「事情なんてわかんねーけど、盗みの手伝いなんかしたくねえな」

「あら! お利口りこうさん! お利口ね寺腰君! お利口!」

 井手の目には力がなく、口にだけ感情が宿っていた。付近には客が集まり始め、寺腰は鳥肌を覚えながら背を向けた。


 あの時、美濃和が抱いた違和感も、真実を知らないほうが良いと言った理由も、すべて理解した。彼なりの第六感だったのかもしれない。

 ダミーの監視カメラの位置。Gメンが出動する日の把握。

 見知ったグロサリー専用のバックヤード。グループチャット。

 点と線がつながると同時に、やるせなくなった。


                                   了

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