瞳に映る、心の色は

柚城佳歩

瞳に映る、心の色は

初めから第六感を持って産まれてくる人が珍しくなくなって早数十年。

一口に第六感と言っても、性格や個性と同じように内容は様々で、昔から多く知られている霊感に特化した人もいれば、じゃんけんで相手の出す手がわかるなんてちょっと変わった人もいる。


僕の第六感は、動物の気持ちがわかる事。

人間みたいなはっきりとした言葉でわかるわけじゃなくて、感情が色で見える。

わかりやすいところで言うのなら例えば、楽しかったら黄色、嬉しかったらオレンジ、好意的ならピンクという感じだ。

ただ、気持ちを一言で表すのが難しいように、感情の色も濃淡に違いがあったり、何色かが重なり合っていたり、時には混ざり合って見える事もある。


第六感も今では個性や特技の一つとして受け入れられているから、進路を決める材料として考える人も少なくない。

僕もそのタイプで、物心付いた頃から動物が好きだったし、将来は何か動物に関わる仕事ができたらなと思っている。他の仕事よりもきっと僕の力も活かせるだろう。


うちの中学校の二学年の大きな行事の一つ、職場体験。様々な職種が並ぶ中、黒板に書かれた希望の体験先に名前を書いていく。

僕が狙っているのは地元の動物園だ。

ここは水族館と一体になっていて、敷地の広さと飼育数でも全国的に有名な場所だけあって、うちのクラスでも人気が高い。

定員より希望者が多いと何が起こるか。

決め方はその時によっていろいろあるだろうけれど、一番手っ取り早いものと言えば。


「じゃんけんするよー!」


同じく動物園希望の女子の一声で、十人が集まった。ここから行けるのは五人。確率は二分の一だ。全員一斉にやるといつまでかかるかわからないので、適当にペアを組んでじゃんけんする事になった。それはいいのだけれど……。


「うわ……、もう負けたようなもんじゃん」

「何言ってんの板里いたざと。まだやってないでしょ。ほらいくよ、最初はグー、じゃんけん」


ぽん、のタイミングで僕が出したのはパー、相手の子が出したのはチョキ。あいこにもならずに負けた。


「やった!ラッキー!」

「出す前から僕の手わかってたでしょ」

「しょうがないじゃない、わかっちゃうんだから。ずるいって言われるからいつもはやらないけど、ここは絶対勝ちたかったの。ごめんね?」

「うぅ……」


一週間前そんなやり取りがあって、僕は今日、同じクラスの二人と共に第二希望だった動物病院へと来ていた。


「みんな、今日はよろしく。予約があった人には中学生が来るって伝えているから、あまり緊張しすぎないで、いろいろ見学していってね」


眼鏡を掛けた柔らかい雰囲気の先生の挨拶から始まり、簡単な施設の案内や一日の流れを聞いていると、診療開始の時間となった。

予約のほとんどはペットの健康診断や予防注射で、僕たちもその様子を見せてもらったり、終わった後に少し撫でさせてもらったりして、注射の時以外は比較的和やかな時間が過ぎていった。


そして、もうすぐお昼という頃。

ドアが開くと同時に激しく鳴き続けるトイプードルを抱えた女性が訪れた。抱きかかえられた犬は、腕から抜け出すようにもがいている。


「普段は大人しい子なんですが、昨日の昼過ぎに突然吠えたかと思うと、家の中を走り回ったりして、それからずっと落ち着く様子がないんです。いつもなら用意を始めるとすぐに寄って来るご飯にも、好物のおやつにも反応しなくて……」

「診たところ、どこか痛めている感じもなく、健康状態にも特に問題なさそうですが、他に何か思い当たる事はありませんか?」

「考えてはみたんですけど、これと言って思い浮かぶものは特には……」

「……焦ってるんじゃないかな」

「え?」


思わず呟いた言葉に、先生と飼い主さんが振り返る。


「あ、えっと、僕は動物の気持ちがわかる第六感があるんですけど、その子からは強い焦りと不安が混ざっているのを感じるんです」

「そうなのか。なるほど。最近、ご家族で体調を崩された方などは?」

「いえ、私も家族も特に変わりはありません」

「ご家族ではないとすると……、その子ベルくん、保護施設から引き取ったと言っていましたよね。もしかしたらそこにいた、例えば兄弟犬などに何かあったのかもしれません。それを感じ取った可能性もあります」

「先生」

「ん?どうしたんだい」

「犬にも第六感があるんですか」

「私は寧ろ、動物の方が人より遥かに強く持っていると思っているよ。災害の前に大移動をしたって話はたくさんあるだろう。帰巣本能だって近いものがあるんじゃないかな」


言われてみれば確かに、大地震の前にペットがいつもと違う行動を取ったという話を聞いた事がある。


「……ありがとうございました。私、保護施設に行って話を聞いてみます。あの、もしよければあなたも」

「え、僕ですか?」


予想もしなかった突然の指名に驚く。


「えぇ、一緒に来てくれると心強いのだけど」

「でも、今、実習中で」

「いいよ、行っておいで。気になるんだろう?体験とはいえ今日は君もここのスタッフだ。うちのスタッフを一人付けるから、病院の代表として、こちらの大原おおはらさんを手伝ってきてあげて」


先生の計らいもあって、病院スタッフの方と一緒に、飼い主さんの車に乗り込む。

そこから車で少し行った先に、ベルくんがかつて過ごしたという保護施設があった。

どこに向かっているかわかったのか、ベルくんは吠えるのをやめて、そわそわした気配はあるものの僕の膝の上に座ってくれている。


「着きました……あ、ベルッ!」


ドアが開いたと同時、隙間からベルくんがするりと抜け出した。ジーンズとパーカー姿の男性に向かって真っ直ぐに走っていく。


「うわっ、なんだ、君は……もしかしてベルか」

「すみません山崎さん!」


僕たちが遅れて追い付くと、ベルが再び激しく鳴いていた。


「お久しぶりです大原さん。こんな風に鳴くなんて、ベルはどうしたんですか?」

「それが、実は……」


事情を話すと、施設長だという山崎さんが中へと案内してくれた。


「ベルには確かに兄弟がいる。ある時うちの門の前に、生まれたばかりの二匹が入った段ボールを置き去りにされていたところを保護したんだ。まだ小さかったから、比較的早く里親が見付かってね、ベルの兄弟の飼い主さんとは今でも時々交流があるよ。個人情報を教えるわけにはいきませんが、電話で様子を聞くくらいなら協力出来ますよ」

「本当ですか!お願いします」

「いえ、大人しかったベルがあんな風に鳴いているのを見たら心配になる気持ちはわかりますから。板里くん、君は動物の気持ちがわかると言ったかな」

「は、はい」

「実はね、俺にも第六感があるんだ。俺のは、嘘を付かれるとわかる事。だから板里くんたちが言っているのが本当だと信じるよ。皆さん、ここで少し待っていてください」


少しして、引き取り手の情報が書いてあるらしいファイルを持った山崎さんが首を傾げながら戻ってきた。


「こちらの飼い主さん、仕事を引退してほとんどの時間家にいると言っていたんですが、家電いえでんにも携帯にも出ないんですよ」

「じゃあ、わからないんですか」

「こうなってくると自分も気になってきました。杞憂ならいいんですが、ちょっと家に直接行って確かめてきます」

「それ、僕たちも一緒に行ったらダメですか」

「うーん、そうだなぁ……。わかりました、皆さんも車に乗ってください。近くまで行ったら俺が先に行って様子を見てきます。ベルの兄弟がいますからね。なんともなければ話をして、会わせてあげましょう」

「ありがとうございます!」


大原さんの車はそのまま駐車場に置いて、施設のバンに皆で乗り込んだ。

住宅街を通り過ぎて、静かな道をしばらく走る。

やがて一軒の家が見えてきた頃、ベルが一層激しく鳴き出し、足踏みまでし始めた。

そしてその声に反応するかのように、もう一つ犬の声が聞こえてきた。


「これは……、茶太郎の声だ。皆さんはここにいてください。急いで見てきます」


車から降りた山崎さんの走る背中を祈る気持ちで見つめていると、ものの数分もしないうちに戻ってきた。


「き、救急車っ、それから警察も呼んでください!」


そこからは一気に慌ただしくなった。

どうやらベルの兄弟犬、茶太郎の飼い主のおじいさんは家の中で倒れていたらしく、大原さんたちが呼んだ救急車が来るとすぐに病院に運ばれて行った。

その後すぐにパトカーも来て、僕たちは順に事情を聞かれ、動物病院と学校にまで連絡が行く事となり、同じ説明を何度も繰り返した。

ベルと茶太郎を落ち着かせたりもしてやっと一段落した頃、おじいさんの意識が戻ったとの知らせが入り、謎の一体感が生まれた僕たちはハイタッチをして労い合った。


「よかった……、誰もなんともなくて」

「茶太郎は、飼い主が急に倒れたから不安になったんだな。ここは他の家と少し距離があるから茶太郎の声も届かなかったんだろう」

「じゃあベルはその不安を感じ取ったんですね」

「そしてその気持ちをさらに板里くんが感じ取ったわけか。おじいさんを助けられたのは、板里くんのお陰だな!」


僕は普通にしていただけで、実際にいろいろ動いていたのは山崎さんたちだから、こんな風に言われると少しくすぐったい気持ちになる。

だけど、ほんのちょっとでも誰かの力になれたと思うと嬉しくもあった。


後日、ベルの散歩中に偶然すれ違った大原さんにあの後の話を聞かせてもらった。


「実はね、茶太郎の飼い主さん、私の高校の時の先生だったの!不思議な縁もあるもんだねって、あれから時々ベルと遊びに行かせてもらってるのよ」


初めて見た日とはまるで違って、散歩中のベルは“楽しい”で溢れている。

ベルたちと会えたのも、きっと何かの縁があったんだろうな。

職場体験は想像していたものと全く別のものになったけれど、その分忘れられない日になった。

将来どんな道を選ぶかはまだわからない。

でも一先ず今は僕に向けられた“遊ぼう”の気持ちに応えてベルを構い倒そうと思う。










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