第六感で俺の居場所を特定してくるタイプの幼馴染み

相葉ミト

もう幼馴染みから逃げられない

「部活お疲れ様。これ、タオルと飲み物」

「ありがと、姫花ひめか


 白柳しらやなぎ敬士けいしは、清都きよと姫花ひめかからファンシーな猫のキャラクターのタオルと、スポーツドリンクを受け取った。

 サッカー部の練習が終わった後、なんとなくスマホで面白い投稿を探すの夢中になっていたせいで飲み物を買いそびれたから、姫花ひめかの差し入れは素直にありがたいが――。


姫花ひめかは生徒会の仕事してたはずだろ? しかもサッカー部は今、密にならないように日ごとに違う時間で練習してるから、スケジュールが不規則なんだけど――なんで、俺の居場所が分かったの?」


 そう。

 ウイルスの感染拡大が起きる前は、いつも同じ時間に練習を終えていたから、差し入れのタイミングが分かるのは当たり前だと敬士けいしは思っていた。

 しかし、今の不規則なスケジュールになっても、不思議なことに姫花ひめか敬士けいしの練習時間の終わりと同時に、敬士けいしに差し入れをくれる。

 大体スマホをいじっているときに声をかけてくるから、ヒヤッとするけど。


「――第六感、だよ。幼馴染みだから分かるんだ」


 そう。

 本当か嘘か敬士けいしには分からないが、姫花ひめかには第六感があるらしい。

 それで自分を見つけて、いつでもどこでも世話を焼いてくれるから、敬士けいしには姫花ひめかに甘やかされている自覚がある。

 実際、助かっている面はあるのだけれど、幼馴染みだから姫花ひめかはまだ自分のことを小さな子供だとおもっているのではないか、と敬士けいしは思っている。


姫花ひめか、助けてくれるのはありがたいけど、俺、もう高校1年生。だからチビのどんくさかった頃とは違って、姫花ひめかに負担をかけるくらいなら、自分でやれることは自分でやるべきだと思ってるんだ。今までありがとうね。生徒会も忙しいだろうし、もう姫花ひめかは、俺にかまわないで、自分のやりたいことをやったらいいぞ」


 実を言うと。敬士けいしはサッカー部のマネージャー、柏尾かしお明日華あすかに一目惚れしていた。

 真面目に練習し、マネージャーの仕事を手伝い、とにかく明日華あすかにかっこいいところを見せ続け――ついに敬士けいしの努力は実り、今週末、明日華あすか敬士けいしの二人で遊ぶ約束を取り付けたのだ。

 姫花ひめか敬士けいしはただの幼馴染みで、恋愛感情はないが、それを知らない明日華あすかが、敬士けいしに差し入れする姫花ひめかを見たら、どう思うことか。


「私のこと、いらなくなっちゃったの?」


 棄てられた子犬のような目をする姫花ひめかに対し、首を振る敬士けいし


姫花ひめかのことは、大事な幼馴染みだと思ってる。だから、姫花ひめかに負担をかけたくないんだ。姫花ひめかは俺の召使いじゃないから、何から何まで俺の面倒を見ようって抱え込まなくて、いいんだぞ? それに、これからの時代、女に身の回りのことをさせる男なんて時代遅れだなあ、って思ったからだよ」

「……そっか。じゃあ生徒会に戻るね」


 姫花ひめかは笑顔で敬士けいしに手を振ったので。

 敬士けいしは、姫花ひめかの瞳の中に渦巻く闇に、気付けなかった。



 数日後。


白柳しらやなぎくん、映画、面白かったね!」

柏尾かしおさんも楽しんでくれてよかった! まさかの展開で俺、映画館の中で大声出しそうになってた」


 敬士けいしは、晴れて明日華あすかと大型ショッピングモールに出かけていた。

 最上階の映画館から降りるエスカレーターの途中。敬士けいしの感想に、くすくすと明日華あすかは面白がる。


「やっぱり? あのシーン、白柳しらやなぎくんはどんな反応してるのかなーって横見たら、ものすんごい変顔してたもん。写真撮ってストーリーで流したら、絶対サッカー部でウケる顔だった」

「映画館でよかった!」

「いやー、あの瞬間は映画館でスマホの電源切らなきゃいけないのがめっちゃ歯がゆかった!」


 インターネットに黒歴史が放流されずに済んで、敬士けいしは胸をなで下ろす。


「ところでさ、これからどうする?」


 エスカレーターが下の階につき、明日華あすか敬士けいしにたずねる。


「確かに、映画館の中でジュース飲んだからお茶って気分でもない――そうだ」


 下の階はゲームセンターになっていて、ピコピコ賑やかな音楽が流れている。

 敬士けいしの目に、姫花ひめかから借りたタオルに描いてあった、ファンシーな猫のキャラクターのぬいぐるみが詰まったクレーンゲーム機が飛び込んできた。


柏尾かしおさん、あの猫のぬいぐるみ、二人で取ってみようよ」

「あの大きいぬいぐるみ? やるやる!」


 そう、二人で大きなぬいぐるみに挑戦することにしたのだが。


「あー! なんで掴めたと思ったら落ちるの!」

柏尾かしおさん、百円玉ある? 俺はなくなったから両替してくる!」

「あと3枚! 頑張ってみるから両替いってらっしゃい!」


 結果は、二人とも手持ちの百円玉をゲーム機に吸い込まれていた。

 明日華あすかがこちらを見ていないことを確認して、敬士けいしはスマホの電源を入れる。

 検索アプリを立ち上げ、敬士けいしは「クレーンゲーム コツ」と検索する。 

 どうやら、アームを上手く使ってぬいぐるみを引き寄せる必要があるらしい。

 検索を終えた敬士けいしは、両替機に千円を入れ、百円玉10枚に引きかえた。


「お待たせ!」

白柳しらやなぎくん、ダメだった……あとちょっとなんだけど」


 敬士けいしが見ると、ぬいぐるみは落し口に近づいているものの、まだ落ちそうにない。


「おっけ、やってみる!」


 敬士けいしは検索結果を生かして、アームでぬいぐるみを引き寄せるようにしてつかむ。

 ぬいぐるみは持ち上がり、ポトリと落し口に落ちる。


「……取れた」

「やったね!」


 と、二人でハイタッチした後、明日華あすかがつぶやいた。


「これ、二人で取ったけど、どっちのにする?」

「ゲーム機に入れたのも同額だしなあ……でもかさばるから、いったん俺が持つよ」

「いつも思ってたけど、白柳しらやなぎくんって気が利くよね」

「そう? 昔から、荷物を持ってやらないとすねるヤツがいたから、そのせいかも――ッ!」


 例えるなら、突然猛吹雪が吹き付けてきたような。

 敬士けいしは冷たい視線を背後に感じて、反射的に振り返った。

 ギラギラと光を放つゲームの筐体きょうたいの濃い影のように。

 姫花ひめかが、敬士けいしの後ろに立っていた。


敬士けいし、何してるの?」

姫花ひめか、どうしてここが?」


 仄暗ほのぐらい光をたたえたまま。

 姫花ひめかの口角がつり上がる。


「なんで敬士けいしの居場所が分かったのか? ――第六感、だよ」


 怖い!

 冷や汗が噴き出す敬士けいしだったが、明日華あすか姫花ひめかを見て、「ふうん」とチェシャ猫のようににやにや笑い始めた。


「荷物持たないとすねるヤツって、あの子?」

「そうだけど……」

「なーるほどね。このぬいぐるみ、取ったのは白柳しらやなぎくんだから、白柳しらやなぎくんのでいいよ。いいプレゼントになるじゃん。その代わり、惚気のろけ、期待してるね! じゃあ二人でごゆっくり!」

柏尾かしおさん……?」


 なぜかスキップで去って行く明日華あすかの背中を見ながら。

 どうやら自分の初恋は終わったらしい、と敬士けいしにはわかってしまったのだった。


「私の家、行こっか」


 初恋に敗れたショックで心ここにあらず状態の敬士けいしは。

 気づけば、姫花ひめかに引きずられるまま、姫花ひめかの家、それどころか姫花ひめかの部屋に入っていた。


「ジュース用意するから、敬士けいしはのんびり待ってて」


 そう言われても、ファンシーグッズだらけでなんだかいい匂いがする女子の部屋は、敬士けいしには居心地が悪くて。しかもなぜかベッドの上に座らされている。

 必然的に、敬士けいしはスマホをいじることになる。ちょうどアプリストアが、アプリの更新があるという通知を送ってきた。

 アプリストアを立ち上げると、更新が必要なアプリは『第六感』という名前だった。こんなアプリ入れたっけ、と敬士けいしは思い、詳細をタップしてみる。

 ――あの人の今の場所を把握! 第六感と答えれば嘘じゃない!

 なんだ、これ。

 敬士けいしはアプリの説明を読み進めようとしたが。


敬士けいしお待たせ! ジュースだよ!」


 ちょうど戻ってきた姫花ひめかになみなみとオレンジジュースが入ったコップを渡され、スマホを手放す。


「ありがと」


 失恋のせいか、いつもよりオレンジジュースが苦い。なぜか、姫花ひめかはオレンジジュースを飲まず、にこにこと敬士けいしを見ているが――目が笑っていない!

 敬士けいしがそのことに気づいたとき。

 かっと体が熱くなり、手足の力が抜けた。


敬士けいしが悪いんだからね、私がいるのに、他の女に目移りするから」

「何を――ッ?!」


 ベッドの上に倒れ込んだ敬士けいしに、姫花ひめかは光が消えた目で馬乗りになる。


「実は、さっき敬士けいしに飲んでもらったのは、オレンジジュースに――お父さんの焼酎を混ぜたもの」


 どうりで体が熱いわけだ。敬士けいしは酔っ払ってふらつく手足で抵抗しようとするが、姫花ひめかに腰に体重をかけられているせいで、全く抜け出せない。

 姫花ひめかが、敬士けいしの上半身にものしかかり、ぐっと顔を敬士けいしに近づける。


「私がどれだけ敬士けいしが好きで、ずーっと敬士けいしのことを見ていたくて、敬士けいしに尽くしたいのか、思い知ってね?」

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第六感で俺の居場所を特定してくるタイプの幼馴染み 相葉ミト @aonekoumiha

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