リンリン

小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中)

第1話   リンリン

 推しとか、アイドルとか、人生が潤うほど誰かを、何かを、好きになるという感情が、よくわからん。自分のことを考えるだけで、精一杯だ。あれもこれも好きになれん。


「皆さーん、おはよーございまーす!」


 そんな俺が今、一日警察署長なるものを勤める知らんアイドルを見上げながら、ファンの集まりの中でボーッと突っ立っているのは、突如生まれた気の迷いだった。

 すげーファンの数だな。身動きが、取れん……。


「本日、一日署長を勤めます、リリンです。よろしくお願いしまーす!」


 長い黒髪が日差しを受けて、輝いている。髪の毛が輪っかみたいに光るのって、天使の輪って言うんだっけか。本物の婦人警官の制服を着ていても、ああアイドルなんだってすぐにわかるカリスマっぽい笑顔の作り方には、さすがだなー、プロだなーって、感心する。


 でも、この子を追いかけたいかと言われたら、べつに……。可愛いとは思うがよ、俺は熟女系爆乳美女しか反応せん。こんな乳臭いガキ、なんも思わん……。


 即席で作られた白い木材のステージの上で、メガホン片手に、ファンにいろいろメッセージ送っとるわ。なんか、火の用心とか、右見て左見て気をつけて渡ろうね〜とか、小学生が親や先生に言われとることと大差ないなぁ。


 あれ? どうしたんや? 結構長く俺の方を見つめとるな。しかも片手で口を覆って、びっくりマナコで。


 その表情に、俺もびっくりやわ。何をそんなに驚くことがあるんだ?


 まさか、俺がたまたま散歩のついでに立ち寄っただけの、ファンでも何でもない近所の短大生やって気づいたんか?


 あ、すごい恥ずそうにしながら顔を背けられた。


「すみません、気になる人が、いまして……」


 え……? え?


 え?


 マ? 俺???


 ……いやいや、まさか。たまたま目が合って、そいで三秒ほど見つめ合っただけやわ。もしかしたら俺の後ろに親御さんでも立っとった、とか……あ、あれ? なんだか、周りの奴らがめちゃくちゃ俺のほう振り向いてるぞ?


「あの黒いシャツのヤツ?」


「それっぽ!」


「あーあ〜、リリンたん、すげーからな〜。一週間じゃね?」


 一週間? 一週間って、何がだよ??? おい何笑ってんだよ! 説明してくれ! 俺は一週間後にユーレイ的な何かに遭遇するのか??? や、やめろ、マジでやめろ、俺は暗い廊下は電気つけなきゃトイレ行けないくらいビビリなんだよ!!


 つーか、もうこの状況がすでに無理だわ! ホラー映画過ぎる!


 俺は脱兎のごとく、逃げだした。




 近くの牛丼屋で口いっぱいに掻き込む頃には、今朝の奇妙な事などすっかり頭から抜けていた。それなのに……


「今日リリンって子がこの辺りに来てたんだろ? ヤベーって噂の」


「あ、窓から見たー。ちょーヤバイよね、めっちゃ怖かったもん」


「絶対目ぇ合わせたくねーし。なんであんなのアイドルになってんの? 実害が出てんじゃん」


 うーわ、なんだよ、この空気。リリンちゃんって、まさか前科持ちの元ヤンとか? 笑顔は可愛いかったけど……可愛いからって純粋な性格とは限らんよな。炎上でのし上がったとか? 他のアイドルの悪口でも書き込んでたとか?


 うーむ……べつに気になったわけじゃないが、己への社会勉強的な意味で、スマホ片手に検索してみた。

 芸名がリリンってことしか知らないけど、悪評名高いみたいだし、すぐに検索候補で出てくるだろ……え?


 リリン やばい 検索してはいけない 呪い


 なんだ、これ……? アイドルの検索候補に出てきていいワードか? 都市伝説かよ。


 えーっと、他には何が出てくるかな。


 必ずファンになる リリナちゃん マジカル・リリナちゃん お祓い


 ……誰だよ、リリナちゃんって。俺はリリンちゃんを検索してるんだよ。


 もういいや、公式サイトに行くか……あ、出てきたぞ、って、うーわ! びっしり設定が書いてある! 厨二のノートかよ。ステージ映えしそうなアイドルの衣装を着たリリンちゃんと、ハーフだろうか、お人形みたいな顔つきの、金髪ポニテの魔女っ子っぽい衣装を着たリリナちゃんの画像が、並んで表示されていた。


 そして、この設定の量よ……まあ、読んでみますか。


 なになに〜? 戦隊モノ? 百合? なんかよくわからん言葉が頻繁に出てくるな……俺そっちの世界にめっちゃ疎いし、べつに詳しくなろうとも思わん。俺の踏み込めない領域に住んでるんだなって事は、わかった。


『私は地球人推しなんです! ファンの皆様がだーいすきな、ミラクル宇宙人なんです!』


 最後のほうに、正気を疑うセリフが表記されていた。



 そう思っていた時期が、アリマシタ……。



 今日もバイトだ……あーあ、今週アホみたいなミスの連発でテンション上がらん。なんか眠れないし、きびきび行動できてない。昨日はついに店長からクビ予備軍であることを告げられてしまった。


 こうなる前は、金にもなるし、バイト仲間と休憩時間にだべるのも楽しかったし、接客は嫌いじゃなかったし……それもここ一週間のミスを繰り返すまでの、楽しい感情だった。

 

 のろのろとアパートの扉を開けて外に出ると、玄関前に、やたら派手な格好した女の子が立っていた。


 サイトで見た、あのリリナちゃんそのものだった。


「そこのあなた!」


 ビシッと指を差されて、俺は思わず後ろを振り向いた。って、今この部屋から出てきたんだからアパートの扉しかねーわ。


「え、俺?」


「そうよ。最近、いろいろと困ってるんじゃない?」


「え、あ、はい……」


 げ、しまった、ついうなずいてしまった。思えば、最近眠れてなくて、頭が働かなさすぎて、何も深く考えられなくなっている気がする。バイトでもミスが多いし、授業もほとんど寝て過ごしてる。友達とも集まれてないし、レスも俺一人だけ遅くて話題に置いていかれ気味だ。思い当たる節、まだまだ挙げたらキリがない。


 体も重だるいし……特に肩が重い。でかい石の入ったリュックを背負ってるみたい。


「あんたにのしかかってる悪霊、このあたしが祓ってあげるから感謝しなさい!」


「は、はあ、悪霊?」


 あ、神社とかで聞いたことがある、けっこう本格的な祝詞のりとを唱えてくれるんだな。


 あれ? 肩が……ほ、本当に、肩が軽くなった! いや、肩だけじゃない、体も、それどころか心すら、今からどっかに出かけたくなるほど弾みだしている!


 な、なんだこれ……なんだこれぇ!?


 リリナちゃんって、本当に魔女っ子なのか!? いや、どっちかって言うと神社の巫女さんポジだよな。


「すげえ……めっちゃ感動した!! 俺、人生でこんなに感動したことないかもしれん!」


 よっし今日こそは挽回するぞー! なんだこれ、めっちゃやる気に満ち溢れててマジ楽しい!!


「ありがとうリリナちゃん、なんか今ならなんでもできるかも」


「喜んでもらえてよかったわ! それじゃ、あたし行くから、次のライブもよければ遊びにきてね!」


「絶対行くわ! もうこれマジ行くしかないわ」


 ちょうどリリナちゃんの後ろを、お隣さんが気味悪げに通っていった。


「あの、大丈夫ですか?」


「え? すこぶる元気ですけど???」


 なんでそんなこと聞かれたのか、わからん。そっちこそ大丈夫かよ、魔女っこ衣装のアイドルが立ってるんだぞ?



「私は地球人推しなんです! ファンの皆様がだーいすきな、ミラクル宇宙人なんです!」


「イエーイ!」


 俺は約束通り、彼女たちのライブのチケットを予約して、いろいろと用語も勉強し、今ではペンラを振り打ち回している常連と化した。友達も増えたし、新しいバイト先は楽しいし、よく眠れているし、授業もノート広げた瞬間から集中力爆アガりで、もうめっちゃ楽しい。なぜ今までの俺は、自分の好きなものをどんどん探して行かなかったんだろう。無趣味であること、ダチ以外の他人に興味が全くないことは、人生をヤバめに格下げしてたんだな。


 リリンちゃんもリリナちゃんも、めっちゃ仲良しで可愛いし、何か特別感あるし、かっけーし! アイドルを好きになるには、この四つだけで充分っしょ。異論は認める。


 お、リリンちゃんがまた一点を凝視し始めたぞ。


 そして、すごい恥ずそうにしながら顔を背けた。


「すみません、気になる人が、いまして……」


 リリンちゃんが凝視していた先を、俺たちも振り向いて確認してみると、


「あわわわ……」


 なんかパッとしない感じの、バーコードのおっさんサラリーマンが立っていた。大方、知り合いの付き添いか何かで、気まぐれにチケット取って参加したって感じの。


「え、あ、あの……えっと……」


 俺らに一斉注目されて、めっちゃ狼狽しとる。


 そうか、次はあんたか。


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リンリン 小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中) @kohana-sugar

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