ラーラ先輩が魔法学校卒業するってよ
天猫 鳴
推し活する側される側
サンティーダ魔法学校のアイドル、ラーラ先輩の卒業が迫っている。
「ラーラ先輩はまだいるのに。・・・・・・こんなに推し活が盛り上ってるってどうなんだよ」
ルディは寮の自分の部屋から頬杖付きながら下の喧騒を眺めていた。自然とため息がこぼれてしまう。
「カラリさんに1票を!」
「ルルクさんに1票をお願いします!」
「清き1票をサンクさんに!」
各魔法学校にはそれぞれ代表となるアイドルがいる。学校の象徴となる人が卒業すると次のアイドルを選ぶ。それが決まり。
「僕の推しは永遠にラーラ先輩だよ。純潔の乙女、神々しき姫」
初めて彼女を見たときの美しさを今も忘れられない。
(底辺の僕にさえ声をかけて手助けしてくれる、優しい女神様)
ルディが魔法学校に入学したとき彼女は既にアイドルだった。真っ白なユニコーンと並んで歩く姿は光輝いていて一目で心を奪われた。他の学校との交流イベントの時も彼女の姿を見ると誇らしくて幸せだった・・・・・・のに。
「みんな手のひら返し。ひどいよ」
アイドル候補者の幻影が手を振りながらルディの目の前を通過していく。それぞれの履歴やおすすめレビューの書かれた紙飛行機が、ルディの部屋にも沢山飛び込んできていた。
ルディの部屋に飛び込んできた紙飛行機のひとつが人の姿に変わった。
「ルディ、浮かない顔してまだ決められないのか?」
ルディの肩にガルが手をかけた。仲良しのガルは楽しそうに推し活をしている。一緒にラーラ先輩にメロメロになってた日々が嘘のようだ。
「なっ、サンクさんに入れろよ」
「ちょっと待った!」
「うわっ!」
窓から弾丸のように飛び込んできた鳥がガルの手をつついて、あっという間に人の姿になる。
「ルディ、ルルクさんに入れて。ねっ」
いつもより2割増しの可愛い声でキキがそう言った。
「僕が先に声かけたんだぞ」
「先か後かなんて関係ないわ」
(ああ、うるさい)
両耳を押さえてルディはふたりの間から逃げだした。
「ちょっと待ってよ」
「ルディ」
急いでベッドの中に潜り込む。
「おい、ルディ」
「話を聞いてよ」
「ほっといてよ」
「サンクさんの炎のドラゴン知ってるだろ? 格好いいよな」
「ルルクさんもユニコーンを連れてるの、ラーラ先輩と一緒よ」
毛布を被るルディにふたりは推し活を続ける。
「今ならドラゴンの背に乗せてもらえるんだぞ」
「ルルクさんは男子なのにユニコーンに認められてるのよ。凄くない!?」
「サンクさんは度胸があって戦闘能力も高い」
だんだんとふたりの声が大きくなってきた。
「ルルクさんが世界一よ」
「サンクさんは宇宙一だ」
ガバッ!!
「うるさいなッ!」
稲光が明滅し雷がとどろく。
「うわあ」
「きゃあ」
突然起き上がったルディがベッドの上で仁王立ちになってふたりを見下ろした。
「僕はまだ次なんて考えられないよ!」
ルディが叫ぶと同時に炎が生まれた。
「ルディ待て」
「僕にはラーラ先輩だけなんだッ!」
炎の形が見る間に蛇のようになっていく。
「落ち着いてよ」
「そう簡単に推しを替えられるかッ!!」
そして、ふたりの回りを炎の蛇がぐるぐると動き回りはじめた。
「わるかった、ごめん」
「ごめんねルディ。ゆっくり考えて」
ホウキにまたがって慌てて部屋を出ていくふたりに背を向けて、ルディは毛布にくるまる。深く息を吐くと炎の蛇がふっと消えた。
(投票どころか推し活する気力もないよ)
泣き出しそうな顔で突っ伏する。
(ん?)
頬をぺろっとなめられてルディは顔を上げた。
「ヨナシー」
火トカゲのヨナシー・ショーがルディを見上げていた。黒目がちの真ん丸の目にうるうると見つめられてルディは笑った。
ずっとルディの肩にいたヨナシー。ガルとキキがいるあいだ体を透明にしてじっとそこにいた。
「次を決めなきゃいけないってわかるけど、ラーラ先輩と比べたらどの候補もいまいち」
そう言ってヨナシー・ショーの頭を指でそっと撫でる。
くるるっ
嬉しそうに声を立てるヨナシーにルディはまた笑った。笑うルディの頬をヨナシーがまたなめる。
「こもってても仕方ないね。散歩にでも行こうか」
寮の前の人だかりを抜けて幻想の森の小路を歩く。
学校を取り囲む森。いつもながらに霧が漂っていて、不気味とも幻想的ともいえる景色が広がっている。
怖がって森へ近づかない生徒も多いけれど、ルディはけっこうこの森が気に入っていた。ひとりで考え事をしたいときにはここがいい。
「ヨナシー、お家に帰ってもいいんだよ」
黒目をくるくるさせて辺りを見るだけで、ヨナシーは今日も帰る気はないらしい。出会って1ヶ月。何度か森に連れてきたけれどずっとルディから離れない。
(もう僕の相棒にしちゃってもいい?)
魔法使いが連れている生き物といえば黒猫かフクロウが定番だ。
ラーラ先輩のユニコーンもサンクさんのドラゴンも元々はこの森に棲んでいた生き物。幻想の森には伝説の生き物がひそんでいる。
ここで出会い彼らに友と認められたら一緒に過ごせるようになる。魔法使いにとってそれは誇らしいことだった。
「僕には火トカゲくらいがちょうどいいのかな」
伝説の生き物と出会いたくてここに来るんじゃないけれど、やっぱりほんの少しの期待は心の隅にあった。
「ヨナシー・ショー、僕とこれからも一緒にいようか」
この1ヶ月の間、ヨナシーにはラーラ先輩の事や色々な悩みや愚痴を聞いてもらっている。もしかしたら今では1番の親友かもしれない。
「ルディ?」
ふいに声をかけられてルディは振り返った。
「ああ、やっぱりルディね」
「ラーラ先輩!」
心臓がどきりと跳ねる。
「また1人で散歩なの?」
「はい」
「誰かと話してたみたいだったけど」
「あ、こいつです。火トカゲのヨナシー・ショー」
「・・・・・・火トカゲ?」
ラーラへ見せようとルディが腕を差し出す。が、そこには何もいなかった。
「ヨナシー姿を見せてよ。ラーラ先輩は怖い人じゃないって知ってるだろ?」
ルディの呼び掛けに火トカゲの体が見えたり消えたりしている。
「ごめんなさい、恥ずかしがり屋で」
「ふふ、小さい子はみんなそうよ。そうじゃないとここは危険な場所だから」
火トカゲを見ようと近づいたラーラから良い香りがする。彼女の柔らかな金の髪がわずかな光を反射して美しく輝いていた。
「はじめまして、ヨナシー・ショー。名字をつけてもらえて嬉しいわね」
彼女の優しい気配に落ち着いたのかヨナシーは透明になるのをやめて姿を見せた。
「目が大きくて可愛いわね」
「はい。小さいのに大食漢なんですよ」
「そう・・・・・・、この森で出会ったの?」
「はい、空賊ガラスに襲われてたのを助けてあげたら懐かれたみたいで。何度連れてきても帰ろうとしないんです」
自分を見つめる女性が珍しい。そう言いたげにヨナシーがラーラを見つめ返していた。
「でも・・・・・・この子、火トカゲにしては」
「どうかしましたか?」
ラーラが考え込む。
「大いなる辞書よ、この生き物の名を我に示せ」
ラーラが呪文を唱えると分厚い本が空中に姿を現した。
スポットライトを浴びるように光る本は、勝手にバラバラとページをめくっていく。そして、1つのページを開いたまま動きを止めた。
本を覗き込むラーラの後ろでルディがきょとんとしている。
「・・・・・・え? そうなの? 本当に?」
「ラーラ先輩?」
本を食い入るように読んでいる彼女にルディは声をかけた。
「ルディ、凄いわ! あなた次のアイドルに立候補すべきよ!」
「え!? あのッ」
「急がなくちゃ」
「ラーラ先輩?」
戸惑うルディに説明の時間も与えずラーラが呪文を唱える。
「空間に橋を架け、まばたきの間に我らは翔ぼう」
ラーラが唱えた次の瞬間、ルディとラーラは寮の前に立っていた。
突然現れたふたりに驚いて学生達が距離をとる。自然とふたりの回りに丸い空間が出来ていた。
「みんな、聞いて! ルディは
彼女の言葉にどよめきが走った。
寮の部屋から次々と生徒達が顔を出し、外にいる生徒達が集まってくる。
(虹竜? ヨナシーが!?)
ルディが驚いている間に先生達も集まってきてヨナシーは皆の知るところとなった。
光と雨と炎を司る虹の竜。
太陽の光竜の次に偉大だと言われる虹竜。
「これが虹竜? 初めて見る」
「もう何10年も目にしなかった。素晴らしい!」
ルディはあっという間に一番人気の候補者になった。ガルとキキも手のひら返しだ。
(推し活をしてた僕が推し活をされる側になるなんて、夢みたいだ)
沢山の生徒から手を振られ握手を求められる。
先輩から声援を受け後輩から応援の声をもらってルディの学校生活はがらりと変わった。
「ヨナシー、本当の君に気づかなくてごめんね」
謝るルディにヨナシー・ショーは小首をかしげて小さく鳴くだけだった。
□□ おわり □□
ラーラ先輩が魔法学校卒業するってよ 天猫 鳴 @amane_mei
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