第52話 エピローグ


 チャイムの音を聞いて、雫結は部屋のドアを開けた。


「鶫さん?」

「沖之さん……狩羽君の事で、ちょっといい?」


 二人は鶫の淹れた紅茶を飲みながらテーブルに向かい合って座る。


 お互いの深刻な顔で生まれた沈黙を最初に破ったのは、やはり鶫だった。


「ねえ、沖之さんは、狩羽君と幼馴染なのよね?」

「うん、そうだよ」

「狩羽君って、いつもああなの? その、あんな、他人のために命投げ捨てるみたいな、今回なんて銃で武装した連中相手にしたのよ」


 そう言われて、雫結は昔を思い出すように目を細め、息をついた。


「うん、さすがに銃とはそんなに戦った事は無いけど、鷹徒くんは、自分の事はあまり考えない人だから……」

「昔から?」

「うん……」

「貴方のために?」

「うん……」

「でも貴方と狩羽君は……」


「ただの友達だよ……鷹徒くんにとってわたしはただそれだけの存在、でも鷹徒くんが命を賭けるのにはそれだけで十分なの、わたしの事以外でも、鷲男くんの為に戦った時もあったし、そして今回はわたしと鶫さんと美羽ちゃんのために命をかけて戦ってくれた」


「ええ、でも普通の人はそんな事しないわ」

「うん、普通の人はそんなことしない」


 鶫は紅茶を一口飲んで、また口を開いた。


「その、やっぱり狩羽君がそこまで他人の為に尽くすのって……こんなの、私の思い過ごしであって欲しいんだけど……」


 ティーカップを置いて、雫結は目を伏せた。

 鶫の表情から、雫結は彼女の考えを悟り、呟いた。


「ええ、理由は単純……鷹徒くんには、親が……」


「やっぱり」


 自分の想像が当たっていた事を鶫は悲しみ、雫結もまた、辛そうな顔をする。


「鷹徒くんは、孤児院に他の子と違って、ただ幼い頃に捨てられたわけじゃない……親からの愛を一切受ける事無く、生まれたその日のうちに孤児院の前じゃなくて、ゴミ箱に捨てられた」

「狩羽君の親にとって、狩羽君は育てられないのではなく、ただ邪魔だっただけ、自分の子なのに、存在を抹消したかった……」

「うん、鷹徒くんは……その事を気にしている様子は無いし、わたしにもあっさり教えてくれた、でも鷹徒くんね……」


 雫結の目に、普段よりも多くの涙が溜められる。


「孤児院の子が、引き取り手が見つかったり、元の親が迎えに来たりした時、いつもその子が親と一緒に孤児院を出て行くのを見ていた……それで、そういった日には、いつもよりも口数が少なくなるんだ……」


 雫結から知らされた新たな事実に、鶫は軽い放心状態になり、彼女も目を伏せた。


「極端に幼い頃の記憶は思い出せなくなるけど、無くなるわけじゃない……どんなに幼い頃の体験だろうと、それは確実にその人の深層心理に働きかけて、人格形成に大きく関わってくるわ……まして人間は本来、親に育てられながら集団生活をする生き物、沖之さんが今言った事が証拠ね、狩羽君は無意識的に愛を欲している……」


「うん、本人が気付いていないだけで、ううん、本人が意識しなくても、そういう性格に育っちゃったから……あんな性格に育っちゃう環境にいたから……」


「ええ、狩羽君は愛され無さ過ぎたから、自分の側にいてくれる人、自分に愛をくれる人、そして愛されない辛さを知っているからこそ、愛に餓えたかわいそうな人を無意識的に守ってしまう、例えそれで自分が命を失ったとしても、彼は皆を守る事に何の疑いも持たない……何よその性格……どれだけ哀しい人間なのよ……」


「愛されたくて、愛してくれる人を失いたくなくて、愛されない人を救いたくて命を賭ける。きっと鷹徒くんは一生そうやって生きていくんだと思う……」


 場に重い空気が流れて、再び雫結が告げた。


「だから、わたしは鷹徒くんを愛で満たしてあげたい」


 鶫が顔を上げて、雫結と視線が絡む。


「鷹徒くんが愛されて無いなんて感じれないほど、一生愛の心配をしなくていいように、わたしは、わたしの愛で鷹徒くんを満たしてあげたい、それが……わたしの夢、かな……」


 その言葉に、鶫は表情を和らげて紅茶を口にした。


「そうね、でも沖之さん、その願いは結構早く叶うと思うわ、ただし、貴方の愛だけじゃないでしょうけど」


 意味ありげな言葉に雫結が首を傾げると、雫結の部屋のチャイムがまた鳴った。


「ほらきた」


 鶫に言われて雫結がドアを開くと、そこには見慣れた人達がいた。


「み、みんなどうしたの?」


「はい、実は先週で終わった試験の結果を直接お伝えしたく参上いたしました。上がってもよろしいでしょうか?」

「え、ええ」


 頷くと皆がゾロゾロと部屋に入り、その光景に雫結は鶫の言葉の意味が分かった。


「たっちゃーん」

「こらチビっ子、この駄犬は将来アタシの所有物になるんだから離れなさいよ!」

「って、美羽までひっつくな、重いだろ!」

「むぅ、二人とも、鷹徒が困っている故、離れたほうが良いぞ」

「狩羽君はよほどお嬢様に気に入られたようですね」

「なっ、誰がこんなバカ犬!」

「たっちゃーん」

「ぬおお! 殺さないでくれ!」

「鷲男、お前今度は誰に殺されたんだ?」

「愉快そうで何よりです」


 鷹徒を取り巻く、雀と美羽、そして鷲男と燕を眺めながら、鶫は雫結の肩に手を乗せた。


「ねっ、早く叶いそうでしょ」


 とびきりの笑顔で言われて、雫結は満開の笑みを浮かべた。


「うん!」

「ああもう埒があかないわ」


 言って、美羽がテーブルの上に飛び乗った。


「じゃじゃーん、これからみんなの成績発表をしまーす」


 みんなが注目する中、鷹徒達の小さなお嬢様は年相応の可愛い笑顔で元気に、


「みーんな、百点満点よ」


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 人気があったら本格投稿したいです。

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執事とメイドの卵たち 鏡銀鉢 @kagamiginpachi

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