第51話 お嬢様のために
「うっそー! あたし七時にピアノ演奏する予定なのにあと二〇分しかないじゃない!?」
その事実に一同は驚くが、そこは鷲男が冷静に、
「ふむ、ではこれとあれを使おう」
鷲男が指差す先をそれぞれ見ると、外には犯人達の使っていた車、部屋の壁には巨大な四角い鉄の箱があった。
鷲男がその箱を開けると中にあった骨組みの入った布が窓から外に飛び出し、地上まで一直線にガシャガシャと組み上がり、長いトンネル状の滑り台が出来上がった。
「非常用の脱出経路だ、今からエレベーターで降りるよりは早いだろう」
言いながら鷲男はすでに滑り始めていた。
「よし俺らも行くぞ」
「にゅ~」と言って脱力しきった雀を穴の中へ無造作に投げ込み、鷹徒が言った。
「あんた雀の扱い酷くなってない?」
言いながら美羽を抱き抱えた状態で鶫も滑り降り、最後に雫結が鷹徒に手を引かれながらそれに続いた。
全員が地上に降りると真っ直ぐ黒い車へと走ったが、当然のごとくカギがかかっている。
だが、鷹徒は雀の両ワキを持ち上げて車にかざすと。
「雀!」
「ふぁ~い」
眠たそうな顔のままスカートの中からレールガンを取り出すと車のカギを撃ち抜いた。
「よし乗るぞ!」
しかし今度は車のキーが無い以上走らないのだが……
「雀!」
「ふぉ~い」
ポケットから電卓のような物を取り出すとコードを伸ばして車のコンピュータに繫ぎ、高速で電卓のような物のボタンを押し始めて一〇秒後。
『パスワード認証、エンジンヲ起動シマス』
「よし行くぞ!」
鷹徒がアクセルを踏み、その後ろで鶫が、
「雀っていつから便利ツールになったの?」
と言うが無視して車は発進した。
美羽からパーティー会場である神宮寺財閥の屋敷の場所を聞いた鷹徒は常にアクセルをベタ踏みしたまま道路を走り続けた。
制限速度を明らかにオーバーした速度を維持したまま、鷹徒はにわかには信じられない程見事なハンドリング捌(さば)きで交通事故の五つや六つは起こしても不思議ではないほど強引に前の車を追い抜かし、信号を無視してなおも走り続けた。
「ちょちょ、ちょっと駄犬、これ捕まるんじゃないの!? 社交界デビューに遅刻よりもこっちのほうが経歴に傷付くんだけどアンタ分かってんの!?」
「安心しろ、俺はアカデミー生で白鳥家の人間じゃねえし交通違反は全部運転手一人にのしかかる。
それに今回起こった不都合は雀のお袋が何とかしてくれるらしい」
「チビっ子のママが?」
美羽が怪訝な顔で雀を見ると、雀はにへら、と笑い返した。
「こいつ何者よ……」
車を発進させてから一五分後、本来ならばあり得ない時間で到着すると、あらかじめ鶫から連絡を受けていた燕が神宮寺財閥の屋敷の前で待っていた。
「お嬢様!」
「どうやら間に合ったようね」
「はい、もう時間がありませんから、急いでください」
「ええ」
そう答えて車から降りると美羽は一度振り返り、鷹徒を見た。
「駄犬にしては良くやったじゃない、社交界デビュー絶対成功させるからね」
「ああ、約束だ」
お互いに笑みを交わして、鷹徒は美羽の背中を見送った。
燕が神宮寺財閥の車で美羽を送る途中、後部座席の美羽が不意に言う。
「ねえ燕、今日の鷹徒見て思ったんだけどね」
「はい、なんでしょう」
「あいつならなれる気がするわ、執事長もメイド長も超えた存在、使用人最高責任者(ハウススチュワート)にね」
美羽の言葉に、燕は素直に頷いた。
「はい、私もそう思いますよ、お嬢様」
その時、燕は確かなほほ笑みを見せた。
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