第13話 尊い犠牲


「ぼくってそんなにも……そんなにも……」


 朝俊たちは、ひとりの先生と悟理が反対側のドアから出て行くのを見届ける。

 落ち込む直樹を無視して、花憐は毒づく。


「ちっ、ふたりとも行くと思ったのに。直樹が野良犬にさらわれたのに助けに行かないなんて、あの最後の先生はきっとゲス野郎ね。ドラマに出てきた不倫女と同じ匂いがするわ。ドロボウ猫って言われて刺されればいいのにッ」


 誰に? と心のなかで朝俊はツッコんだ。


「あっ、先生が立ったわ」


 最後の先生は、冷蔵庫の近くで仕事をしていた女の先生だ。その女先生は離れた棚へ行くと、何かを探しはじめた。


「いまのうちに忍びこみましょ」


 ゆっくりドアを開けると、花憐を先頭に雛実、朝俊、直樹の順に職員室へ忍びこんだ。長身の悟理と美涼がいないのは都合がよかったかもしれない。


 園児四人は小さな体を活かす。ちょこちょこと歩きながら机の影に隠れて進んだ。机の影から影へ。気分は漫画の忍者だ。四人はちょっとクセになりそうなドキドキを味わっていた。


 幼い高揚感にやや半笑いになりながら、四人は冷蔵庫の前に到着。忍者気分の朝俊と直樹は、花憐に指示されなくても勝手に見張り行動をはじめた。


 花憐の手が冷蔵庫のドアにかけられる。先生が棚をガサガサと音を立てているラッキーに合わせ、花憐かぱっと音を立てて冷蔵庫のドアを開けた。


 ブツはあった。丸くて大きな縞模様のグリーンボールを目にして、雛実がちょっとはしゃいだ。花憐は雛実を肩車すると、いっしょに至高の果物を床に下ろす。持ち運ぶには重すぎるのだ。


 雛実と花憐がゆっくりと冷蔵庫のドアを閉めると、先生が振り返った。


 バレた。と朝俊たちの心臓が跳ねあがった。だがセーフ。


 先生の位置からは、机が死角となりスイカと朝俊たちは見えない。だが、このまま近づかれたらさすがにバレる。


 そこで、朝俊は一計を案じた。


「先生、直樹が戻ってきたよ。もう安心して」


 朝俊は直樹の手を引き、机の影から先生の前に飛び出した。


「直樹くん!? 野良犬にさらわれたって聞いたけど。どうやって戻ってきたの?」


 目を丸くする先生への言い訳が思いつかず、朝俊は言葉に詰まる。と、花憐が飛び出し、


「直樹は野良犬に捨てられてかいほうされたの。直樹は週五回は野良犬にさらわれるから飽きられたんだよ」

「え?」


 捨てられた。飽きられた。という言い方に直樹が釈然としない顔をする。


「なんだそうだったの。よかったわね直樹くん」

「え?」


 嘘とはいえ、危険な野良犬に飽きられたのは良いことだ。でも、でもけれど、直樹はものすごく釈然としなかった。


 昼原直樹三歳。飽きられ捨てられた男、ということにされた夏であった。


 そして、三人が横一列にきちんと並ぶと、ふたつの机のあいだが埋まる。三人のうしろを、一番小柄な雛実がスイカを転がしながら通り過ぎた。朝俊たちは先生に『じゃあね』と手を振り、反対側の机の影へ移動。そのまま職員室から出て行った。


「よし、スイカげっと! 幼稚園の裏でたべよ♪」

「やったね花憐ちゃん♪ じゃあアサチンとナオちゃんはサトリンと美涼ちゃんを呼んできてね♪」

「わかった。行こ、直樹」

「う、うん」


 朝俊と直樹は先に廊下を走り出し、そのうしろを花憐と雛実がスイカを押しながら進む。


 と、次の瞬間。雛実と花憐が同時にすっころんで、スイカを突き飛ばしてしまう。


 嫌な予感に直樹が振り返ると、そこには猛スピードで迫る巨大なスイカ。


 直樹は小動物のように跳びはねると、スイカの上に着地をキメた。サーカス団員の玉乗り、というよりもルームランナーに翻弄されるおっさんのようだ。


「あわわわわわわあぁあああ!」


 直樹がスイカの上で走れば走るほど、スイカは加速する。進行方向の朝俊が気がついて反射的にしゃがんだ。


 朝俊の背中が奇跡的なラインを描いて発射台となり、直樹は床に落ちてスイカは飛んだ。


「おいガキ共。ずいぶんと騒がし――」


 鬼瓦磐華園長の顔面にストライク。園長の言葉は途切れ、スイカは粉々に砕け散った。


 運悪く、廊下の曲がり角から姿をあらわした鬼瓦園長の顔は、スイカの汁まみれだった。


 朝俊たちは青ざめ、花憐だけは通りすがりの鎌瀬犬由をみつけてひらめくものがあった。


 花憐は小声で、


「ねぇ犬由、あんたサッカー得意よね?」

「なんだよ急に? でもまぁ、あたりまえだろ?」


 えっへんと胸を張る犬由に、花憐はまた小声で、


「へぇ、じゃあ犬由のキック力ならスイカみたいに重いものも飛んでいっちゃうわね」


 おだてられた犬由は鼻たかだかだ。


「俺のキック力をなめんじゃねえよ。スイカなんて一発で空の彼方までびゅーんだぜ!」


 ギラリ とスイカ汁塗れの鬼瓦園長の目が光った。


「そうか犬由。これはてめぇの仕業か」


 鬼瓦園長の指が、犬由の頭蓋骨に食い込む。


 犬由は車にはねられる直前の猫みたいに固まり、曲がり角へと引き込まれた。青ざめる朝俊たちは逃亡。犬由はこの日のことがトラウマとなり、立ち直るのに二週間もかかり、十日連続でおねしょをするという黒歴史を刻んだ。


                                    終

                               本当は続けたい

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幼馴染との幼い頃の物語 (旧タイフーンチルドレン) 鏡銀鉢 @kagamiginpachi

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