第12話 ミッションスタート
朝俊たちが職員室の前に集まると、悟理が職員室のドアを薄く開けた。背の高い悟理がなかの様子をうかがいながら、
「目標は三人。ひとりは冷蔵庫近くの机で仕事中だ。あの警備を突破するのは無理だな」
悟理の冷静な分析に、花憐が噛みついた。
「諦めちゃだめよ悟理。努力するものは報われる。信じる者は救われる。夢は叶うネバーギブアップって言うじゃないっ」
「うん花憐。すごく正しいけどかなり間違っているよ」
「なにが違うのよ朝俊。いいから先生三人を葬る作戦を練るわよっ」
教室から美涼を引っ張って来た都合上、花憐は美涼の左手を握ったまま考える。雛実も美涼の右手を握ったまま考える。美涼は顔を真っ赤にして、ぷるぷると震えてしまう。
花憐が指を鳴らした。
「よしっ、直樹、あんたおもらしをしなさい」
「えっ!? なんで!?」
「園児がおもらしをすれば替えのパンツを用意するために先生はいなくなるわ。さぁもらすのよ。男なら男らしく男をみせるのよっ」
「おもらしでみせられる男らしさってなに!?」
花憐は溜息をついた。
「なぁんだ。こんなにも顔を赤くして暑さに苦しむ美涼のためにおもらしをする勇気もないなんて。直樹にはがっかりよ」
「え? ぼくがわるいの?」
直樹は青ざめながら引いた。そして自問する。
「ぼくがわるいの? 美涼ちゃんのためにもらすべきなの? ぼくはわがままで美涼ちゃんを犠牲にしているの?」
三歳児にして、胃袋に穴を開けそうな勢いで悩む直樹。彼の人生経験値はなかなかに高そうだ。
袋小路にぶちあたった現場に一石が投じられたのは、そのときだった。
「あ、あの……わたし、もお……は、はふぁぁ、ぁ、ぁ…………」
教室にいたときから、ずっと赤面したまま震えていた美涼。彼女は顔をあげ、花憐たちに何かを訴える。
「ほら直樹、あんたが早くもらさないから美涼がこんなに苦しそうに、ん?」
チョロチョロという音に花憐が気付いた。みんなで同時に見下ろすと、ソレを目にしてしまう。美涼のスカートのなかから、足をつたって流れ落ちる液体が、床にみずたまりを広げている。
そこで花憐は思い出す。美涼の手をつかんでここまで引っ張ってくる前、美涼が、
『まま、待って二人とも、わ、わたし今は……』
と、戸惑っていたことを。花憐と雛実に両手をつかまれて、墜落したUFOの宇宙人みたいに連行されたせいで、トイレにいけなかった美涼は、もう限界だったのだ。
元気幼女、花憐と雛実は真顔になると、その場で土下座をキメた。
同じ女子には真摯に謝れる女子。それが花憐と雛実である。
スッと美涼が足を一歩を踏み出して、花憐と雛実は顔をあげた。
みんなの前でおもらしをしてしまい、涙ぐむ美涼。儚げな声で、美涼は言った。
「でも、ちょうどいいよね。わたし、行ってくるね」
「「えっ!?」」
驚きの声をあげる花憐と雛実。美涼は肩越しにほほ笑んで、真紅の瞳から透明な雫を流した。
「わたしのせいで、お外で遊べなくなっちゃったんだもん。わたし、みんなの役にたちたいから」
まばゆばかりの後光を身にまといながら、美涼は職員室へと消えた。
「せんせー、おしっこもらしちゃった……」
「あらあらたいへん。ほら、こっちきて」
やがて、ひとりの先生が美涼を連れて別のドアから出てくる。二人の背を見送ると、花憐と雛実は立ち上がって悟理をはさみうちにする。
「よかったわね悟理。美涼ぐらいイイ子はいないわよ」
言いながら、花憐は悟理の足をけりまくる。
「よかったねサトリン。サトリンはしあわせものだね」
言いながら、雛実は悟理のわき腹を手刀で突き続ける。
「ん? お前らそれはどういう意味だ? 何でオレを蹴るんだ? 突くんだ?」
悟理に続いて、ピュアな朝俊と直樹も意味がわからなかった。
「よし、美涼のおかげひとり減ったし、次の作戦よ。悟理、直樹が野良犬にさらわれたって嘘をついてきて」
「わかった」
花憐の指示通り、悟理は職員室にはいって残るふたりの先生に話かける。
直樹はちょっとスネる。
「いくらなんでもそんな嘘にだまされるわけが――」
「本当!? 直樹くんならありえるわ! 先生、わたし行ってきます!」
直樹は言いかけた文句を切り上げ、その場で体育座りになった。
「ぼくってそんなにも……そんなにも……」
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