第11話 青春力
「それに美涼を見てみろ。こんなに顔を真っ赤にして暑そうにしている。今日は日の当たらない室内で遊ぶべきだろう?」
悟理の指にキスをした状態で硬直する美涼。その顔は茹でられているように熱っぽい。
「それにしても美涼の唇は柔らかいな。耳たぶも柔らかいけど、唇はもっと柔らかい」
「はふゅんっ」
美涼は頭から蒸気を上げて、その場でうつむいてしまう。
「どうした美涼?」
「ク、クリームぬってくれてありがとう。あとは自分でやるから、もう、いいよ……」
「そうか。まぁ顔は塗り終わったから、手や手首は自分でも塗れるだろう」
そう言うと、悟理は美涼の頭をやさしい手つきで二度、ポンポンと叩いた。手を離し際に指先でサラリとなでる。
毛髪越しに美涼の体へ電流が流れる。それがトドメとなって美涼はノックアウト。
美涼は椅子の上で膝を抱きかかえるようにして上半身を倒すと、悟理のことをうらめしそうに見上げた。
「じゃあ今日はやめておこうよ雛実。確かに今日は暑いし、無理に外に行かなくてもいいんじゃない?」
そう言って花憐も室内側に回ると、雛実はなんとか折れた。
「む~、仕方ないなぁ」
「私のせいでごめんね雛実ちゃん」
美涼が雛実に謝ると、朝俊が首を横に振った。
「美涼が謝るようなことじゃないよ。実際今日は暑いし、僕も部屋のなかでいいよ」
朝俊の言に、直樹も頷いた。
雛実が外で遊ぼうと言うので従ったが、暑いのが苦手な直樹も、本当は外で遊びたくなかったのだ。
みんなに大事にされて、美涼は申し訳なさそうにしながらも、嬉しそうに笑った。
「ありがとうみんな。でも病院の先生が、ツバの広い帽子を被れば夏でも外で遊んでいいって。それで今日、お母さんと一緒に『ゆーぶいかっと』っていう帽子を買いに行くの」
それを聞いて、雛実の顔にも笑顔が咲いた。
「じゃあ明日からは美涼ちゃんも一緒にお外で遊べるね♪ じゃあ今日はなかで何してあそぼっか?」
「それよりも暑いから、私はいっかい水のんでくるね」
花憐は手で顔を煽いでから、教室の出口に視線を投げた。
すると、朝俊の頭に園長先生の顔が浮かんだ。
「あ、そういえばさ、園長先生スイカもっていたよ」
花憐の耳がピクリと動く。悟理は眉根を寄せ、
「スイカか? どうして朝俊がそんなことを知っているんだ?」
「スイカたべたーい♪」
雛実たちの注目が朝俊に集まる。
「幼稚園に来たとき、園長先生に会ったんだけど、手に大きなビニール袋を持っていたんだ。これぐらいの大きさで、まるくって、少し透けていたけど緑色だったよ」
朝俊が両手で表現するサイズは、大きめのスイカぐらいある。
花憐は唾を吞みこむ。ワンサイドアップにした赤髪の房が、ぴこぴこ動く。
悟理は右手を自身の唇に添えて、推理をする探偵のように語る。
「一つだけか? 園のみんなで食べるのなら何個も必要になる。恐らく園長先生が自分用に買ってきたか、玉水先生たちに振る舞うために用意したものだろう。期待はしないほうがいい」
「なーんだ、やっぱりそうかー」
心のどこかで、あのスイカを食べられる機会を妄想していた朝俊は、ちょっと残念がる。けれど、花憐の両手が朝俊の肩に食い込んだ。
「行こうよ、職員室!」
花憐の瞳には、きらめく星々が輝いていた。
「あの、花憐? 悟理の話を聞いていた? スイカは先生たちのなんだよ?」
花憐は口元のヨダレを舌でなめとる。
「何を言っているの朝俊。暑くて顔を真っ赤にして苦しむ美涼のためにも、私たちはスイカを手に入れないといけないんだよ! だよね雛実?」
「そうだよアサチン。スイカがあたしたちを呼んでいるんだよ♪ ナオちゃんもそう思うよね♪」
「え、う、うん……」
ノリノリで花憐の尻馬に乗っかった雛実。ついでに直樹も巻き込まれる。これで三人乗りだ。
「「さ、行こ、美涼♫」」
花憐と雛実は美涼の手を取ると、無理矢理立たせて引っ張った。
「まま、待って二人とも、わ、わたしいまは……」
妙に慌てる美涼に有無を言わせず、花憐と雛実は連行を開始する。
「まぁまぁそう遠慮しないで」
「そうだよ美涼ちゃん。ナオちゃんとサトリンとアサチンも手伝ってくれるんだから」
「あ、まって雛実ちゃん、おいてかないでぇ」
三人娘と直樹が教室から出て行くと、悟理は自分のあごをなでた。
「朝俊。オレたちは手伝うことになっているらしいぞ」
「……しかたないよ。花憐は言い出したら聞かないんだから」
朝俊は諦めて、花憐の背中を追った。
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