第10話 幼稚園児のラブ力じゃねぇ。
お昼休み。朝俊たちの担任である山田(やまだ)玉水(たまみ)、二三歳は可愛らしい笑顔を作る。
「はぁーいみんな。じゃあお弁当を食べ終わった子から外で自由に遊んでいいですよ……」
玉水先生は笑顔をそのままに、口角をひくつかせた。
「って、さっき言ったよね?」
朝俊たちペンギン組の教室では、もう半分以上の園児たちがお弁当を食べ終わっている。なのに外へ出る園児の数はゼロ。
園児は全員、机の上で動物園のトドみたいにつっぷしている。
「みんな! いくら暑いからってダラダラするのは駄目だよ! お外に出るのが嫌ならちびっこ広場に行こうね」
この銀鉢幼稚園には、室内でも運動ができるよう、色々な遊具やボール、トランポリンを完備した広い部屋がある。体育館のようにして使う事も多いそこは『ちびっこ広場』またはただ『広場』と呼ばれている。
すると園児たちは、のそのそしぶしぶと椅子から立ち上がった。
安心する山田玉水の視界のなか。園児たちは幼稚園鞄からDSを取り出して遊び始めた。
「ゲ、ゲーム? 先生の時はゲームボーイだって小学生になってからだったのに。最近の子供は進みすぎだよ!」
山田玉水が両手を頬に当てると、お弁当を食べ終わった日宮雛実がバンザイをする。
「ごちそうさまぁ♪ みんなー、おそと行こ♪」
園児のなかでも、とりわけちっちゃな雛実が隣の席に座る昼原直樹の手を握る。直樹はちょっと頬を染めて、素直に『う、うん』と頷いた。
ちょうどお弁当を食べ終わった花憐も、待ちきれない様子でお弁当箱を鞄にしまう。
もう昼食を済ませ、花憐を待っていた朝俊も席を立つ。
主導権は、完全に女の子が握っているグループなのであった……
「いや、オレと美涼は遠慮しよう」
権力にガツンと言える男の中の男、夜神悟理大番長は、椅子に座らせた月城美涼と向かい合い、美涼の顔を指でなでまわしながらクールに断った。
「ぶ~、なんでぇ~?」
雛実が唇を尖らせると、悟理は雛実の『なんでぇ~?』という問いに解答を提示する。
「まず前にも説明したが美涼はアルビノと言って生まれつき体にメラニン色素がない。メラニン色素は紫外線から肌を守る役目をしているから美涼は太陽の下に出るときは専用の日焼け止めクリームを塗る必要がある。日焼け止めクリームを塗れば外出は可能だが真夏の暑い日は特に紫外線が多い。長時間、外で遊ぶのは避けるべきだろう。また、室内にいても用心のために朝と昼で一日二回日焼け止めクリームを塗ることが推奨されるわけだ」
雛実を中心に世界が止まった。
指で美涼の頬をなでていた悟理が、ケースから白いクリームを指に取る。今度は美涼の額を指でなではじめる。どうやらその日焼け止めクリームを塗ってあげているようだ。
悟理は美涼の顔を、至近距離でジッと見つめている。美涼は恥ずかしくなって目をつむり、でもまたうっすらと目を開け、また赤面しながら目をつむるという行動を繰り返していた。美涼は髪が白いので、赤面するとよく目立つ。
そして時は動き出す。
「は!? え、えっとサトリン? どういう意味?」
雛実は、悟理のことをサトリンと呼んでいる。
「雛実ちゃんもわからないんだ。よかった、ぼくがバカなんだと思っちゃったよ」
「僕もわからないからちょっと不安だった」
ピュアな直樹と朝俊は胸をなでおろした。卑怯な花憐は何も言わなかった。
「色々と割愛するとだな。美涼の肌は太陽に当たると火傷で痛くなってしまうから外で遊びたくないということだ」
「「「え、あ、ああそうなんだ、ふーん」」」
雛実と一緒に、直樹、花憐も無理矢理納得する。
「悟理は本当に物知りだね」
「美涼のことを美涼の親から聞いてから医学書を読んだだけだ。元から知っているわけでも、医学知識に造詣が深いわけでもない」
朝俊が褒めても、悟理の声は無感動だ。
医学とか、造詣とか、また意味のわからない単語に朝俊たちは首を傾げる。それでも、ひとつだけわかることがある。朝俊は、確認するようにして悟理に訪ねた。
「本、読めるの?」
悟理の手が、ちょうど美涼の唇で止まった。美涼の目が大きく見開かれて硬直する。
「? それは英字とかではなく、日本語の本でいいんだよな? 読めるに決まっているだろ? もっとも、難しい漢字にルビが振られていないときのために漢和辞典は必須だ」
ひらがなすら読めない朝俊たちはポカンとした顔で、また時間が止まってしまった。
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