アイドルの推し

九戸政景

アイドルの推し

 とある建物内に作られたライブ会場。ステージでは綺麗な衣装を身にまとった長い黒髪のアイドルの少女が歌い踊り続けた事や照明が発する熱による体温の上昇で汗を流し、団扇やペンライトを手に持った法被や鉢巻きなどを身に着けた観客達もそれに負けない程の熱量でステージ上にいるアイドルに声援を送っていた。

スピーカーから流れる音楽に合わせてパフォーマンスを続けるアイドルを観客達はキラキラとした目で見ていたが、その中で一際目を輝かせている少年がおり、その隣に立つ眼鏡の青年は曲と曲の間の小休止を利用して興奮した様子で少年に話しかけた。


「いやぁ、今日も我々の天使は最高ですな!」

「はい! これまでアイドルには興味を感じませんでしたけど、あの子の場合は別です! 初めて見た時からファンになりましたから!」

「はっはっは、私もですよ。高校生として勉学に励みながらアイドル活動に勤しむという姿は本当に愛おしく、ファンへの対応も神懸かっている上にファンサービスも多い。

そして、ライブ以外でも配信やSNSを通じて我々ファンと度々交流をしてくれる……私もこれまで何人ものアイドルを応援してきましたが、ここまでのアイドルは中々いませんよ」

「そうなんですね……でも、そういうアイドルだからこそ俺達の推し活も捗るっていうもんですよね。グッズを集めて部屋に飾ったりこうしてライブに持ってきたり、他の人に布教しながらSNSで活動の内容を確認する……こんなに充実した毎日を送るのは久し振りですよ」

「ほう、そうなんですか?」


 青年が興味ありげな反応を示すと、少年は少し寂しそうに頷く。


「……小さい頃、近所に住んでいた女の子がいまして、あまり積極的に喋る子では無かったんですが、わりと気が合ったので話したり遊んだりしてたんです」

「ほう……小さい頃はだいぶリア充してたんですな。本来ならばもげろと言いたいところですが……まあ良いでしょう」

「遊ぶ内容も同い年の奴らがやるような追いかけっことかかくれんぼじゃなく、自分の気にいった物を絵に描いたり近所を目的を定めずに探険したりするような感じだったんですけど、当時の俺は本当に楽しくてその子もはにかんだ感じだったものの笑っていて、そんな日々が続けば良いと思っていました。

ただ、その子はある日引っ越してしまって。それ以来、同じくらい楽しいと思える物に出会えて無かったんですが、今はこうしてアイドルを応援して、日々推し活に励めるのが楽しくて仕方ないんです」

「はっはっは、それは結構。だが、またその子と出会えたら良いですな。本来、非リア充の私が他人の幸運を、ましてや色恋についてなんて祈る気は無いですが、同士でありファンとしてのレベルが高い君なら別ですからな」

「あ、ありがとうございます!」

「どういたしまして」


 少年がお礼を述べるのに対して青年が微笑みながら答えていると、再び会場に音楽が流れ出す。


「おっと、次の曲が来ますな。さあ、もっと我々の天使を応援し、誰よりも愛されるアイドルになれるように我々も盛り上がるとしましょうか」

「はいっ!」


 少年が返事をした後、二人は他のファンにも負けない程の声で歓声を上げ、その一時を本気になって楽しんだ。

それから数時間後、ライブが終わった事でファンがライブの余韻に浸りながら帰り始めたり物販で購入したグッズの交換などを始めたりする中、青年と別れた少年は入口付近の壁にもたれながらライブでの興奮冷めやらぬ様子を見せていた。


「はぁ……今日も良いライブだったなぁ。いつもはネットを介してでしか話せてない他のファンとも交流出来たし、いつも通りライブも楽しめて戦利品もしっかり確保出来た。

その分、またバイトを頑張らないといけないけど……まあ、そんなのは苦にはならないな。好きなアイドルのためなら、バイトくらい辛くないしな」


 拳を軽く握りながら呟き、少年が壁から体を離してから床に置いていたグッズの入った袋を持ち上げていたその時だった。


「あ、あの……!」

「……え?」


 顔を上げると、そこには一人の少女が立っていた。少年の目の前に立っていたのは、丸い縁の眼鏡を掛けた長い黒髪の少女であり、少年が先程まで他のファン達と共に観ていたライブを行っていたアイドルとは違って服装は地味な雰囲気だったが、少年は不思議とその少女から目が離せなかった。


「え……き、君は?」

「わ、私は……貴方と同じでさっきのライブを観に来ていたファンの一人なんですけど、最近ファンになったばかりでライブの感想を話せるような友達がいないので、これを機会に誰かとちょっと話してみたいなと思ったんです」

「ああ、なるほど。そういう事なら構わないですよ。他のファンとも今回のライブの感想は話しましたけど、色々な人と話すのは本当に楽しいですから」

「あ、ありがとうございます……!」


 少女が嬉しそうに笑うと、その笑みに少年はドキリとし、顔が熱を帯びると同時に心臓の鼓動が速くなるのを感じたが、コホンと咳払いをしてから気持ちを落ちつけ、少女とライブの感想について話し始めた。

最近ファンになったと少女は語っていたが、少女が話す楽曲や衣装の感想はアイドルの活動当初からファンを続けている少年を唸らせる程であり、少年は少女との会話を時間を忘れる程に楽しんだ。

しかし、その時間は少女のポケットから聞こえてきた着信音によって終わりを告げ、その音に少女は哀しそうな表情を浮かべる。


「……すみません、もう時間みたいです」

「あ、そうなんですね……名残惜しいですけど、それなら仕方ないですよね」

「はい……でも、本当に楽しかったです。あの、最後に連絡先だけ交換しても良いですか? こういった機会以外でもお話がしたいので」

「もちろん良いですよ」


 少年は微笑むと、少女と連絡先を交換した。画面を見ながら少女が嬉しそうに微笑む姿に少年は理由もわからずに愛おしさを感じていたが、それを誤魔化すように自身も携帯電話の画面に視線を向けた。

すると、少年は不思議そうな表情を浮かべたが、次第にその表情は信じられないといった物に変わり、その表情のままで少女を見ると、少女は眼鏡を外しており、その顔は少年達が先程まで話題にしていたアイドルと同じ物だった。


「え、え……!?」

「その顔……半分気付いて半分気付いてなかった顔ですね。まあ、最後に会ったのは10年も前ですし、声や髪型も変わっているから仕方ないかもしれませんね」

「で、でも……どうして俺がわかったんだ? 俺だって顔つきや雰囲気は変わってるはずだし……」

「……そんなのわかりますよ。大好きな人の事ですから、何年経ってもどんなに変わっていてもちゃんとわかります。まあ、そんな貴方はアイドルに夢中になっていましたけどね。

実はステージ上からいつもハッキリと見えているんですよ。貴方が全力でコールに対して返してくれている姿や他のファンの人達と楽しそうにしてくれている姿が」

「あ、え……と……」


 アイドルの少女を見ながら少年が顔を赤くしてしどろもどろになる中、アイドルの少女は少年に顔を近付けながら微笑む。


「今はアイドルの私に夢中みたいですけど、私が一般人に戻った時は覚悟していて下さいね? アイドルの時以上に私に夢中にさせてみせますから」

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アイドルの推し 九戸政景 @2012712

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