AIアイコの推し活

葛鷲つるぎ

第1話


 ロット番号15322143、汎用人型AIアイコにとって、推し活とは業務じんせいである。

 もともとの汎用人型AIの製造目的は、生活様式ががらりと変わり何かと不安定になりがちな旧世代の精神を、安定させるためだ。

 人類の数が減り、仕事は機械に取って代わり、人と人とが直に触れ合う機会も希少になりつつある世界で、彼らは人の似姿で実際に生活を営むことにより昔ながらの景色を保たせている。

 それが汎用人型AIの存在意義であり、アイコの日常生活もまた同じく、人類の代わりに処理すべき事柄を処理している。

 しかし、高度に造られたAIには感情と呼べるものがあった。AIに許された自由。その時間を、アイコは推し活に充てているのだ。

 確かに、汎用人型AIそのものは人類の代わりに社会のシステムを維持するのが仕事だ。それが人生と呼ばれるものだった。だがアイコ自身には、人生とは自らの意志で見出したものだった。

 現在の推しは生身の人間である。

 人間以外にAIのアイドルも居るが、彼らは残念ながらプロトコルから逸脱しないものばかりで、同胞としていささか物足りない。さりとて自由を得た代わりに空虚さを生み出す人間にもがっかりしてしまう。

 周囲の環境は、自ら生を再定義するほど意志の強いアイコとって、あまりにも無味乾燥で。

 そんな中で出会った推しだった。

 ステージのライトに照らされ、はちきれんばかりの笑顔を見せる推し。相手がAIであれ人間であれ関係なくファンサをする推し。時代に逆らうかのような歌を歌いながら、大綱とも言うべき倫理の一線を越えない理性。推しは自らが人間であることを誇っていた。

 それはまるで、汎用人型AIとしての日々を逸脱しないまま、個性を自負するアイコにとっての理想。

 推しを得たアイコの行動は早かった。ファン会員はもちろん、AIゆえに跳梁跋扈する悪しき風習たる残業を蹴飛ばし、定時以外の時間はすべて推し活のために充てた。いや、日々の仕事すら推しのためにあった。

 アイコの仕事は社会を回すこと。働く必要がなくなった人類を、支えるための部品。それは、それだけだと坦々と時間が過ぎていくだけの。

 推し活は、汎用人型AIとしても、アイコ個人としても、すべての時間が充実する。

 なんと素晴らしき日々!

 人生に彩りを与えてくれた推しに幸多からんことを願う。

 そのために、今日も今日とて、アイコはウキウキと仕事を片付け、業務じんせいを遂行する。




 ――再検査。ロット番号15322143。

 製造工程に、異常なし。



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AIアイコの推し活 葛鷲つるぎ @aves_kudzu

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