四章

彼の行動は素早かった。

あるいは雑と言っても構わないかもしれない。


様々な表現のしようがあるだろう。

兎に角、私の言葉を聞くが早いか、飛び掛かるようにして、私に覆い被さる。


何が彼をそうさせたのか。

考えるべきではないし、考えなくとも理解できる。


遼一はサディストだ。

ひどいマゾヒストの私と、上手にバランスを保ちながら交際をしているのだから、それは誰からみても明らかである。



私の『お願い』を聞いた遼一。

彼はおそらくその言葉を待っていたのだと思う。



大義名分。



無論、言葉通りの大袈裟なものではなく、彼が嗜虐的な行為を施すための言い訳だ。


私が自らGOサインを出したことによって、一気に回転数が上がってしまったのだろう。


私を気遣う意思を感じられないほどに荒々しい接吻。

力強く肌を掴む手は、温もりと痛みを、殆ど等しく伝えてくれる。



快感を感じるのとは異なる、私自身の悲鳴のような呻き声。

彼の口腔で反響し、それはどこかへ漏れることなく、呑み込まれてしまう。



『私の声が、遼一に奪われた。』


内に秘めていた--といっても、遼一には丸わかりなわけだが、強引な手法で従属させられる望みを叶えられ、私は冷静ではいられない。


性的興奮に乗っ取られた脳は、私の肢体を感電させているようだ。


不随意的な肉体の震え。

同じくして訪れる、高所から落下するような感覚。


恐れにも似た感情と、悦びが混濁して、私は無意識のうちに彼にしがみつく。


そうして、口を塞がれたまま泣き叫ぶ。


丁度産まれたばかりの赤ん坊が、産声をあげるのに近い。



乱れた呼吸が、幾度か止まるのがわかった。

自らの鼓膜には自らの声が充満して、次第に落ち着きを取り戻す。



もちろん、取り戻すとは比較上での話だ。

未だ冷めやらぬ興奮と、鈍らない肌の感覚を、遼一は見逃さない。



数えることを諦めたほどの経験をしてきた私のそれは、何の合図もなしに満たされる。


圧迫感とも違うその感触に、私は仰け反る。


彼は強調された私の体を捕食するかのように、彼自身の体を以って抱きしめた。



耳元に「ふ」っと、遼一の掠れた声が、何度も何度も降り注ぐ。



『どうすることもできない』


彼を受け入れ、彼に捉えられ、彼の思うがままに操られる。



脳裏によぎったそんな考えは、果たして私の内側にどのような動きをもたらしたというのか。


遼一の「あ」という短い叫びの直後、ソレが何度か脈打った。



私は何が起きたかを察知し、『いやいや』をするように、身を捩る。



しかし、そう『どうすることもできない。』



圧倒的な体格差に組み伏せられた私は、ただ彼の体液を呑み込む。



絶頂直後、彼の動きは止まり、少しだけ思考をめぐらせる時間が出来た。


私の最も大事な部分は、遼一で満たされている。

私の頭の中は、大部分を遼一で侵されている。



「うれしい」


心の中で反芻していたつもりの言葉は、彼の耳に届いたらしい。

『なんのこと?』とでも言いたげな彼の瞳を見据え、私は手を伸ばし、キスをした。



これで、きっと遼一にも理解できたはずだ。



離れることのなかった私達は、先刻よりも強く密着する。


『うれしい』


彼のそれは、彼が私の言わんとすることを理解したがために、より強く私を貫く。



それでさえも私は悦んでしまうのだ。


本当にどうしようもない。



飽きるほど単調な行為。

しかし逃れることは出来ない。




これは一種の強姦だ。

私自身が望んだ、強姦だ。



遼一は私が何を思い、何を感じているのか、おそらく知らないだろう。


ただただ本能に身を任せているといっても、間違いではないだろう。



構わない。

私が望んだことだからだ。


自分勝手に繰り返される摩擦が、愛おしい。



それでいて、顔色を伺わせないよう、私の顔を見ない彼が可愛い。



私は小さな声で「遼一」と囁き、望みを叶えてくれる彼を労うように、頬を撫でる。



もしかすると、私は本当におかしくなってしまったのかもしれない。


女としての快感と、興奮に身を任せていた状況から一変して、遼一を包み込んであげたくなってしまったのだ。




彼は特別なにかがあるわけではない。

女癖や浪費癖のある、いわばクズだ。



だからこそ、恐らくは女を変える天性のなにかを持っていると言えるだろう。



呆れた話だ。


遼一ではなく、私のことである。


私は彼のそういう部分が苦手で、腹を立てていた。



しかしそれがどうだ。

嗜好をくすぐられ、誘導され、今度は温もりに目覚めている。



結局のところ、私は遼一を嫌いになれない。


この男の才の善悪を問うこともままならない。

何故なら、本能的に共にいたいと思ってしまったからだろう。



本当に呆れた話だ。



私の感情は掻き乱され、混沌としていく。

諦観、歓喜、憤怒、嫉妬。


だがしかし、お構いなしに、彼は私を犯す。

それでいい。



無視されているわけではないから。


遼一は、私ですら自覚できない部分を観測し、行動している。



なぜなら、彼はサディストだからだ。


サディストとは、少し穿った見方をすると、与えるもの。



そしてそれは、ほんの少し前に、私が降伏を宣言するに等しい発言をしたことによって証明されている。



快感と、苦痛。

それは私が望んだことだ。

私はマゾヒストだから、望んだ。



遼一という存在を愛したい。

息もできないほどに、強く愛したい。


溺愛。そう、溺愛。



幸せなことだと思う。

彼はそれを拒まないでくれた。



声を出すこともなく、ただ撫で続ける私に、際限なく届けてくれるのだから。



残念ながら、決して目を合わせてはくれないが、私は強く感じることができる。



いつぞやのように軽々しい共感ではなく、深い共感。



ああ、そうだ。

この感情を名づけるとして、私にいい考えがある。



遼一が納得するかはわからないが、事を終え、2人で朝を迎えたら、告げてみよう。


そういうピロートークも、悪くないだろう。



私は穏やかに満ち足りた気持ちの中で考え、彼にどう伝えるかを決めた。



わかりやすく、しかし絡み合ったものたちを全て伝えられるように。


今日私が得た感情を。

強く、烈しく、無理矢理にでも、溶け合う感情を。


強く感じる


『強感』



という感情を。

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強感 御陵 詠 @yowai_yyyy

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