みんなは何も分かっていない

ちかえ

これが私の「推し活」

「リンダ、アーヴィング様のグッズ買ってくでしょ?」


 友人のケイトが声をかけて来る。


「ううん。今日もこのまま帰る」


 そう答えると、周りから「えー!?」という声が響いた。


「グッズ買わないってどういう事よ」

「あなた本当にファン?」


 私と同じアーヴィング様のファンであろう女の子達が私を睨んで来る。


 そんな事を言われても困る。


 私は確かに魔術劇団の花形スター、アーヴィング様のファンだ。でもグッズを買ったり、握手をして満足できるような軽いファンではないのだ。


 彼と握手した事はある。友達に押し切られて握手の列にならんだのだ。あれはいい経験だった。私が彼のファンだという事も本人に知ってもらえた。でもそれだけでは私は満足しない。


「もしかしてこの子ってライバル劇団か何かの間者なんじゃないの?」


 何やら変な誤解をされている。違う、と否定するが、疑いの視線は消えない。


「私が好きなのは魔術なので……」


 本当の事を言わなければアーヴィング様の敵認定をされそうなので素直に答えておいた。


「え? あの演出のおっさん?」

「ええー? この子、オッサン趣味なの?」


 なのにまた変な誤解をされている。


 それにしても、もしかして、皆は知らないのだろうか。


 でも、これ以上喋ると変人認定されそうだ。間者認定よりはマシだけど。


 私たちが騒いでいるのが聞こえたのだろう。何だ何だという声とともに役者様達がこちらにやってきた。

 やだ! アーヴィング様までいる。彼にまで誤解されたくない!


「じゃ、そういう事で」


 それだけを言い残して私はさっさとその場から離れた。


***


「あー、まったく面倒くさい」


 ひとりごちながら目的の部屋に向かう。途中で学園でも有名な先輩とすれ違ったのでその時はおしとやかにお辞儀をしたが、それ以外は素で行く。どうせほとんど誰もいない。

 『第二魔術実験室』と書かれた部屋の扉を開けた。


 ここは私が通っている学園の一室だ。もちろん先生方に使用許可はとっている。


 急いで机に向かう。はやくしなければ学生寮の門限が来てしまう。


「あれでよくアーヴィング様の事を『推し』なんて言えるよね」


 広げたノートに魔術文字を書きながらも先ほど彼女達に言えなかった言葉がぽんぽん独り言として出て来る。


 魔術劇団には魔術演出担当の魔術師が必ずいる。そうして、魔力持ちでない役者の舞台上での魔術も代わりに担当しているのは知っている。最近では楽だからという理由で、魔力持ちでも舞台上での魔術を演出担当に任せっぱなしという役者が増えてきた。そしてそれが『普通』になってしまっている。

 だから他のファン達はアーヴィング様も同じだと思っているのだろう。


 でも私はちゃんと気づいている。

 アーヴィング様は舞台上での彼が使う魔術をきちんと自分で発動しているのだ。


 最初、彼の舞台を見たとき、完璧な幻影魔術の腕に惹かれた。


 だから再現したいのだ。彼の魔術を。彼が使っている術をそっくりそのまま私が出してみたい。それこそ彼のファンにふさわしい。私はそう思っている。


 本当は魔術科に入って魔術の奥義を習いたいと思ったのだが、素直に理由ーー舞台魔術に興味があるとだけ伝えただけーーを話した結果、『不純な動機』と言われ、却下されてしまったのだ。


 高尚な研究者様方にはきっと舞台での演出上の魔術なんてくだらないものでしかないのだろう。幻影魔術は、難しい割に大した効果がない術だと馬鹿にされているのだ。


 なので独学で研究をしている。いろんな本や魔道具がそろっている魔術実験室を使えるだけでもありがたいのかもしれない。


 目的が知れたら使用許可も却下されてしまうのだろうか。それは嫌だ。


 だからあくまでひっそりと研究するのだ。それに利用出来るものはしっかりと利用してやる。それだけだ。


***


「それがどうしてこうなったんだろなぁ……」


 私は椅子に座りながらひとりごちた。


「あ、すみません! メイクが気に入りませんでしたか?」


 私の化粧をしてくれている女の子が慌てる。そういう事じゃないから、と言ってなだめる。


 どうやら私の行動は学園の一部では結構有名だったらしい。そして、学園関係者の誰かからこの劇団まで伝わってしまった。


 私が舞台魔術に興味を示していると知った団長はすぐに私を引き入れた。


 舞台魔術が大した事ないものという認識は国でものすごく広まってしまっているらしい。どうりで魔術演出家に魔術を全て任せる俳優が続出したわけだ。

 と、いうわけで貴重な私はこうやって役者として舞台に立っている。おまけに目立つ役ばかり任されている。


 私は推し活がしたかっただけなのに、どうしてこんな事になったのだろう。


 ただ、良かったのが、アーヴィング様が私の事を覚えてくれてたという事だ。あれだけ目立ったのだから当たり前なのかもしれない。おまけに『俺の魔術に興味を持ってくれるファンがいるなんてすっごく嬉しいよ!』と手まで握られてしまった。


 それを思い出し、くすぐったい気持ちになっているとドアがノックされ、アーヴィング様が入って来た。


「リンダ、準備出来た?」

「はい、アーヴィングさん」


 俳優同士なので様付けは禁じられている。団長曰く過剰な上下関係はいらないそうだ。

 『さん』付けするのはまだ慣れないが、少しだけ嬉しい。


「魔術のリハーサルするよ」

「はいっ!」


 今日の舞台ではヒロインの私と主人公のアーヴィング様が同時に魔術を発するシーンがあるのだ。


 一人でアーヴィング様の魔術を再現している頃には想像もしていなかった事だ。


 こんな理由で彼と舞台に立つ事になったなんてほとんど誰も知らないだろう。他のファンの女の子は特に。

 そういう意味では私なりの『推し活』をしていてよかったのかもしれない。


「そういえば今度、グッズにノートを出そうって話になってるんだよ」

「アーヴィングさんの似顔絵表紙のですか?」

「うん。魔法紙と普通の紙のと両方出すんだって。近いうちに使い心地試してくれって団長から頼まれてるんだけど、リンダはどうする?」

「使ってみます!」


 アーヴィング様の表紙のノート! それを私が最初に使うのか!


 舞台魔術の魔術式をメモするのにいいかもしれない。魔術の確認をするたびにアーヴィング様の似顔絵とご対面する。それはとても素敵な事だ。


 演技で注意された事を書けるから普通紙のノートもいいかもしれない。


 グッズというものもそんなに悪くないかも。私はそっと心の中でそうつぶやいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

みんなは何も分かっていない ちかえ @ChikaeK

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ