一昨日どーも

ボスイミ

おくるみ石

 僕の町には寺がある。地方都市にしては大きい寺で──むしろ地方都市だからこそなのかもしれない──、年末年始にはある程度の人々でごった返すような寺。昔から祖父に連れられて、仕方なく通わされた寺。この話はその寺での話である。




 年の末、12月31日の深夜。除夜の鐘がやかましく鳴り響くこの敷地内──こういうときは境内と言うのだったか?──で、僕は祖父を待っていた。その理由は単純で、僕と祖父とでは参拝時間に差がありすぎたのだ。僕はあまりそういったことを信じていないし、参拝なぞ行うくらいならソシャゲでもしたいもんだと、手短に済ませるものだったのだけれど、どうやら祖父は真逆であるらしく。その昔、一度拝んでいる姿を覗いたことがあったが、普段とは打って変わった真剣な表情で少し驚いたものである。一体何をそんなに祈り続けているのだろうか。少し、気になった。


 とかく僕は暇を潰すべく、ぼうっとアホ面を晒していた──マスク着用が義務であるような現代で良かった──のだが、そのとき、見慣れぬ妙なものがあることに気づいた。人が行き交い、すれ違う参道の端に、何やら黒いものが落ちていたのだ。僕は少しばかり違和感を覚えて、また少しばかりの好奇心も湧いたからと、ある程度の逡巡の末、それを手にすることにしたのだった。


 近づき、手にしてみれば、それは紺色の布でくるまれた物体であることが分かった。それは真っ白な丸石──後で知ったことだが、これは玉砂利というらしい──には良く映えていて、少しばかり重いと感じる重量だった。体感一キログラムあるかないかといったところだろうか。己の非力さに嘆くばかりである。調査の一環と軽く握ってみれば、手のひらに少しばかりの抵抗を感じた。ぐにっ。擬音で表せばこんなところか。妙な感触だった。


 さて、これは一体何であろうか。宗教には興味のない僕では、皆目見当もつかないというもので、すわ落とし物かとあたりを見渡してみても、それらしき人は居ず。これは困ったというものだが、しかし先ほどの疑問の答えは見つかった。近くの看板にそれらしきモノのイラストが載っていたのだ。


 『おくるみ石』、これはそういうモノらしい。随分黒々としている勘亭流で、そう書かれていた。詳細が下に、細々とした明朝体で記されていた。僕はゆっくりとそれを読み進めた。

 曰く、これは人の懺悔の現れである。曰く、これは罪を肩代わりしてくれる。曰く、これは一晩清めた石を包んだものである。曰く、これは自身で制作しなければならない。……なるほど、通りで重かった訳である。謎はまた一つ解けた、というものだった。


 しかし、それでは飽き足らないというのが人というもので。これを見てからというもの、僕はどうにもこの布を解きたくて仕方がなくなってしまった。石というには、これは余りにも柔らかすぎるのだ。強く握れば握るほど、この『おくるみ石』は横に延びていく。それは余りにも、僕の好奇心を刺激したのだ。

 だから僕は、ゆっくりとその結び目を解き始めた。周囲の喧騒なぞ、耳には入らなかった。心臓が早鐘を打つその音だけが、僕の体に響きわたっていた。


 この『おくるみ石』の所有者はガサツな人間なのか、存外軽く結ばれていたようで、十秒もすれば布は布の役を終えてしまった。今この瞬間、布の端と端とが僕の手元にあった。今この瞬間、僕はこの『おくるみ石』の中身を知る権利を得たのだ。

 両の目が『おくるみ石』を見つめていた。この石を僭称する物体は、実際にはなんなのだろうか? もしかすると、もしかするとこれは解いてはいけないものだったのではないか? 心臓の鼓動が高鳴っていた。今にも胸が張り裂けそうな勢いだった。僕の視界には『おくるみ石』だけがあった。そんな胸中とは裏腹に、僕の指はゆっくりと布を持ち上げて──。


 ──ふぁさり。布は玉砂利の上へと落ちた。遠くから僕を呼ぶ声がした。祖父だ。ああ、帰らなくちゃあな。そう思った僕は、その場を後にし、家路を急いだ。そこには布だけがあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一昨日どーも ボスイミ @El_465

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ