推しを推してたら実質身内になった件について

熊坂藤茉

家に帰るとそこには推しが

 放課後。それはクラスメイトとファストフードを囓りつつ盛り上がる時間。俺もついさっきまで、有名ポテト屋で最近の推しトークに花を咲かせていたものだ。

 ひとつ上の先輩。特進クラスの成績上位者で、スポーツもそれなりに出来て愛嬌もある生徒会長様。全部が全部百点満点じゃないのが逆に人間味を感じられて、俺もあんな男を目指したい、あんな人の後輩でいられるのが嬉しいと、クラスメイトの耳にタコを生成するのがある意味日課になっている。

 ぐうたらで整理整頓が苦手。得意なのは料理と歌と書き物だけという芸術方面極振りな姉を間近で見ているからか、会長推しに拍車が掛かっている部分も多少なりあるとは思う。同い年で何でああも違うんだろう。爪の垢とかガブ飲みして欲しい。寧ろ俺が飲みたいから売って欲しい。

 そうして今日も日課の会長推しトークを終えて、夕陽を見ながら家へと帰る。今日は姉ちゃんが料理当番の日だから、味の保証はされてるのでそこは素直に嬉しいとこだ。会長は料理上手いのかなあ。学年違うから調理実習の話が全然回って来ないのがちょっと困るんだよね。


* * * * * * * * * *


「ただいまー。姉ちゃん遅くなってごめん、夕飯確か鯖味噌だったよね。付け合わせに肉じゃがのパック買って来たけど食べ――」

 そう言いながらリビングの扉を開ける。そういえば学校指定の靴があったけど、友達でも来てるんだろうか。そんなことを思うよりも前に。


「あ、こんにちは。そろそろこんばんはかな? お邪魔しています」


 パタリと、反射的に扉を閉めた。


「……え、幻覚か何か?」


 なんかさっき散々推してた会長がテーブルに積み上がった本を読んでるように見えたんだけど。あれ姉ちゃんの蔵書の漫画だよね? 漫画読むとこもサマになって見えいや待ってホントに何でいるの!?


「こんばんはご機嫌いかがですかなんで会長うちにいるんです!?」

「姉弟ってリアクション似るんだねえ。ご飯を食べに来たんだよ」

「ごはん」


 つまり会長は我が家の鯖味噌をご所望と。

「……あの、どうやってうちに?」

「普通に玄関からだよ。君のお姉さんと一緒に入って来たから、不法侵入ではありません。安心してね」

「姉ちゃんと!?」


 突然の情報に脳の処理が追い付かない。そりゃ今の時間帯で家にいるのは姉ちゃんくらいだろうけどそこと会長が全然結び付かない。マジでなんで?


「そうだ、君にお礼を言いたかったんだよね」

「はへ?」

 思わず自分を指差すと、会長はにこにこと嬉しそうに「そう、君だよ」と頷いている。心当たりがとんとないので、つい首を傾げてしまった。

「うちの学年でも君の噂は聞こえててね。友達に僕推しだって公言している生徒さんだ、って」

「ひえ」

 推しに認識されてしまった。どうしよう認知されたら推しの行動が変化してしまう可能性がある死ぬしかないのでは?

「その御蔭で彼女との会話の取っ掛かりが出来たんだ。推しててくれてありがとうね」

「……うん?」

 彼女、というとこの場合恐らく姉ちゃんだろう。でも何で姉ちゃん?

「お姉さん、図書委員してるでしょう? 放課後の生徒会業務終わりに行くと、いつもカウンターで書き物をしてる姿を見ていてね。それが凄いんだよ、百面相しながらワープロ打っててさあ。君は見た事ある?」

「あぁー…………」

 芸術方面極振りの姉ちゃんは、趣味で小説を書いてるのは聞いている。時々「コンテストに間に合わぬぇえええええええええええ!!!!!」って言いながら徹夜してるし。SNSの小規模部門の佳作とか取ってクオカードをゲットしてたのは俺も見ていたし、あの時のコンビニケーキは美味かった。

「くるくる変わる表情が面白くてね。この子はどんな子なんだろうな、って話し掛けてみたらさあ。彼女、僕が生徒会長って知らなかったんだよ」

「姉ちゃんェ……」

 まさか生徒会長を知らないとかいう展開だとは思わなかった。ああでも確かに姉ちゃんは他人への興味がふわっとしてるタイプ……ていうか俺だって話し掛けられたいですが!? 今話してるのは心の準備出来てないからノーカンで。

「でも話をしてたら〝わあ、弟が推し活してる人だぁー〟って気付いてくれたんだよ。そこから沢山話が出来るようになったんだ。君のことは勿論、彼女自身のこともね。だから、気付いてもらえる切っ掛け作りをしておいてくれて、本当にありがとう」

「ど、どういたしましひぇ」

 狼狽えすぎて若干噛んだ。しかし会長と姉ちゃんに交流があったのは驚いたけど、そんな料理を食べに遊びに来るくらいの親密さなのか? という新たな疑問が浮上してしまう。……というか、これはまさか。


「あの、会長」

「なんだい?」

「……姉の友人、ということで合っていますか?」

 やはり聞きたいその辺り。あの姉と会長という組み合わせが、正直いまだにピンと来ない。

「う~~~ん……もうちょっと後での回答でもいい?」

 俺の問いに対し、会長は苦笑しながらも誠実に返事をくれた。

「それはもう!」

「……本当、よく似てるなあ。君達」


「はーい、ごはん出来たよー……あれ、帰ってたんだ? おかえりー」

「ただいまって言ったのにまた気付いてなかったんかい」

 姉ちゃん、オーバーフローした時と凄い集中する時は全然周り把握出来なくなるからなあ。今日はお客来てるから後者だろうけど。

「姉ちゃん、会長と知り合いだったんだ」

「へ!? うん、そう、そうだね知り合い! 知り合いですよお姉ちゃんは!」

「あはは、焦りが隠せてなさ過ぎて可愛いなあ」

 何故かやたらテンパる姉の隣でニコニコと微笑む会長。なんだこの絵面。

「と、取り敢えずお皿に取り分けちゃうね。それからお箸とコップと――わひゃあ!」

 やたら慌てた様子の姉ちゃんが、つるりと足を滑らせる。これはまずいと動こうとしたタイミングで、会長が腕を回してカッコよく受け止めた。流石は俺の推し。助け方も決まってる!


「ほら、やっぱり無理しないで座ってよう? おろおろすると大体いつも僕にとって面白い事になっちゃうんだから」

 背中側に回した腕でがっちり腰を抱える会長が、窘めるように言い聞かせている。

「だって会長ちゃんじゃモノの配置分かんないじゃんー……私だって動かないで済むなら済ませたかったよお……」

「だからって無茶して動く方がよくないよ。ほら、弟君もいるから座ってて」

「うぇーい……」

 話の様子から察するに、姉ちゃんは本調子じゃないようだ。風邪でも引いたかな? すごすごと着席したのを確認すると、会長と二人で食器を出し始めた。


「あの、会長。姉ちゃん無理してるって」

「しまった、口滑っちゃったね。んー……お姉さんのここのとこ、見える?」

 そう言いながら、とん、とん、と首回りを指差される。何のことかと姉ちゃんを見れば、首筋やデコルテにぽつぽつと発疹が。

「風疹は予防接種してましたけど、抗体減って罹ったとか?」

「そっちかー。うん、本当に姉弟なんだなあって実感するね」

 くすくすと笑うその表情は、俺の向こうに姉ちゃんを見ているようで、その笑い方にドキッとしてしまう。

「じゃあヒント。僕は君から会長ではなく、お兄ちゃんとかお兄さんとか呼ばれたいなーと思っています」

「え」

 何故兄。会長は歳下にお兄ちゃんぶりたかった……?

「あ。大丈夫と思うけど、お姉さんに用がある時はちゃんとノックしてあげてね。気を付けてはおくけど事故ってあるし」

「……え、え?」

 何故会長が部屋と姉ちゃんの心配、を――

「……あの、姉ちゃんとの関係は……」

「知り合いっていうのは嘘じゃないよ。厳密には恋人だけどね」

 ふふ、と微笑むその顔は本当に嬉しそうで。

「鈍感と第六感の両方があってちょっと厄介、もとい大変だったけど、ようやっと手に入れられたんだ。切っ掛けをくれて感謝してるし、今後ともよろしくね。弟君」

「はひぇ」

 情報がひとつに繋がった瞬間、コップを取り落としそうになった。つまり、姉ちゃんのあの謎の発疹は全部この人に付けられたキスマー、え!? 会長そういう事するんだ!? 清廉潔白の凄い人だと思ってた相手がそっちの方も凄い人だった、みたいな衝撃あるんだけど!

 ぱくぱくと口を開けるしか出来なくなった俺に、会長がニコニコと微笑む。

「うん。好きなモノを好きって言えるのはやっぱりいいことだね。僕も彼女推しの同担拒否勢です、って公言してみようかな」

「結構な過激派ですね……」

 見え隠れする独占欲の片鱗。推しの意外すぎる一面を大量摂取した俺は、取り敢えず現実逃避に皿へ鯖を盛り付けるくらいしか出来なかった。

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