大人になれば結婚できる

 「できた」

 孤児院の離れの小屋。そこはさまざまな用途で使われている。

 普段は倉庫として。または悪ガキ三人組の秘密基地。あるいは魔術工房といった具合である。

 ちなみに孤児院の管理人であるガーバにより秘密基地や工房としての利用は禁止されている。


 しかし子どもの好奇心は大人に制御できるものではない。

 床に描かれた魔法陣。その周りには分厚い本、なにかの動物の手足や尻尾、炭酸水のように泡を吹く紫色の謎の液体。

 今日この日、小屋はシュシュミラの魔法実験場として使われていた。

 魔法陣の中央に精製されたのはちいさな球体。それは魔法により錬成された飴玉であった。


「これを食べれば……、ガーバとずっと一緒に……」


 いわく、結婚とは大人同士でなければできない。

 シュシュミラは天才なので、絵本を読んでもらった次の日には結婚のルールを調べ完全に理解していた。

 そして子どもの自分がただちに結婚できるようにする方法を考え、必要となる材料を集めた。

 魔法の天才に不可能はないのだ。


 「それでは……。あーん」

 「お、なに食おうとしてんだよ」

 背後からの突然の声にシュシュミラの肩が跳ねた。びっくりした拍子に飴玉が手から零れ落ちて転がる。


 「あん? なんだこりゃ飴玉か? シュシュミラお前いいもん持ってんじゃねえかよ」

 倉庫にやってきたのはティガだ。孤児院の家庭菜園の手伝いをサボって小屋に逃げてきたのだ。

 ティガは飴玉を拾って眺めた。


 「返して。それはただの飴じゃないの」

 「ほー。とびきりうめえ飴玉ってことか? じゃあ、オレ様のもんだな」

 「違うってばバカ猫! いいから返してよ」

 「うるせー。お前のもんはオレ様のもんなんだよ。いただきまーす」

 飴玉がティガの口に入る。ガリガリガリ。


 「あー」

 「なんだよ。味しねえじゃねえか」

 がっかりした表情を浮かべるティガ。しかし砕いた飴を飲み込んだ瞬間、彼の身体に異変が起きた。


 「うっ、なんだこれ。急に熱くなってきた。おいシュシュミラどうなってんだ」

 「だから言ったでしょ。ただの飴じゃないって」

 呆れるシュシュミラ。ティガは苦しそうに胸を押さえて膝をつく。


 「く、苦しい」

 「そりゃ子どもの服着たままじゃね」


 気がつけばティガの着ていた服がパンパンに伸びている。二の腕あたりは破れ始めていた。

 大きく膨れていく胸板。丸太のように太くなる二の腕と太もも。固く節くれだっていく両手。ティガの視界からシュシュミラがどんどん遠くなっていく。

 ティガが魔法の飴玉によりどんどん巨大化していく。


 そうして羽化する蝶のように、上着もズボンもパンツも破れて現れたのは大人の姿になったティガだった。


 「とりあえず、実験は成功かな。毒味役ごくろうってことで許してあげる」

 そう言ってシュシュミラが倉庫の奥から姿見を引っ張ってきてティガに向けた。

 「どう? 大人になった感想は」


 茫然と己の姿を見つめるティガ。

 「ど……」

 「ど?」

 数秒の間があって、ティガが爆発した。


 「どうなっちまったんだ俺はー!」

 「だから大人になったんだって」

 「体でけえ! 耳も長い! 尻尾も伸びてる! なんじゃこりゃー!」


 獣人の特徴である獣耳と尻尾を引っ張って叫び声をあげるティガ。

 獣人らしくがっしりとした体と子どもの丸い輪郭が消えて引き締まった顔立ち。

 一見すれば鍛え抜かれた戦士のようなその姿でティガは慌てふためいてシュシュミラに詰め寄る。


 「お前なんてことしてくれるんだ! これどうすんだよ。いますぐもとに戻せ。服破けちゃったの怒られるだろお前のせいだからな! お前が謝りに行けよ!」

 「うるさいわね。あんたたち畑仕事サボって遊んでんじゃない……、わ、よ……」

 「あ、ハイドラだ。見てよティガってば大人になってもち〇ち〇は小さいままなんだよ」


 ぐるりとハイドラに振り返る巨漢の男。

 「あ、あ、あ……」

 筋骨隆々のその男はなぜか真っ裸でハイドラの前に立っていた。

 ハイドラは男を上から下まで目で追って、その視線が下腹部の少し下のあたりで止まった。そこに揺れているのは――

 「変態だ-!」

 「ぐあー!」

 変質者を前にしたハイドラの行動は迅速であり的確であった。彼女の間髪入れずに繰り出したハイキックがティガの股の間で揺れるそれに直撃したのだ。

 たまらず崩れ落ちるティガ。


 「ハイドラ、てめえ……。う、ぐす、うぅ……」

 ポンッと音を立てて巨漢の男が消える。

 「ありゃ、効き目が切れちゃったか」

 「なによあんた。ティガだったの?」

 「うぅ、ひっく、ぐずぐず……」

 股間を押さえてうずくまる子どもの姿のティガにハイドラは混乱したままだった。




 「というわけで、この飴玉を飲み込むと10年分成長した大人の姿になれるの」

 シュシュミラが得意げにかかげるのは先ほどティガが食べた飴玉だ。


 「また迷惑なマジックアイテムを作ったものね。そんなものなんの役に立つのよ」

 「決まってる。これを食べて大人になればガーバと結婚できる」

 「は?」

 「ぐずぐず、え?」

 突然の結婚宣言に固まるハイドラとティガ。


 「あんたなに言ってんのよ? 大人になることと結婚となんの関係があるのよ」

 「あー、知らないんだ。大人にならないと結婚できないんだよ。ボクはこれを食べて大人になってガーバとけっ――」

 「わたしによこしなさい!」

 「わっ! ちょっとなにするのさ」

 「あんたのものはわたしのものなのよ。ふふ、これさえあれば」

 ごっくん。


 「なにも変わらないじゃない?」

 「ぐずぐず、ちょっとだけ背伸びたんじゃねえか」

 「あんたはいつまで泣いてんのよ」


 飴玉を飲み込んだハイドラだったが、ティガほどの急激な変化は見られない。

 「たぶんあれじゃないかな。エルフって長生きなんでしょ。10年くらいじゃ大人になれないんじゃない?」

 

 「なによそれ。じゃあもっと食べればいいんでしょ。持ってる飴全部よこしなさい」

 「やーめーてーよー」

 ごっくん、ごっくん、ごっくん、ごっくん。

 「蛇みたいに丸呑みするのやめなよ。のどに詰まるよ」

 「っさいわね。さあ、これでどうよ」

 急成長いつでも来い! 身構えるハイドラ。


 「あ、服脱いどいたほうがいいよ。ティガみたいに破れるから」

 「あらそう」

 ぽいぽいっと着ていた服を脱ぎ捨ててすっぽんぽんになるハイドラ。

 「あんたはあっち向いてて」

 「ハイドラがまた蹴った。ぐずぐず」

 「相変わらずの泣き虫ねバカ猫」


 飲み込んだ飴玉は全部で五つ。今度は変化があった。

 「ふふん。どうよ」

 「おー。ハイドラ美人。モデル体型」


 整った顔立ちはそのままに、スラリと伸びた手足。日の光を浴びて輝く銀髪。すれ違う男全員が振り返る絶世の美少女の姿がそこにはあった。


 「細い白樺みたい。蹴ったら折れそう」

 「折れんのはあんたよ。こっち見るなって言ってるの」

 どげし。

 「ハイドラがまた蹴った。ぐずぐず」


 「じゃあ、次はボクね」

 シュシュミラも服を脱ぎ捨てると倉庫の奥から暗幕のような黒い布を取ってきて頭からかぶった。

 「服の準備もばっちりなんだ」

 「てるてる坊主スタイルのそれは衣服とは呼ばないのよ」


 ぱくん。コロコロコロ……。

 「さっさと飲み込みなさいよ」

 「噛めよ」

 「飴はこうやって食べる物なの!」

 ごっくん。

 「たしかに背は伸びたけど、あんまり変化ねえな」

 「人間ってつまんない生き物ね」

 「二人が派手すぎるの!」


 シュシュミラも大人の姿になった。人間の女性としては平均か少し低い身長。肩までの黒髪が風に揺れる。美人というよりは可愛らしいという印象だ。


 「というかお前太ってねえか?」

 暗幕が張り付いてしっかりとボディラインが浮かび上がる。ティガの指摘するそれは胸の膨らみだった。


 「太ってない! おっぱいが大きいのであって太ってるわけじゃないの!」

 「あん? 何が違うんだよ。尻もでけえし。10年後のお前ってデブなんだな」

 「闇より現れし開闢の瞳。彼の者の刃を持って我に答えよ『暗黒の大顎』」

 「わかった。太ってない。お前は太ってないから」

 胡乱な目をしたシュシュミラに土下座して謝るティガ。


 「まったく。失礼なバカ猫だ」

 「というか、あんた……」

 「なにハイドラ?」

 ハイドラが虚ろな目で自分の胸に手を当てる。


 「それ、よこしなさいよ」

 「え、どれ? って胸引っ張らないでハイドラ。取れないよ。それは取れないやつだから」

 ギギギと歯噛みするハイドラ。どうやら胸の大きさがうらやましいのだとティガは気がついた。

 「なんだよ。でかい方がかっこいいのか? やーいハイドラの胸ちっさい」

 「ぶっ殺すわ」

 成長した長い足が鞭のようにしなり、ティガのみぞおちに入った。

 「うぅ、ハイドラが何回も蹴る。ぐずぐず」

 「あんたは弱っちいくせにすぐ喧嘩売ってくるんじゃないわよ」

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孤児院の子たちが魔法で大人になったら最強パーティが完成した 5時青い @masa0531

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