孤児院の子たちが魔法で大人になったら最強パーティが完成した

5時青い

そして二人は幸せに暮らしましたとさ

 「こうして、王子様とお姫様は結婚し末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」


 鯨油ランプの明かりが柔らかく揺れる。

 けっして広くはないベッドに僕らはそろって横になり、子どもたちは僕の読む絵本の挿絵をかじりつくように眺めていた。


 「ねえガーバ、スエナガクってどういう意味なの?」

 僕の右腕を枕にしている女の子。エルフの子のハイドラが僕の顔を覗き込む。

 「いつまでも、ずっとって意味だよ。この二人は結婚してずっと一緒に、幸せに暮らしましたってことさ」

 僕は答えた。


 すると今度は左腕を枕にしていた男の子。獣人の子のティガが言った。

 「ずっと一緒? 結婚ってやつをするとずっと一緒にいられるのか?」

 ティガは好奇心に満ちた瞳で絵本の挿絵を指さした。それは笑顔で手をつなぐ王子様とお姫様の絵だ。

 「そうだね。ずっと一緒に暮らせるんだよ」

 そう答えると、今度は僕の胸の上で半分寝ている女の子。人間の子のシュシュミラがふにゃふにゃと僕の言葉を復唱する。

 「一緒? ずっと、一緒……?」

 シュシュミラはべったりと僕にしがみついて絵本は見ていない。うつらうつらとしながら物語だけを聞いていた。

 「そうだね。結婚すればずっと一緒だ」


 どうやら三人は結婚に興味があるらしい。

 もうそんなことに興味を持つ年になったのか。僕は少し感心する思いだった。

 結婚したから一緒に暮らすのか。人生をともに歩むと誓い合ったから結婚するのか。

 目的と手段が正しく理解できたかはわからないが、まあ、細かいことはいいだろう。

 それはこの子たちがもう少し大きくなって、愛する人を見つけた時におのずと理解できることだ。


 この子たちが大きくなって、結婚して、この孤児院を出ていく……。

 なんだろう。少し目頭が熱くなってきた。

 僕は両腕に少しばかり力を入れ、ティガとハイドラを抱き寄せた。

 血の繋がりはなくとも、この子たちは僕の大切な子どもたちだ。彼女たちがここを出ていく日、僕は笑顔で送り出せるだろうか。

 いいや、きっと人目もはばからず泣いてしまうのだろうな。


 「ちょっとなによ、暑苦しいんだけど?」

 「なんだよハイドラ、嫌ならベッド降りろよ。狭いんだよ」

 「なんですってこの泣き虫猫!」

 「あーん!?」

 「あー、はいはい。もう寝るんだから喧嘩はなし」

 センチメンタルな気持ちは夜遅くとも余りある子どもたちのパワーの前に霞のように消し飛んで行った。


 「ほら、今日はこれでおしまい。ハイドラもティガも自室に戻って」

 僕は上体を起こして二人のお尻をポンポンと叩いてベッドから追い出した。


 「ちょっと! レディーのお尻を気安く触るんじゃないわよこの変態」

 「はいはい。今夜はもう飲み物は飲まないようにね。おねしょをしない本物のレディーを見せてくれ」

 「ちょっ!」

 「だはははは! お前またおねしょしたのか? だっせーなあ」

 「ぶっ殺すわ」


 ああ、しまった。つい口が滑ってレディーの秘密を漏らしてしまった。

 顔を真っ赤にして怒りをあらわにするハイドラ。エルフ族は美男美女が多い種族だが、彼女もその例に漏れずとてもきれいな顔立ちをしている。目鼻立ちのくっきりしている美人ほど起こった時の顔は怖いのだ。

 

 「喧嘩はなしだって、あーもう。シュシュミラ、二人を止めてくれ」

 「んー、わかったあ。バカ二人を縛れ『影の鎖』」

 シュシュミラが指先を振るとその軌跡をなぞってルーン文字が浮かび上がる。

 淡く輝く文字列は円となって空中に広がりそして霧散する。それと同時にシュシュミラの影がベッドから落ちて床を這い、ハイドラとティガに襲い掛かる。


 「うわ、なにしやがる」

 「この、放しなさいよガリ勉根暗女!」

 影が蛇のように二人の手足に巻きついて動きを封じ込める。

 シュシュミラはまだ子どもだが魔法の天才なのだ。

 エルフ族も獣人族も人間の僕に比べてはるかに力が強い。二人が喧嘩したときはこうやってシュシュミラに止めてもらうのだ。


 「いたたたたた! ちょっとシュシュミラ痛いってば」

 「シュシュミラ? そんな人は知りません。ボクはガリ勉根暗女」

 「悪かった、悪かったわよ」

 シュシュミラは魔法の天才で、そして根に持つタイプなのだ。


 「もういいよシュシュミラ。二人を放して」

 「ん、わかった」

 影がシュルシュルと床に落ちてシュシュミラに戻っていく。


 「ひどい目にあったわ」

 「お前が悪いんだぞ」

 「なんですって」

 「うるさいなあ、ボクはもう眠いんだよ。暗闇の底へと引きずり落とせ『幻影の縛鎖』――」

 「シュシュミラ待って。上位魔法を使おうとするな。それは死ぬ」


 ランプの灯が揺れて四人の影が壁を踊る。

 騒がしくもにぎやかな孤児院。将来彼女たちがここを出て外の世界へ羽ばたくその日まで、親として見守り続けるのが僕の役目だ。



 その夜、自室のベッドの中でハイドラとティガは呟いた。

 「結婚すればガーバとずっと一緒にいられるのね」

 「結婚すればガーバとずっと一緒にいられるのか」

 そして眠るガーバの胸の上でシュシュミラの寝言が漏れた。

 「結婚、ずっと、一緒……」

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