第11話 武士はその辺にいる
「……先輩。もしかしたら違うかもしれない可能性に賭けて聞きますね」
「? なんだろうか」
「もしかして、ですけど次の聞き込み対象はあのよく校門に佇んでいるサムライっぽい人ではないですよね?」
「長正さんは戦国時代の人だから侍じゃなくて武士あるいは武将だね。当主で所領もあったらしいから大名でもあるけど」
「あの、武士についての定義知識が欲しいわけではないのですが」
「じゃあ間違いなくあの袴に刀の人が次の聞き込み相手の
「落武者じゃないですか!?」
「失礼な、ちゃんと戦場で討ち取られた人だよ。郷土史でもちゃんと名前出てくるよ?」
近林長正、この周辺を治めていた戦国大名。戦で燃え落ちる城の中亡くなったとされる。内政自体は善政で、最期も家臣と妻子を逃す為に自分ごと敵を火計に巻き込んだ漢の中の漢だ。
俺もこの周辺の歴史の授業で名前が出て来た時には既に友達だったのでビックリした覚えがあるが結構ちゃんと登場するはずなんだけどな。
「入学したての一年生には分かりませんよ…」
「あ、そうか長正さんの授業は夏前だったね」
確か夏休みの自由発表の課題の一環で参考にやるんだった。
「じゃあ分からなくても仕方ないか。まあいい
恨みもない浮遊霊は自分が満足したら好きなタイミングで成仏が出来る。長正さんは未来を託すために亡くなったので未練が薄く、この世に留まるのは自分の意志でしかない。明美さんの様に線香をあげる必要はない。
「……信じて見ます。時代が違う人なので話が通じないと困るので見ないようにしてたんですが」
「大丈夫大丈夫。ほら行くよ」
渋る三木さんを引き連れて長正さんのところへ向かう。向かうと言っても今、彼がいるのは校門なので軽く手を振って合図をし、少し影になっている校門の奥の駐輪場に来てもらう。ここまでの調査の過程で授業終わりから少し時間がズレたので今は大体の生徒は帰ったか部活で駐輪場に人影はない。
霊能探偵は普通の人からすると虚空に向かって話す不審者なので通行人にはちょっとだけ気を使うのだ。その点移動できる浮遊霊はとっても助かる。どこにいるか探さなきゃいけないしこちらから捜査のお礼も難しくなるから比べられるものでもないのだけどね。
『おやおやおやおや!? 手招きするものですからまた事件かと思えば、もしや鑑殿の彼女の紹介ですかな!? 確かにこれは事件ですが、デートスポットとしては某はオススメ出来ませんぞう?』
「いや、長正さん三木さんはそういうのじゃないよ。今日の監視役なんだ」
『おや、監視役でございますか? ならばなおのこと某に会いに来るにはマズイのではありませんか?』
「いや大丈夫、三木さんはね…」
「…先輩! わからないまま話進めないで下さい!」
「ああうん、ごめんね」
怒られてしまった。三木さんからは長正さんがこんな陽気なこと話してるなんて分からないもんね。俺が詰め寄られてる様に見えるかも。長正さんパーソナルスペース超狭いし。
「心配してくれたの? ありがとうね。大丈夫?」
「心配などはしていませんが先輩が私の事を好き勝手に伝えられてしまっては誤解が生じると思っただけです。それと…大丈夫です。近くで表情を見れば良い人なのは伝わってきました」
「おっけ、長正さん。三木さんと手を繋いで貰っていい?」
『手を繋ぐ、と言われましても某は…、おっと?』
「はじめまして、三木奏絵といいます」
『おお、おお、おお! 確かに、確かに手を繋いでおりますなあ! いつ振りの感覚でしょうか、感動を通り越して不可思議にも思えてきますなあ! それに先程まで聞こえなかった三木殿の声が聞こえますぞ! 実に良い声をしてらっしゃる!』
「おおう、思ったよりもテンション高く喋る人なのですね…」
長正さん、見た目がキリッとした武人って感じの人だからめちゃくちゃ陽気でびっくりするよね。でもお互いに好印象で良かった。長正さんこの街を自由に彷徨ってるからどういう
「三木さん、ちゃんと紹介するね。こちらが近林長正さん、元この周辺を治めた大名で戦で味方を護りながら悔い無く亡くなったし子孫が家をきちんと受け継いだので未練とかは特に無いけど幽霊ライフを楽しみすぎて500年くらい成仏せずにこの辺りにいる浮遊霊だよ。お盆のたびに当時の家臣たちが早く成仏するように催促に来るよ」
『はっはっは、最初は残された息子が本当に戦で勝てるのかと不安で残ったのですが、見事な大勝でしてな! それからは現代が楽しすぎるのが悪いのです。某は何一つ悪う御座いませんとも!』
「それで長正さん、こちらは三木奏絵さん。ウチの高校の1年生で俺からみると後輩になる。今回の依頼人の友人で俺の不審さを怪しんで捜査に同行を申し出てきた監視役だよ。さっき霊が見える事と触れること、あと急に語感で喋る事があるのが発覚した」
「…監視役です。よろしくお願いします。急に語感だけで喋ったりなんかしません。遺憾あるいは疾患です」
「出てる出てる! 疾患なの!?」
『はっはっは! 愉快な監視役ですなあ鑑殿! 鑑殿の不審さを見抜くとはなかなか鋭い観察力をお持ちでいらっしゃる! 能力からみても監視役というよりは助手の方が似合いそうではありませんか!』
「ッ助手……!……あり得ません」
「違和感のある文章体になるくらい溜めたねえ!」
三木さんは手厳しいぜ。
『で鑑殿。今朝家であったばかりの某に聞き込む事件でございますか? 随分と詰まっておりますので?』
「確かにものが小さいからちょっと困ってるのは、そうかも。あと三木さんも長正さんくらいは知っておいた方がいいかなって」
『はっは、某この街中を日々うろうろしておりますからなあ! 夜中なら鑑殿のお家にお邪魔している事が多いので会う事は少ないでしょうが、それ以外では出会う機会も多いでしょうからな! 何かがあった時に三木殿を助太刀することもあり得ましょうぞ!』
「先輩…そうなのですか?」
……長正さんは洞察力があって頭が良く、軍略なんかにも長けているので探偵にスカウトしたいぐらいの逸材なんだけど、考えを説明しながら話す所がある。多分家臣たちのために身につけたその癖が俺に被害をもたらすとは、同じく霊の声が聞こえる三木さんが現れるまでは全く想定していなかった。
つまりかなり恥ずかしい。
別にそんな大層なことを考えていた訳ではないが三木さんは霊に触れる、というか当たってしまう。と言う事は厄介な霊に手を掴まれたり身体でガードされる事があるかも知れない。霊の痴漢だっているかも。こう言っちゃなんだけど未練多そうだしさ。そんな時に長正さんがいればカッコよく助けてくれるだろう。霊は霊を触れるし長正さんは刀も差してるからね。そういうのがちょっと良くなればいいと、初めての後輩に思っただけなのだ。
まあ肝心の夜中は長正さんは俺の部屋で特撮やアニメ、映画を見てたりするのが殆どなんだけど。霊はチャンネルを操作出来ないので出来る人にやってもらうのが早い。つまり俺だ。俺が契約しているサブスクの半分くらいは長正さんが使用しているだろう。それが普段のお願いの報酬がわりになっているので別に構わないんだけどね。
「別に良い霊を紹介出来ればとは思ったけど、本筋は捜査に必要だから! ん゛んっ! 本題にうつるけど、黄色い名札を探してるんだ。長正さん何か知らない?」
「…誤魔化されました」
『はは、時には誤魔化されてやるのも良い女性の条件ですとも! …っと名札でしたな? それはあの最近校内のカップル同士がよく交換してつけているあの、自らの名を持って相手を縛り付け顕示する契約の様に或いは呪術の様に使われているアレでございますかな?』
「やっぱそう思うよなあ!?」
武士が言ってるんだ間違いないに違いないよ!
「先輩。脱線する方向に話の舵を切らないで下さい。ヨーソローです」
「ハイ。舵を戻します」
『ははやはり良い助手ですな! …そういえば名札で少し気になる事がありましたな』
「ホント? 流石、長正さん頼りになるぜ!」
『いやはやまだ事件に繋がると決まったわけではありませんぞ。某が観たのはでございますな…』
長正さんの話が事件を解決する糸口になるかも! そう意気込んだ俺と三木さんは長正さんの語りにグッと集中した。
霊能探偵 由布鑑の失せ物探し 群青ミサキ @Kmisaki
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