第八話 粟田口刑場跡→京都××××-13


 配信中、ホテルの廊下。

 もはや光秀大暴れのターンと化した配信に見切りを付けた織田信奈と小早川隆景は、密かに二人だけで配信現場から離れて、今後の対策について協議をはじめていた。


「こ、この夏は良晴を巡って戦っていたけれど、共闘関係を結びましょう委員長。十兵衛はああいう性格だから、一人だけならばなんとかなりそうだけれどぉ」


「……そうだな。斎藤利三は実に厄介だ。どうしてあれほど大奥設立に執念を燃やすのだろう? 徳川幕府に強力な大奥を作って管理した春日局は、斎藤利三の娘だった。やはりその血筋が関係しているのだろうか? 横溝正史の推理小説みたいな話だが」


「わかんないけど、栗田口刑場跡には今でも男光秀の霊が眠ってるんでしょ。平将門は絶対に祓えないでしょうし。他にも京都には怨霊がいろいろいるのよね?」


「うむ。罪なくして太宰府に流されて雷神となった菅原道真公、怨霊となって桓武天皇に平安京遷都を決断させた早良親王、そして日本を呪い自ら大魔王となった崇徳上皇。日本で怨霊化する者は高貴な身分の者が多いので、京の地には他にも大勢の怨霊がいる」


「それよ、それ。十兵衛自身、いつなにに憑かれるかさっぱりわかんないうっかり体質なのが問題なのよ。この世界を揺らがせる騒動って、いつも十兵衛を起点にして発生・拡大してるじゃん。もしも大奥なんて認めないと強引に話を潰したら、利三が『敵はやはり織田信奈!』と言いかねないじゃん?」


「……そうなればもっと酷い混乱が起こるかもしれないな、織田信奈。それではまさか、大奥を認めるのか? この現代日本で?」


「そんなの無理っしょ。現代でありえないっしょ。十兵衛も利三も、バッカじゃないのお? 二人とも利口者なのに、どーして倫理観が崩壊しているのかしら」


「魔界への井戸を潜って戦国世界に乗り込んだことで戦国記憶がさらに濃く混じったために、感性が半ば戦国時代のものに戻ってしまっているのだろう」


「うーん。血で血を洗う戦国世界では、側室を大勢娶る男大名も実際にいたものね。なにしろ下克上阻止のためにお世継ぎが必要だったし、医学が未発達だから子供が簡単に死んじゃうし、現代とは常識が違うもの。でもさあ、現代じゃやっぱ駄目でしょ! 駄目駄目駄目。わたしは独占欲が強いから戦国世界でも駄目だったけど、今はもーっと駄目!」


「そうだな。ただ、われらも戦国世界を訪れた影響をかなり受けていると思う。大友宗麟はともかく、頼みの島津義久や相良義陽まであの調子だし……困ったな」


「まあ時間が経てばみんなまた落ち着いて、この世界の倫理観を取り戻してくれるはずよ。あの手この手で時間を稼ぎながら利三や十兵衛たちのメンタルがこの世界に再び馴染むのを待って、なんとか良晴を大奥の罠から解放しましょう委員長?」


「わかった、織田信奈。それまでは一時休戦だな――握手しよう」


「まったく。一学期の終わりに、わたしが茶器事件の興奮のままにあんたに余計なことを言わせたばっかりに……んもう。いつになったら決着するのかしら!?」


「ふふ。戦国世界のように命のやりとりや互いの家の潰し合いをするわけではない。まったりと行こう、織田信奈。しばらくの間、良き相棒として、よろしく」


「……デアルカ。まさか、こんなかたちであんたとの間に女の友情が生まれるとは皮肉なものね。ほーんと、是非に及ばずだわ――せっかくの夏休みなんだし、良晴と一緒にデートしたいのにぃ!」


「私も同感だ。仲良く順番ということにしよう、織田信奈。ふふ」


「……いいわねそれ、って言いそうになっちゃった。わたしも戦国世界送りの影響を受けてるのかしら……はあ。まあいいわ、利三に良晴を監禁されるよりは。まずは同盟成立の証しとして、それで手を打ちましょ! わたしは~、良晴と須磨の水族園に行くから! カピバラを見るのよ、カピバラを! カピバラってぼーっと温泉に浸かっているだけで、なーんにも考えてなさそうでぇ、見ているだけで癒やされるわよね~」


「どうして水族園にカピバラが!? わ、私も須磨の水族園に良晴と一緒に行って、イルカショーを見たいのだが……陸のどうぶつが好きならきみは王子動物園にしてくれないか、織田信奈。今ならまだパンダも見られるぞ」


「やーだー! パンダはもう見たー! カピバラがいいの、カピバラがーっ!」


「……きみは意外とかわいいどうぶつが好きなのだな。虎やライオンにしか興味がないと思っていた……」


「旅先でご当地キティちゃんをかき集めているわたしに、よくそんな的外れなことが言えるわね委員長? そもそも須磨のイルカ館は今、改装中ですから! ざーんねんでした!」


「えっ、そ、そうなのか? うう、それは悲しいな……戦国世界の瀬戸内の海で良晴と見たイルカを、どうしてももう一度二人で見たい……」


「ふ~ん。そんなに見たいの? 改装工事終了とイルカの復帰まで、最低三年かかるらしいわよ? どうする委員長? 高校生活が終わっちゃうじゃん」


「確か、須磨の水族園は民間に払い下げられたのだったな。それが原因か――ならば、織田信奈――」


「わたしはドケチだけれど、同盟の絆を強化するためなら一肌脱ぐわよ。織田家、毛利家、そして適当に義元をおだてて乗せて、ウルトラセレブな今川家を巻き込んで――」


「須磨の水族園を買収しよう! ただちにイルカショーを復活させるために! 天下布部全員でこの計画を推し進めている間は、大奥計画のほうは人員不足で動けない!」


「いいわね! じゃあ天下布部プロデュースの新しい水族園にしちゃいましょ! 園長は当然、このわたし! マンボウも誘致したーい!」


「ま、マンボウ? どうして?」


「ぼーっと水槽内をたゆたっている時の、なにも考えてなさそうな表情がかわいいからよ!」


「……すまない。きみの『かわいい』の規準が、よくわからない」


「当然、肝試しエリアも増設して心霊ツアー配信に利用するわよ! 投資した費用を回収するために!」


「……もう、心霊ツアーはいいかなと思うのだが……藪蛇になりそうな……」


「六甲山系から曰く付きの奇岩を集めてきて、新たな心霊スポットを築きあげるのよ! ほらほら。近場に『件』や牛女が出没する上に、動かしたら祟りがあるから車道のど真ん中から動かせないことで有名な夫婦岩とか!」


「ま、また『件』を呼び込むのか? そろそろ懲りてくれ、織田信奈」


「駄目駄目! 銭は命よりも大事なのよ、委員長!」


「……まったく。きみはどの世界でもいつの時代でも、織田信奈だな」


「当然じゃ~ん! あんただってどの世界でも小早川隆景でしょ、委員長? いつだって、良晴が好きでたまらないんでしょ?」


「……そうか。そうだな。ふふ」


 ここに、織田信奈と小早川隆景による「相良良晴奪回同盟」が成立した。

 相良良晴の学園生活に、さらなる波乱が巻き起ころうとしていた。



 夏休み 京都心霊ミステリーツアー編 完

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織田信奈の学園~夏休み 京都心霊ミステリーツアー編 春日みかげ(在野) @kasuga-m

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