第八話 粟田口刑場跡→京都××××-12



 四日目、早朝。

 本能寺ホテルのロビー前。



「くすんくすん。途中で配信が途切れまして、復旧まで一晩を要してしまい、すみませんすみません。天下布部京都チームと神戸チーム合同で配信を再開させていただきます。さて、三泊四日の京都心霊ツアーもつつがなく終了しましたが、空白の時間帯になにがあったかを説明するのは非常に難しく……」


「……クロカンはもう眠い……ふあああ~……昨夜はキョンシーになっていたような気がする……」


「あやかしが大集合して百鬼夜行とわたしたちが戦ったいちばん盛り上がる映像って、結局撮影すらできなかったじゃないのよ半兵衛! ああ~っ、視聴者たちからも《さあここからというところで》《どうして配信が止まったんだよ》《昨夜の配信中から丑の刻参り女の映像しか映らなくなったし》《コメントも書き込めなかった》と大ブーイングだわ! なんてことなの、天下布部動画チャンネルで荒稼ぎする計画が~! 結局脱出するので精一杯で、あやかしの一匹も捕まえられなかったしぃ!」


「それより織田信奈。問題は……視聴者諸君、どうか怒らずに聞いてほしい。相良良晴との交際権をかけたアンケート結果だが……うう。絶対に大炎上する。困ったな」


「皆さん、お喜びくださいですう! 先輩争奪戦の優勝者は、この明智光秀なのですううう! なにが起きたのかよくわかりませんが、寝ているうちにかしこくてかわいい十兵衛が優勝してしまったのですうううう! まるで現代の白雪姫! これも視聴者の皆さまの応援のおかげですぅ、十兵衛にご祝儀を払いやがれなのです!」


「く、空気を読め、明智光秀。うう、無理らしい……あの時の良晴の選択は、われら全員を消滅の危機から救うための方便だったのに……何度説明しても、まるで伝わらない」


「委員長どの? 大奥を設立すれば、先輩の脳がうんたらかんたらで世界が不安定になってどーのこーのという問題は解決すると、十兵衛は最初から言っていたですよ? かしこいです。やはり十兵衛はかしこいのです。はーっはっはっは!」


「ううう、ついに悲願が達成されて涙が止まりません……実はこの丑の刻参り女こと斎藤利三が、知略を尽くして相良良晴に大奥設立を認めさせたのです! こたび天下布部に襲いかかった怪異はすべて、大奥設立という大願成就のために私が仕組んだもの! 投げ銭とコメントで、飽きっぽい織田信奈さまを最後までツアー続行に駆り立て続けた視聴者さまのご協力、感謝いたします! ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございます!」


「ちょっと利三? あんたが配信に出て来てどーすんのよー!」


《あれ? 丑の刻参り女が、普通に天下布部にいるじゃん?》

《あーっ? つまり、全部ヤラセだったのかよ!? ふざけんな! 投げ銭返せ!》

《俺はなあ、委員長を応援して何票も入れたし投げ銭も投げまくったんだよ!》

《終身名誉部長が金属バットを振りかざしてあやかしと戦った映像も、十兵衛ちゃんが鬼と相撲を取った映像も、全部フェイクだったのかよ?》

《俺のピュアなハートは今、濁りきって黒化しちまったぜ……久々にブチ切れちまったよ……》

《もう、なにも信じない!》

《ヤラセエンタメでもいいからさあ、せめて委員長大勝利で終われよ! エントリーすらされていなかったポッと出の第三者が勝利とか、誰得なんだよ!?》

《相良良晴! てめー、十兵衛ちゃんにんほって番組構成を破壊しやがったなあ?》

《天下布部のヤラセを検証するチャンネルを立ち上げて炎上させてやるううう、炎上させてやるからなあああ!》

《なにが大奥だ! そんなにハーレムを作りたいならトラックに跳ねられて異世界に逝け相良良晴!》

《よくも委員長を裏切ったな! 呪ってやる! 呪ってやるからな! 呪呪呪呪呪呪呪》

《呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪》

《呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪》


 荒れ狂うコメント欄を薄目で眺めていた信奈は無言のまま、コメント機能を全オフにしていた。言論大弾圧……と良晴は震えた。


「これにて大団円ですね、は、は、は。信奈さま? この斎藤利三、明智光秀さまから『十兵衛は学園世界で先輩たちと生きていきたいのです、二度とこのような勝手は許しませんですよ』とたっぷり叱られて海よりも深く反省してございます。誓って、今後は天下布部の忠実な部員として、そして大奥を取り仕切る春日局として粉骨砕身働きますので、どうかご容赦を」


「はあ? あんた、ちゃっかり良晴と十兵衛の交際を既成事実化してんじゃん! あれはただの方便でしょ! ああする以外に、思い込みの激しい十兵衛を正気に戻す方法がなかったんじゃん! 良晴の大奥メンバーに選ばれたと思い込んでいる十兵衛を説得しなさいよー!」


「いいえ、約束は約束です。それに、私がたとえそう説得しても、明智さまは決して納得しませんとも。なにしろ、自分は相良良晴に求愛されたとかたくなに思い込んでおりますから」


「ああもう、どうすればいいのよーっ! 将門や男光秀よりも、十兵衛のほうが圧倒的に厄介じゃないのよ! 半兵衛、官兵衛、なにか策は?」


「……それが、その……明智さまは類い希な被暗示体質でして、良晴さんへの想いが強烈すぎて陰陽術でどうこうできるお方では……くすんくすん」


「また適当な霊でも取り憑かせて放置しておくしかないんじゃないか? あーはははは!」


「憑いた霊のほうを自らの欲望をエネルギー源にして支配しちゃうじゃん、十兵衛は!」


「さあさあ先輩、大奥の設立をここに宣言いたしましょう! 百万人の十兵衛ファンの目の前で。さあ、さあ!」


「じゅ、十兵衛ちゃん? 百万人のアンチの前でそんな自己死刑宣告なんて、俺にはとてもできないよ? 空気が読めないというのも善し悪しだな……脱出時はおかげで乗り切れたが、今は圧倒的に悪いほうに出ている……どうすればいいんだ……」


 光秀と利三がくす玉を割って「やったですうう勝ったですうう」「おめでとうございます! 嬉し涙が止まりません!」と二人で盛り上がる中、視聴者たちは必死で呪いのコメントを書き込み続けるが、片っ端からシャットアウトされてしまい、いよいよ彼らの呪いの感情はヒートアップ。

 人はこれほどに人を呪えるのか、という蠱毒の如き地獄絵図がネット上で展開する中。

 事態は、さらに面倒な方向へと逸れはじめた。


「こほん。私は番組初登場の島津義弘だ。良晴の事情は、説明を聞いてよく理解した。ならばいっそ『来る者は拒まず』で押し通すのがよかろう。わが島津家が神戸に引っ越してきたのは、うちの家久が例の茶器事件以来、相良良晴に懐いているからだ。われら島津四姉妹は福生寺でも大いに戦功をあげた。故に、家久の大奥入りの権利を恩賞として要求する! あ、私も家久のお目付役として一緒に大奥に入ってもいいぞ。げふんげふん」


「んにゃ~。義弘ねえまで来なくていいど? おいは今日から相良良晴の膝を専用椅子にすっから、よろしく!」


「ちょ。家久。待て。この映像、全国に生配信中なんだから、そういう真似は……お前はいろいろと無防備すぎる!」


「おどりゃ、うちの隆景をようも晒しものにしおったのう相良良晴~! 大奥第一等の座は当然、隆景じゃろうのう? いくら隆景が、姉者こらえてつかあさいと言うても、自分は一歩も退けんのう。なにしろ毛利家の戦力どころを動員して窮地を救ったんじゃ。それとも天下布部と毛利家とで全面抗争、頂上決戦をやるんけぇ? ああ?」


「あ、姉者。毛利家が広島ヤクザかのような誤解を世間に与えるので、もう少し綺麗な言葉で……うう。困ったな。そもそも現代日本は一夫一妻制度だぞ。みんな、戦国気分に染まりすぎ……」


「隆景は隆景じゃけえ、なにをしてもええんじゃ」


「よくないぞ、姉者」


「みんな~仲良く仲良く。この宗麟がぁ、大奥を合法組織化してあげる。良晴くんを教祖に据えて、『教祖はハーレムを持つべし産むべし増やすべし』という教義を持つ宗教団体を設立しちゃえばいーんだよ! カトリックをベースにしてぇ、適当に神道要素と仏教要素を足せば、へーきへーき! 宗教法人化できたら、税金も払わなくてよくなるしぃ。万が一良晴くんの脳がこのまま完全復活しなくても無問題!」


「そ、宗麟ちゃん? それは完全にカルト集団だよ!? 絶対に信奈が本山を焼き討ちしたくなるパターンだから、駄目だ駄目だ!」


「ククク。カトリックがベースではマンネリ気味でいまいちつまらんにゃ。いっそサタニストのアンチクライスト教会にするにょだ!

 サタニストならば、ハーレム程度あって当然! 真言立川流の邪法も取り入れて、こんどこそ鞍馬山の魔王を召喚するにょだー!」


「やーだー。宗麟はカトリックと禅宗の組み合わせがいいー。アンチクライストなんて、絶対に駄目~! サバトを開くなんて、ふしだらでそ~?」


「梵天丸はお子さまなので関係ない。うぬたちはせっせと七つの大罪全部を犯しまくって、るしふぇる召喚の贄になるがよい。傲慢。強欲。嫉妬。憤怒。怠惰。暴飲。暴食の七つの大罪をにゃ! ククク」


「あれ~? なにかひとつ間違ってない~?」


「って、いつの間にか話が宗教論争に発展している? まずいぞ、大奥がどんどん禍々しいものに変質していく! よ、義陽姉さん。常識人として、なんとかしてこの混乱を収拾してくれ。信奈が切れて金属バットを振り回す前に! 頼む!」


 相良義陽はしかし、「良晴と徳千代さえ幸せなら後はどうでもいい」主義者であった。弟と妹を好きすぎる、それが完璧な精神のバランスを誇る彼女の唯一の欠点。それに、戦国気分がまだ抜けていない。


「諦めろ良晴。要はお前は大奥から逃げられない運命だったのだ、たとえ世界線を移動しても。いっそお姉ちゃんが大奥を管理運営してやろう。お前の心身のバランスが崩壊しないように、24時間365日完璧に管理してやるから安心しろ。ふふふっ」


「姉さん、俺で遊ばないでくれっ!」


「世界を安定させるためには伴侶を選ぶのも大事だが、観測者の直系の子供が増えれば増えるほど、この世界はさらに安定するはず。お前の血筋が途絶えればきっと世界は消滅するだろうからな。つまり大奥設立は、お前の義務とも言える」


「詭弁だ! それは絶対に詭弁だ! 俺の困り顔を見たいだけだろう姉さんは?」


「ふふっ、そうとも言うな」


 配信中なのにみんな、なにを喋っているんだ? これからいったいどうなってしまうんだ……良晴は、半兵衛が「炎上しすぎて目眩がしてきました」とべそをかきながら構えているスマホの前でただただ青ざめていた。

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