第八話 粟田口刑場跡→京都××××-11
「というわけで、明智さまから今すぐ男光秀公の霊を引き剥がしてお眠りいただかなければなりません! もう時間がありません信奈さま、大至急調伏しないと……」
「井戸を通じて繋がっている学園世界への扉が閉じて、われらは戦国世界に取り残されてしまう! 誰でもいい、なんとかしろー! あと2分しか残されていないぞー!」
「最悪なことに、将門公が眠られて京に満ちていた『気』が再び弱まったため、陰陽道の術はもはや通じません。くすんくすん」
将門が眠りにつくことで力を失い、すべてのあやかしが勝家パンチや義弘の斬馬刀によって撃退された今も、光秀はなおも信奈の背後に絡みついて、
「がるるるるっ! 十兵衛は二つの世界で負けヒロイン確定だなんて冗談じゃねえですう! 先輩との交際権を十兵衛にもよこすですぅ、大奥を作るですう!」
と吼え続けていた。もはや男光秀には発言権すらなく、霊力をただただ無断使用されているだけの存在になりはてていた。光秀の身体から出たくでも出られないらしい。しかも憑依状態の光秀は異様な怪力を発揮していて、どうやっても信奈から引き剥がせない。
「離れなさいよー、栗田口刑場跡に帰りなさいよー! 十兵衛、あんたが男光秀の霊を束縛してんじゃんっ! いつまで憑かれてるのよーっ! 思い込みが激しすぎるでしょ、どこまで被暗示体質なのよお~! 豆腐メンタルっ! きんかん! 負けヒロイン!」
「の、信奈。負けヒロインは禁句だ、かえって十兵衛ちゃんが荒ぶる! ああもう、目隠しを取れないのがもどかしい。俺って、今回なにもしてなくね?」
「まだ井戸が閉じていないなら、直接井戸を潜ることはできないのか、官兵衛?」
「無理だ小早川隆景。福生寺の井戸は出口だ! 入り口は、東山の六道珍皇寺の井戸! 今の無駄話で1分を消耗した、あと1分で全員を東山に移動させて井戸を潜らせるのは不可能だ! 蜘蛛丸と夜叉丸も消滅寸前だし、運べるのはせいぜい一人か二人! 誰を元の世界に帰すか、どうやって決める?」
「……良晴を救えるなら私はこちらの世界に居残ってもいいが、その場合、こちらの世界の私はどうなる? 結界が残っていれば、一人に統合されるだろう。だがもう結界がない」
「本来は『一人入れば一人消える』のが世界のルールですから、いずれかが消滅します。ですが今回はイレギュラーな状態ですのでそのルールが適用されませんから、二人とも併存する可能性が。そうなれば戦国世界の歴史は激変し、滅茶苦茶になってしまいます」
「……そのような混乱が起これば、戦国世界の良晴が織田信奈を救いに『旅』に出ることもできなくなる……それは駄目だ」
「ククク、待て待て。大混乱が発生して相良良晴が本来の『歴史』通りのタイミングで中二病魂溢れる世界線ツアーに出られなくなれば、学園世界は生まれず、われらは最初から全員いなかったことになるのではないか? それで歴史の辻褄は合うにゃ、フハハハ!」
並行世界設定に五月蠅い中二病患者・梵天丸のこの一言が、光秀調伏に失敗した時に発生する「結果」を見事に言い当てていた。
「「「あ~っ? たいへんだああああ!?」」」
もう残り時間三十秒を切っています! 誰か、どなたか、どんな手段でも構いませんので明智さまに憑いた霊を落としてください! と半兵衛が官兵衛と抱き合いながら悲鳴をあげていた。
「そうよ、どんな姑息で卑劣で無責任な手を使ってでも、十兵衛を正気に返してっ! 恩賞は思いのままよ、なんでも言うことを聞くから、誰か~! わたしが十兵衛になにを言っても逆効果なの! ちょっと良晴、最後くらいきっちりシメなさいよー!」
じっと悩んでいた良晴が、ついに口を開いた。
「……ひとつだけ、十兵衛ちゃんを自主的に正気に戻せる方法が……だが、この手を使うと信奈、俺はお前にきっと殺される。殺されずとも、悲惨な目に遭わされる運命に陥るだろう」
「このままじゃ、どーせあと数秒で終わりじゃんっ! 絶対怒らないし切腹させないし良晴の言う通りにするから、この場にいる全員を救って良晴! わたしたちを救うために来てくれたみんなを犠牲にするくらいなら、どんな無茶にだってわたしは耐えるからっ!」
「ほんとうだな? 約束したぞ? それじゃあ――十兵衛ちゃん。斎藤利三の要求を俺も信奈もみんなも呑んだよ。学園世界に、大奥を設立する! 晴れて十兵衛ちゃんも俺のハーレム入りだ! おめでとう、これからは恋人同士としてよろしく!」
どさくさ紛れになにを言いだすのよ、ちょっと待ちなさい良晴! と吼えようとした信奈の口を小早川隆景が「すまない、気持ちはわかるが少しだけ静かにしていてくれ」と困り顔で塞いでいた。
「……がるる……それはほんとうですか、先輩……また十兵衛を騙すつもりでは……」
「ほんとうだ。取り憑かれ体質の十兵衛ちゃんに光秀公の霊を手放してもらうには、他に方法がない! 俺も男だ、約束は守る! あと、信奈にも守らせるから! それでこの場にいる全員が救われる!」
これは誰が聞いても、戦国世界に召喚された仲間たちを救うための咄嗟の方便なのだが――まったくその理屈が通じない者がいた。
ああ、ああ。ここに大奥設立の悲願、達成いたしました! と涙目になった斎藤利三が、感激に泣き崩れていたのである。
「……はっ? 十兵衛は、いったい今までなにを? どうして信奈さまを羽交い締めに? あれ、先輩? どうしたですか、その真っ青な顔は? 幽霊でも見たですか?」
「幽霊よりも恐ろしいものをこの後、俺は見ることになるんだ十兵衛ちゃん……」
男光秀公の霊が明智さまの身体から離脱しました! というよりも明智さまが強引に男光秀公の霊を引き剥がしました! と半兵衛が調伏成功を確認した。
あと0.3秒。タイムリミットぎりぎりではあったが、からくも良晴たちは「学園世界」の福生寺跡に帰還していた――。
良晴は、ようやく目隠しを外すことができた。
闇の中。最初に見たものは――第六天魔王と化し、憤怒の形相を浮かべながら両腕を組んで仁王立ちしている織田信奈の立ち姿であった。
どんな怪談よりも恐ろしい、と良晴は失神しそうになった。(京都嵯峨野に魔王を見た)と呟きながら信奈の無言の圧力に押され、膝が割れて体勢が崩れていく。
戦国世界に取り残された全員の命を救うためには、他に方法はなかった。だが、この後どんな修羅場が待っているか。それを思うと小早川隆景は崩れ落ちていく良晴の背中を支えながら(これからいよいよ面倒なことになるな。はあ……)とため息をつくしかなかった。
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