命日が視える男の子

わるうらら

1 緩やかな死の予感

 生暖かい風がカーテンを揺らし、教室に吹き込んだ。全開にした薄汚れた窓は、頼り無さげにがたがたと揺れている。古いエアコンはもう動かないというのにそれを気にもしない夏の暑さは、教室の生徒たちの体力をじわじわと削っていた。


「せんせー、新しいエアコンはいつ届くんですか」


 突然、クラスのお調子者で通っている男子が、担任がチョークを置いた隙を見て不満そうな声を漏らした。それを聞いた他の生徒も口々に文句を言い出したのを見て、はあ、と担任は大きくため息をついた。


「あのなあ、俺だってこの歳になっても暑いんだ。新しくできるもんならとっくにしてるんだよ」


 そう言いながら額の汗を拭いた。教室内が今のやりとりで余計に重い雰囲気になったからなのか、担任はまたひとつ大きなため息をつく。ここ毎日こんなやりとりが続くほどには、蒸し暑さが皆の精神を侵食していることは間違いなかった。






 その日も暑い日だった。昼休み、クラスの中心グループがあることを提案した。といっても特に変なことではなく、皆でプール行こうぜ、という青春真っ盛りなそんな提案だ。クラスメイトの多くはそれに賛同して、週末駅近くのプールに行くことになった。もちろん、全員ではない。ガリ勉、と呼ばれている男子は塾だからと断ったし、クラスのカップルはデートだから、と早々に話の輪から外れた。


 そんな中、一人の男子が誘われた。誰とも連まず独りでいることが多い彼は、その雰囲気から今まであまりこういうイベントに誘われることはなかったのだが、今回ばかりは流れで例のお調子者の彼が全員に声をかけていた。


「なあ、週末プール行かね?クラスの大体来るっぽいけど」


「……ぼくなんかが行っても楽しくならないよ」


「いいからいいから、これ機会に仲良くなろうぜ」


「……彼は……斉藤くんは行くの?」


「斉藤?ああ、ガリ勉くんか。あいつは塾らしくてこないぜ」


「……そっか。ごめんだけどぼくは行かないや、誘ってくれてありがとね」


「あ、ああ、そうか、じゃあまた機会あったらな」


「……」


「ん?なんか言ったか?」


「……いや、なにも。皆気にしてるみたいだしいってきなよ」


「あ、わりい、そんじゃあな、四谷」


 お調子者の彼が皆の輪に戻ったあと、他の皆はまるで断られることを知っていたかのように独りぼっちの彼、四谷のことを口にすら出さなかった。多分、頭の片隅にすら存在もしていなかったのだろう。彼が最後になんと呟いたか、なぜ斉藤のことを気にしていたのか、そんなことを考えていたのは誘いに行った彼だけだった。


 たった一人を除いて、この先の未来が視えている者はいなかった。






「……人間楽しみなことがあると寿命って伸びたりするのかな?……もう彼が試すことは叶わないけど」







 次の日、学校に斉藤は来なかった。前の日の夜、塾帰りに車に轢かれて亡くなった。そう担任が珍しく神妙な顔で朝一番に告げた。その日の教室の雰囲気はいつにも増して重苦しかった。例えそれが普段関わらないような生徒だったとしても、クラスメイトが、昨日まで同じ部屋にいた人間が死んだ。その事実は皆の心に黒い小さな炎を灯し始めていた。


「あいつが斉藤のこと気にしてたのってこれを……いや、まさかな」

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