第361話 懇親会の会場

会場となる屋敷の中庭に到着すると、美味しそうな料理がすでに並べられておりお腹が擽られる香りに満ちていた。


マチルダ陛下は扇子で口元を隠しつつ、並べられている料理にを見渡す。


「とても良い香りですね」


「ありがとうございます。用意している料理はどれも口にしたことがないかと存じます故、きっとお楽しみに頂けるかと」


そう言うと、傍を一緒に歩いていたクリスが小さく頷きマチルダ陛下に視線を向ける。


「私やクリスティ商会の者達も試食させて頂きましたが、とても美味しいのでマチルダ様もきっと気に入ると思います」


「ふふ、クリス達がそう言うならきっと間違いないのでしょうね」


扇子で顔を隠しながらマチルダ陛下は楽し気に答えた。


なお、クリスはマチルダ陛下のことを親しい場においては『マチルダ様』と呼んでいる。


これは、陛下からお願いされてしているそうだ。


その為か、二人が話す様子は傍から見ると、とても親しい雰囲気が漂っている。


程なくして、ファラやデイビッド達が第二騎士団の皆と楽しげしているのが見えると、マチルダ陛下が口元に人差し指を立てニヤリと笑う。


僕とクリスはその姿に思わず苦笑しながら頷いた。


彼女は静かにデイビッドの背後に近寄り「デイビッド、楽しそうにしていますね」と彼の耳元で囁いた。


急に声をかけられたせいかデイビッドは「ゴホゴホ⁉」と咽てしまう。


彼は咳が落ち着くと、マチルダ陛下に振り向き怨めしそうな眼差しを向けた。


「母上、いつもそうやって悪戯するのは止めて下さい!」


「あら、良いじゃない。これも家族の交流ですよ。それよりも貴方達は何を食べているのかしら?」


彼女はおどけながら、デイビッド達が手に持っている食べ掛けのものに目をやった。


すると、彼らのやり取りを横目に「クスクス」とアディ達と忍び笑っていたファラが一歩前に出る。


「これはバルディアの卵を使った新しいお菓子の一つ、『ハムエッグたい焼き』でございます」


「……ハム……たい焼き?」


きょとんとするマチルダ陛下をよそに、デイビットはプイっとそっぽを向いてたい焼きを口にすると、キール、アディの二人も美味しそうにたい焼きを頬張った。


その様子にマチルダ陛下は勿論、彼女のお付きであるメイド達もポカンとしている。


ファラに目配せをして「ゴホン」と咳払いをすると、この場の注目を集め口火を切った。


「では、『ハムエッグたい焼き』についてまずご説明しますね」


「お願いするわ」と頷くマチルダ陛下に、『たい焼き』について語り始めた。


実は色々と食文化を調べた結果、『たい焼き』のように何かを焼く為だけの『鋳物』はほとんど存在していないことがわかったのだ。


まぁ、考えてみれば当然なのかもしれない。


何せ『鋳物』を造る費用が馬鹿にならないからである。


前世であれば、発達した加工技術に加え原料など比較的安価で手に入るけれど、この世界にはまだそんな技術はないし鉄を製鉄する為にはそれなりの費用もかかる。


もし、普通にたい焼きの『鋳物』を造ろうすれば、原料と加工代がすごいことになるだろう。


今回使用している『たい焼き』の『鋳物』に関しては、用途を説明してドワーフであるエレン達や狐人族のトナージ達に依頼して造ってもらっているから、費用は大分抑えられているけどね。


依頼した当初、エレンからは「また風変りな物を依頼してきますねぇ……」とどこか呆れ顔を浮かべていた。


でも、完成した『鋳物』で造った『たい焼き』を披露すると評価は一転する。


今では、火を扱うエレン達の工房では間食として好まれているほどだ。


けれど職人の拘りがあるのか、彼女達は一度に大量に焼くことのできる懇親会用の鋳物を『連式』と呼び、一枚一枚焼くことのできる鋳物を『一丁焼き』と呼んで明確に分けている。


そして、エレン達曰く細かく焼き加減を調整できる『一丁焼き』こそ、たい焼きの真価の味がわかると力説していた。


ちなみに、たい焼きの具に関してはレナルーテから輸入した小豆や白小豆を元にした『こしあん』である『白あん』と『黒あん』に加え、バルディア領の養鶏で取れた卵と加工食品であるマヨネーズを使用した『ハムエッグ』を用意している。


マヨネーズに類似する違う名前の食品はすでに存在していたけれど、加工する手間から知る人ぞ知る高級ソースであり、認知度は低かった。


それに『マヨネーズ』という名前で売り出すのは、バルディア領になるから実質的に『新しい食品』としてこれも売り出せるだろう。


『鋳物』がなければ作れず、かつ自領で取れた卵を加工したマヨネーズを使用することで、『ハムエッグたい焼き』は今までにない味と見た目の料理になったというわけだ。


「……というわけで、おそらくマチルダ陛下もお口にしたことのない味になるかと存じます」


「なるほど。確かに今まで聞いたことがない作り方ですね」


マチルダ陛下はそう言うと、近くで焼かれている『たい焼き』の調理工程を興味深そうに見つめた。


それから間もなく、『たい焼き』が焼き上がる。


「良ければマチルダ陛下とメイドの皆様もいかがでしょうか?」


「そうですね。折角だから皆でいただきましょう」


その後、この場にやってきた皆の手に『ハムエッグたい焼き』が行き届くと、マチルダ陛下が「では、いただきましょう」と声を発する。


そしてあちこちから、「サクッ」とか「パリッ」という小気味の良い音が小さく響く。


息を飲んでその様子を見守っていると、やがて彼女は目を丸くした。


「これは……確かに食べたことのない味ですね」


マチルダ陛下はそう呟くと、たい焼きを見つめながら言葉を続ける。


「表面は香ばしく、程よい硬さであるにも関わらず、中はフワッと柔らかく甘みのある生地。そして、その甘味と『マヨネーズ』というソースの塩味と酸味が口の中で絡み合いつつ、質素な味の卵とハムを良い塩梅の味にしてくれています。またすぐに一口食べたくなる……そんな味をしていますね」


すると、辺りのメイド達から「確かに……」や「陛下の仰せの通りです」と同意するような声が聞こえ、同時にまたあちこちから小気味の良い音が小さく響いている。


『ハムエッグたい焼き』をまさかこんな風に評価されるとは思わず、まるでどこぞの料理漫画のような展開に内心で苦笑しながら「有難いお言葉、感謝いたします」と一礼した。


それから、『黒あん』や『白あん』も食べてもらい『たい焼き』は大評判となる。


やがて、その賑わいに気付いてやってきた父上とアーウィン陛下も合流。


陛下も『ハムエッグたい焼き』を食べ「これは、うまい!」と服装が吹っ飛ぶ程の大袈裟な反応……はしないけれど、かなり感動していた。


皆でたい焼きを楽しむ中、ふと第二皇子のキールが不思議そうな表情を浮かべる。


「そういえば、『たい焼き』はなんでわざわざ『魚』の形をしているんですか?」


「あ、それは海で取れる縁起が良いとされる『鯛』という魚を模しているからなんです。まさに、めで『たい』お菓子というわけですね」


ニコリと微笑むと、キールは「な、なるほど……」と相槌を打つが同時に辺りの温度が下がり、少しの間を置いて失笑があちこちから漏れだすのであった。


その後も、カレー、肉まん、烏骨鶏ラーメン、とんかつ、かつ丼、茶わん蒸し、寿司等々、様々な料理を皇族の皆様に案内、説明しながら楽しんでもらう。


ちなみに、どの料理も前世の記憶からレシピを引っ張り出して、アーリィ料理長率いるバルディア領の料理人の皆に依頼。


必要な調味料はクリスティ商会を通してあちこちから集めてもらった。


勿論、カレーとかに関しては調味料の調達に加え、味の再現性などかなり大変だったけれど、どの料理においても意外な『獣人族』が大きな力になってくれたのだ。


その時、その力になってくれた獣人族の子がこちらに駆け寄ってくるとペコリと一礼する。





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