第360話 懇親会当日
帝城にて皇帝、皇后陛下や皇太子のデイビッド達に挨拶を行ってから数日が経過していた。
そして、いよいよ今日が懇親会の当日である。
しかし、この数日は屋敷は密かに大騒ぎになっていた。
それというのも、バルディア家の屋敷で開催される『懇親会』に皇族の皆様が訪れることになったからだ。
バルディア家の屋敷で働く人達は、一部を除きほとんどが平民出身であり皇族と間近で顔を合わせることまずない。
年間行事で遠くからチラッと見る程度だ。
そんな雲の上にいるような皇族の方達が『来賓』として屋敷にやってくる……となれば、少しでも失礼があれば『バルディア家』の名に傷をつけてしまいかねない。
そんな感じで屋敷で働く皆はここ数日、緊張感に溢れ窓の隅の埃一つ見逃さないと言わんばかりの形相で過ごしていたのだ。
あと、父上が皇族の方達が懇親会に訪れるということは口外しないようにと、釘を刺していたけれどその時の皆は表情が引きつっていて少し面白かった。
そこまで気負う必要はないと思うんだけどね。
この時、バルディア領から連れてきた第二騎士団の子達もいたけれど、『皇族がやってくる』と聞いても平然としていた。
彼等からすれば、帝国の皇帝に馴染もないし反応としては普通と思う。
だけど、兎人族のオヴェリアだけは、「よくわかりませんが、つまり帝国で一番偉い人ということですね。じゃあ、試合を申し込んでもいいですか⁉」と発言して、ディアナにこっぴどく叱られていた。
その際オヴェリアは、故郷である獣人国のズベーラの頂上に君臨する『獣王』は、武力がより優れた者が選抜される……だから、帝国の頂点に君臨する皇族も同様だと思ったと、不貞腐れながら弁解していた。
だけど、第二騎士団で帝都に連れて来る子達には、一応事前に帝都の注意点とか皇族についての授業も行っていたんだけどね。
彼女達のやり取りの一部始終を目の当たりにした時は、思わず吹き出して笑ってしまったけれど、改めて獣人族の子達には皇族について説明した。
その結果、オヴェリアだけが理解が足りていなかったことが発覚して、彼女はまたディアナに叱られることになり皆から呆れられていた。
ちなみに、『懇親会』という言い方はしているけれど実際のところは『木炭車』、『新しい料理』、『懐中時計』、『新商品』などを貴族達に披露する展示会に近い。
その為、懇親会は立食形式となっており様々な『新しい料理』の食事を楽しみながら『木炭車』や『懐中時計』などの商品と技術を楽しんでもらう予定だ。
なお、今回用意する『新しい料理』というのは前世の記憶を流用したものであり、この世界にはまだ『一般的ではない』ものがほとんどだ。
それ故、屋敷で働く皆、獣人族の皆、クリスティ商会の人達、サンドラ達研究院、ドワーフのエレン達など様々な人に試食を依頼した。
結果は概ね大好評であり、中央貴族達にも『新しい料理』を気に入ってもらえる自信はある。
この懇親会を成功させれば『バルディア領』の注目度はさらに上がるだろう。
それは、『商売』という部分で見ればとても良いことであり先々、『バルディア』という名を『ブランド化』させることを目論んでもいる。
『バルディアの商品であれば、間違いない』という信頼を得ることができれば、商売的に大成功したと言えるだろう。
この点についてはクリスティ商会の代表であるクリスと、事前に打ち合わせしており意思疎通も問題ない。
クリスには、屋敷にマチルダ陛下が訪れた際に『甘酒』の商談が行われることを伝えて立ち会うようにお願いしている。
その時、彼女は「畏まりました」とすぐに頷くが、瞳に怪訝な色を宿した。
「……今回は騙し討ちはありませんよね?」
「そんなことするわけないでしょ……」と思わず呆れ顔で答えた。
彼女は前回の商談で父上と両陛下の策略に踊らされている。
それがトラウマとなっているらしく皇族との商談については特に警戒心が強いみたい。
とはいえ今まさにクリスと共に、屋敷の応接室で微笑むマチルダ陛下と商談している状況なんだけどね。
「では、クリス。改めて『甘酒』は化粧水と同様に定期的にクリスティ商会を通じて納品可能なんですね?」
「はい、問題ありません。ですが、今日の懇親会で振舞う様々な料理を今後の帝都で楽しみたい……となると『輸送方法』の改善が必要になるかと存じます。その点については、リッド様からご説明して頂いた方がよろしいかと」
マチルダ陛下に尋ねられ、彼女はコクリと頷き流暢に答えた後、視線をこちらに向ける。
二人の注目を浴びる中、「コホン」と咳払いをして畏まった。
「恐れながら、マチルダ陛下。後で木炭車にも試乗して頂きますが、先に『輸送方法の改善』についてご案内してもよろしいでしょうか?」
「わかりました。しかし、その話を私にしても最終的な判断は陛下や貴族達との会議結果次第ですよ」
「承知しております。この件に関しても今頃、父上からアーウィン陛下にお話しになっているかと」
マチルダ陛下は目を瞬きさせるも、すぐに楽しそうに目を細める。
「あら……。ふふ、随分と手回しの良いことです。デイビッド達も大人びている部分はありますが、貴方と話す感じは大人と変わりませんね」
「お褒めに頂き、光栄です。マチルダ陛下」そう言うと、畏まり一礼する。
ちなみに、商談している応接室にいるのは僕、クリス、マチルダ陛下と専属メイドのメリアの計四名だけだ。
皇帝のアーウィン陛下は、別室で父上と談笑。
ファラは第二騎士団の皆と一緒に、皇太子であるデイビッドやキール、皇女のアディの対応をしてくれている。
皇族の方達がお越しになった時は、屋敷の皆はかなり緊張していた。
でも、両陛下や皇太子達の気さくな様子を目の当たりにして屋敷内の雰囲気は少し柔らかくなったけどね。
こちらとしては予定より早くお越しになったから驚いたんだけど、マチルダ陛下が商談を早く済ませて懇親会の会場を早く見て回りたいという意向があったそうだ。
アーウィン陛下は『甘酒』の定期購入について、マチルダ陛下に一任しているらしく父上とお茶をすると言って、早々に別室に行ってしまう。
皇太子であるデイビッド達には、年齢が近いということもあり第二騎士団の皆を紹介した。
すると、皇族の彼らは獣人族の子達と顔を合わせる機会が初めてということで、是非とも色々話してみたいとのこと。
獣人族の子達の対応には少し心配な面もあったけれど、そこはファラが同席すると言ってくれたので彼女とアスナに任せているから問題ないだろう。
程なくして一礼から顔を上げると、マチルダ陛下が凛とした眼差しでこちらを見据える。
「では、『輸送方法の改善』について聞かせて下さい」
「はい、それでは……」と切り出し、説明を始めていく。
『輸送方法の改善』とは勿論、木炭車の実用化に必要な道路の整備と補給所の設置についてである。
今後のことを考えれば、どちらにしても道路の整備は絶対必要だ。
それに、帝国内における輸送路や販路の拡大などを考えれば、公共事業として行う価値は十分にある。
その公共事業を全ては難しくても、バルディア領のある帝都の東側について受注することができればかなりの収益が見込めるはずだ。
通常であれば、人員などがかなり必要になるけれど、バルディア領には魔法によって公共事業を行える『第二騎士団』という優秀な集団がいる。
彼らに頑張ってもらえれば、今までとは比べものにならないほどの効率化が可能となるだろう。
実際に販路と輸送を担当するクリスも、商会としての視点からその有用性を補足する形でマチルダ陛下に伝えていく。
マチルダ陛下は、終始興味深そうに相槌を打っていた。
やがて説明が終わると彼女はニコリと口元を緩める。
「確かに、これは素晴らしい話です……『実現できれば』ですけれど。本当にこんなことが可能なんですか? リッド・バルディア」
「はい。それをお見せする為の『懇親会』でもあります。百聞は一見に如かずと申します故、後は屋敷の外で『彼等』に実演させましょう」
「それは楽しみですね。では、『甘酒の件』はここまでにして、後は『懇親会』を楽しませてもらいましょう」
「畏まりました。では、ご案内いたします」
そう言うと席を立ちあがり、マチルダ陛下と応接室を後にして懇親会の会場に移動するのであった。
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