第358話 リッドと皇太子達2

バルディア領の話を聞いた彼等は興味深そうに三者三様の反応をしていた。


まず、皇太子のデイビッドは領地運営やレナルーテとの関係性などを大局的というか、物事を俯瞰して考えるような感じだ。


やがて彼は、「なるほど」と相槌を打った。


「他国と国境が隣接している辺境と帝都では、やはり騎士達の緊張感や練度が違うということだな。あと存外にバルスト、レナルーテのような他国と積極的に貿易をしているのも面白い。是非とも町の様子をいずれ見に行きたいものだ」


「こんな話でも、楽しんでもらえて良かったです」


頷きながら答えると、キールが好奇心に満ちた瞳をこちらに向ける。


「私はバルディア領で保護した獣人の子供達に施している『勉学』の類が気になりますね。それと、リッドの魔法教師である『サンドラ』にも色んな話を聞いてみたいな」


「その言葉、彼女にも伝えておきますね、きっと喜ぶと思いますから。それにしても、キールは『魔法』がお好きなんですね」


話の流れから、第二皇子のキールに抱いた印象を告げる。


彼もデイビッドのように、大局的で物事を俯瞰して考えるようだ。


でも、それ以上に『魔法』……というより知識欲からくる好奇心が旺盛という感じがする。


ルーベンスとの稽古についてはそんなに食いついてこないけれど、サンドラから習う魔法の話をする時はかなり目を輝かせていたからだ。


「そうだね。私は第二皇子だから、色々と好きなことをさせてもらっているんだ。それで、よく書庫にある本を読んでいるんだけれど、その中でも『魔法学』が特に好きな分野なんだよ」


「魔法学……確かにサンドラはその分野ではかなり専門的な知識をもっていますから、キールと話は合いそうですね」


おそらくサンドラの魔法学に関する知識量は、帝国でも上位に入るだろう。


だけど、その才能を疎まれて帝都の研究所から追い出されてしまった。


それなのに、第二皇子であるキールが『是非、会いたい』というのは皮肉だと感じる。


キールがサンドラと帝都で話す機会があれば、彼女はバルディア領に来ることはなかったもしれない。


でも、そうなると母上の治療がうまく進まなかった可能性が高いから、めぐり合わせに感謝だなぁ。


すると、皇女のアディールがポツリと呟いた。


「……兄上達の気持ちもわかるけれど、私はリッちゃんの妹のメルディちゃんやクッキーとかビスケットに会ってみたい」


「ありがとう。メルディやクッキー達もきっと喜ぶと思うから、皆にアディのことを伝えておくね」


「……うん。その時を楽しみにしてる」


アディがコクリと頷き、この場にいる皆に頬が崩れる。


うん、ここまで打ち解ければ大丈夫かな? そう思いながら、恐る恐るデイビッドに問い掛けた。


「そういえば、帝都に来た時にエラセニーゼ公爵家のヴァレリに会ったんだ。彼女、デイビッドのことをとても気にしていたけれど何かあったのかい?」


「……彼女と会ったのか?」


彼は眉間に皺を寄せ、途端に顔を顰めた。


「う、うん。僕達が帝都の屋敷に着いた時に、エラセニーゼ公爵家の皆さんが訪ねてきていたんだ。そこで挨拶をしたんだけれど、どうしたんだい? そんなに顔を顰めて……」


彼女と様々な話をしていることは告げずに、あえて惚けているとキールとアディが「クスクス」と忍び笑い始めた。


「はは。兄上はヴァレリのことが苦手だからね」


「……うん。でも、額を怪我した女の子に『大嫌いで婚約者として認めていない』って言うのは酷いと思う。それに、最近のヴァレリは良い子」


「な……⁉ 二人共、余計なことは言わなくていい!」


デイビッドは弟妹の言葉にハッとして少し声を荒らげるも、僕とファラは示し合わせたようにあえて顔を引きつらせる。


「え……そんなことをヴァレリに言ったんですか?」


「……デイビッド様。さすがにそれは如何かと」


「ぐ……」と苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる彼だが、すぐに「はぁ……」とため息を吐いた。


「やれやれ。じゃあ折角だから、リッドには彼女との関係を少し話しておくよ」


「はい。ありがとうございます」会釈すると、彼は僕達を見回した。


「ちなみに、二人共。先程、アディの言ったヴァレリと私が婚約しているという話は『仮決定』なんだ。内密に頼むぞ」


「わかりました」僕とファラが頷くと、彼はニコリと微笑んだ。


「さてと、君達二人は帝国貴族の派閥についてはどの程度把握しているのかな?」


「えっと、ベルルッティ侯爵が筆頭の革新派。バーンズ公爵が筆頭の保守派。そして、バルディア家やケルヴィン家の辺境伯家が中立派に属していると聞いています」


問いかけにファラが答えると、皇族の皆は少し目を丸くした。


「ファラはレナルーテから嫁いだと聞いたのに博学だな。その認識で間違いない。しかし、皇族は常に保守もしくは中立の立場に近いんだ。力関係で見ると二派は拮抗しているけれど、保守派の方がいつも強いと言って良い。だからこそ、私とヴァレリは仮決定という形で婚約が早々に決まったんだよ」


「なるほど。帝国貴族も一枚岩ではということですね」


相槌を打つと、彼はコクリと頷く。


「そうだな。だが、二つの派閥があるからこそより良い意見が出ることもある。重要なのは一枚岩でなくても、目指す場所が同じであることさ」


さすが帝都で過ごす皇族と言うべきか、デイビッドの話にキール、アディも小さく頷いており自身の立場を理解してる様子が伺える。


「そして、ここからが重要なんだが私の『妻』となる女性は、いずれ『皇后』という立場になる。つまり、言動にはそれ相応の責任が伴うということだ。その点でヴァレリは相性最悪と言わざるを得ないと思っているというわけさ……彼女が私の身を案じていると言っていたけれど、その時に私達の出会いについての話もきいているんじゃないのかな?」


ヴァレリが彼と初めて会った時に癇癪を起したこと言っているのだろう。


それに対して、「ええ」と相槌を打った。


「確かに、ヴァレリから当時の話については聞いています。ですが、彼女は当時のことを反省していました。それに、デイビッドからその点についてちゃんと話せば、改善に努めてくれるのではありませんか?」


「リッド、君は優しいな。しかし、人の性根は簡単には変わらないだろう。それこそ、生まれ変わるぐらいじゃないとな」


思わず『生まれ変わってます』とツッコミたくなったが、ここはグッと堪えた。


すると、やり取りを見聞きしていたアディが『やれやれ』と首を横に振る。


「兄上、素直じゃない。この間、ヴァレリと一緒に勉強した時にドヤ顔されたって怒ってたけれど、あの子が存外賢いって感心してた」


「そうですよ、兄上。ヴァレリの不味い手料理のお菓子を食べさせられたけど、悶絶しながら完食してみせたとか。水浸しになっても、ヴァレリが濡れなくて良かったとか……いつも何だかんだで、彼女を気に掛けているじゃないですか」


「そ、それは……皇太子として最低限の対応を取っているまでだ。まぁ、確かに少し言い過ぎたところはあるかもしれんが……と、ともかく私は彼女を婚約者として認めておらん」


彼はそう言うと、腕を組んでプイっとそっぽを向いた。


話をまとめると、デイビッドは皇太子という立場から、ヴァレリが皇后に相応しくないという判断をしているようだ。


だけど、彼女が頑張っていることに気付いているらしい。


どちらかと言えば、意地を張ってしまって引くに引けないという感じなのかもしれないな。


これは、ヴァレリの頑張り次第で状況は好転するかもしれない。


「わかりました。では、彼女には『皇后』に相応しい人物になるように伝えておきますね」


「はぁ……勝手にしてくれ」


デイビッドが呆れ顔でため息を吐いたその時、部屋のドアがノックされる。


彼が返事をすると、マチルダ陛下の専属メイドであるメリアが入室してきた。


「皆様。両陛下がこちらにお戻りになりたいと仰せでございますが、問題ございませんでしょうか?」


「そうだな……二人共、特に話すことはないか」


「はい。とても有意義な時間でした」


デイビッドは、この場にいる皆の表情を確認してからメリアに視線を移した。


「わかった。問題ないと父上達に伝えてくれ」


「承知しました」メリアは会釈して部屋を退室する。


それから間もなく、デイビッドがこちらに視線を戻してニヤリと笑う。


「それにしても、バルディア領の発展と今後におけるリッドの活躍が楽しみだ。マグノリア帝国の皇太子として、とても期待しているよ。是非、私とは『良き友人』でいてほしいものだね」


彼はそう言って、スッと手をこちらに差し出した。


僕はその手を力強く握り返しながらニコリと頷く。


「光栄です。僕もデイビッドとは、今後も仲良くさせていただきたいです」


こうして、皇族の子供達との談笑は終わった。


デイビッドが言っていた『私も君とはこの機に親交を深めたい気持ちはある』という言葉の意図は、彼なりに『僕』を見定めるつもりだったのだろう。


そして、現状における彼の言動から察するに『友人』として認めてくれた可能性が高い。


デイビッドは幼いながら、皇族として公人の意識が強い印象を受けた。


だからこそ、皇后として相応しくないと判断したヴァレリ対しては、冷たい態度や言葉が出てしまったのかもしれない。


でも、そういった思考の持ち主であることが理解できた以上、デイビッドとヴァレリの関係改善もどうにかできる可能性がちょっと見えたかも……と少しだけ感じていた。





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