第356話 皇族との対面2
マチルダ陛下に促されたソファーに移動すると、皇帝陛下が皇太子達にチラリと目をやった。
「では、紹介しよう。私の子供達だ。お前達、一人ずつ自己紹介しなさい」
その一言にデイビッド皇太子が頷き、一歩前に出た。
彼は金髪で目は澄んだ水色をしており、明るい雰囲気を放っている。
ヴァレリから聞いた印象とは大分違う感じするけれど、猫を被っているのだろうか?
間もなく、デイビッド皇太子はこちらを見てニコリと笑いかける。
「マグノリア帝国、第一皇子のデイビッドです。バルディア家の武勇は陛下と母上より聞き及んでおりますよ。今後ともよろしくお願いします」
礼儀正しく彼が答えた後、次はその隣にいる男の子が前に出る。
その男の子はデイビッド皇太子と同じ金髪で、少し鋭い目つきをしており瞳は濃い青色だ。
デイビッド皇太子より、受ける印象はちょっと冷たい。
「同じく、第二皇子のキールです。よろしくお願いします」
最後にマチルダ陛下と同じ桃色の髪と瞳をした少女がスッと会釈する。
髪形は長髪ではなく長めのボブヘアと言えばいいだろうか。
「……第一皇女、アディール」彼女の端的な自己紹介が終わると、意図せず目が合った。
アディールの目は少し虚ろ気だけど、何かすべてを見透かすかのような鋭さも感じて思わずドキリとさせられる。
程なくして、彼女はこちらを見つめたまま首を傾げて「……なにか?」と呟いた。
「い、いえ、失礼しました。その、とても澄んだ瞳をしておられたのでつい見惚れてしまいました」
慌てて答えるが、彼女は表情を変えずにコクリと頷いた。
「……そう、ありがとう。でも、貴方も眉目秀麗。きっと、貴族の子女が放っておかないでしょう」
アディールはそう言うと、視線をファラに移してその目を見据える。
「……貴女は、きっと大変でしょうね」
突拍子のない問いかけにファラが「え……⁉」と目を丸くした。
その様子に周りから微笑ましい雰囲気で、皇帝陛下やマチルダ陛下が「クスクス」と忍び笑う声が聞こえてくる。
すると、父上が「ゴホン」と咳払いをして「お前達も自己紹介しないか」と声を掛けてきた。
ハッとして、すぐに気を取り直すと慌てて畏まった。
「この度、皇族の皆様にお会いできて光栄でございます。改めてバルディア家の長子、リッド・バルディアと申します。そして、彼女が……」と視線をファラに移した。
「リッド様の妻、ファラ・バルディアでございます」
互いの挨拶が終わると、皇帝陛下が「ゴホン」と咳払いを行った。
「うむ。バルディア家は帝国における東側の要だ。今後も、よろしく頼むぞ」
「有難いお言葉、光栄でございます」父上が畏まると、皇帝陛下が硬い表情を解いた。
「さて、堅苦しい話はここまでだ。謁見の間においての話は興味深いものが多かったが、『木炭車』についての話がなかったのでな。是非とも、詳しく聞かせてほしい」
「承知しました」
父上は頷くと、木炭車に関しての説明を始め、その折々で僕が補足説明を行っていく。
木炭車に関しての根回しは父上が行ってはいたけれど、バルディア領から帝都に来るまでの道中がどんな感じだったか。
帝都で実用していく為には何が必要となりそうかなど、終始両陛下を含めた皇族の皆様は興味津々の様子である。
謁見の間において『木炭車』の話をすると、仕組みの説明まで求められて時間が掛かり過ぎるだろうという判断からあえてしなかった。
その代わり、懇親会の場で『木炭車』を披露することは招待状を通して事前に案内は済みだ。
色々と話す中で、あることを閃き折角だからと提案してみる。
「父上。近日中に帝都の屋敷で開く懇親会では『木炭車』の試乗会も予定しておりますから、皆様にもお越しいただくのは如何でしょうか?」
「まぁ、それは楽しそうね」
マチルダ陛下が目を輝かせて頷いた。
しかし、父上は「ふむ」と口元に手を充て難しい表情を浮かべる。
「面白い提案ではあるが、他の貴族にも招待状をすでに送っている。その中、両陛下が急にお越しになれば大騒ぎになってしまうかもしれんぞ」
「はい。従いまして、両陛下には特別に懇親会の開始前に来ていただき、木炭車の試乗や様々な料理を事前に体験して頂くのです。そうすれば、混雑や警備もいくらか簡略化できるかと」
「ほう……それは面白そうな話だ。しかしその言い方だと、木炭車の試乗以外にも何か特別なことがあるのかね」
やり取りを見聞きしていた皇帝陛下の目が光る。
チラリと周りを一瞥すると、どうやらこの場の皆さんも気になっているらしい。
「そうですね……」と呟き、コクリと頷いた。
「実はバルディア家において、レナルーテとの文化交流にきっかけに最近『新しい料理の探求』を料理長達が行っております。その中には、とても美味しく領地の名物にできそうなものもありました。そのような料理を立食で楽しめるように手配している次第です」
これは、半分嘘で半分本当。
『新しい料理の探求』を料理長達にしてもらっている本当だけれど、その根本となる発想や着想に関しては『前世の記憶』の流用だ。
勿論、このことも特定の人しか知らない秘密である。
懇親会の料理が人気になれば、それをまた食べたいと思う人達が必ず現れるはずであり、バルディア領の料理をまた食べたいという『需要』を意図的に生み出すことができるというわけだ。
今よりも美味しい食べ物を知ってしまえば、人はその魅力抗うことは難しい。
その味をまた食べたいと、いつまでも記憶に留めてしまうからだ。
ちなみに僕は今、面では純真無垢のように微笑んでいるけれど、内心ではニヤリと笑っている。
「なるほど。それは是非とも伺ってみたいものだ。なぁ、マチルダ」
「えぇ、陛下の仰る通りです。それと……もしその中で私達が気に入った料理があった場合ですけれど、帝都でも提供できるようにはできるのでしょうね」
「勿論でございます。すぐには無理かも知れませんが、クリスティ商会を通じていずれ帝都で飲食店も出そうと考えておりますから」
懇親会で貴族に対して料理を振舞う一番の理由……それは今、マチルダ陛下に答えたように帝都で飲食店を展開して収益を上げていく計画があるからだ。
レナルーテとクリスティ商会で集めた食材を元に、前世の記憶にあるこの世界でまだ見ぬ料理をバルディア家に仕える料理長達で再現と探求を行う。
そして、成功した料理をバルディア領発祥として帝都で展開した飲食店で販売していく。
飲食店の運営は勿論、クリスティ商会ことクリスに任せる。
料理をするのに必要な燃料に関しても、製炭作業が規格化されたバルディア領が後ろ盾になる以上問題はない。
燃料費をほとんどかけずに料理が可能というのは、かなりのアドバンテージと言える。
いくら人気がある料理とわかっても、燃料代の関係で他者が簡単に真似できるようなものではないのだ。
つまり、燃料問題が解決されない期間はある意味で市場を独占できるということになる。
上手く事が進んで飲食店が成功すれば、左うちわならぬ、左扇子ができるだろう。
「そうですか。それなら安心して楽しめそうです。しかし……やり過ぎには注意してください」
マチルダ陛下は口元をニコリと緩めるが、その目は笑っていない気がした。
その後も色々と話す中で、両陛下とデイビッド皇太子達が懇親会開始前に屋敷に来ることが決まった。
そして、話が落ち着いたのを見計らい、話頭を転じる。
「あの、宜しければこの機にデイビッド様達と、もっとお話をしてみたいのですがよろしいでしょうか?」
彼等に視線をおずおずと向けると、皇帝陛下が「ふむ」と相槌を打った。
「そうだな。子供達同士だけで親交を深めるのもよかろう」
「そうですね。では、私達は少し別室で話しましょう。ライナーもそれで良いですね?」
「ええ、構いませんが……」
父上は答えつつも、こちらに怪訝な眼差しを向ける。
両陛下が立ち上がり、皇太子達や控えているメイドに別室に行くことを伝える中、父上が小声で尋ねてきた。
「お前……また何か良からぬことを考えているのではないだろうな?」
「いえいえ、言葉通りです。皇族の皆様と直接お会いできる機会はほとんどありませんから、この機に少しでも親交を深めたいだけですよ」
「……本当にそれだけなら良いのだがな。言っておくが皇太子達は幼いとはいえ、伏魔殿で育っている皇族だ。無茶をすると、足元をすくわれるぞ」
「承知しております。それに、本当に親交を深めたいだけですからご安心ください」
「ふぅ……わかった」父上は頷くと、席を立ち陛下たちと一緒に部屋を退室する。
程なくして、室内には僕とファラに加えて護衛として壁に控えるディアナとアスナ。
そして、皇太子達とメイド達だけとなった。
デイビッド皇太子は、先程まで両陛下が腰掛けていた僕達の正面に腰かけるとニコリと微笑むが、目が笑っていない。
「さてと、何を話したいのかな?」
彼がそう言うと、最初に感じた明るい雰囲気が少し薄れた。
やはり猫を被っていたようだ。
父上の言う通り伏魔殿で育つ皇族というのは伊達ではないらしい。
こうして、将来に大きく関わる可能性の高いデイビッド皇太子との対談が始まった。
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