第355話 皇族との対面

謁見の間から応接室に戻ると、皆して疲れた面持ちを浮かべながらドサリとソファーに腰かけた。


それから程なくして、父上が安堵したように「ふぅ……」と息を吐く。


「とりあえず、謁見の間においての挨拶は無事に終わったな」


「はい。懐中時計や甘酒などを売り込むこともできましたからね。それに、税制上の優遇措置も何だかんだ陛下から『前向きに検討』という言葉を引き出せました。あとは、父上の手腕に期待しております」


そう言って微笑むと、父上は眉をピクリとさせて座ったまま身を乗り出した。


「心配いらん。その話はしっかりと陛下や貴族達と詰めていくつもりだ。まったく……お前はいつも一言余計だぞ」


「う……すみません」


ギロリと鋭く睨まれて、思わずたじろぐとファラ達から『クスクス』と忍び笑う声が溢れ聞こえてくる。


すると、父上は「ゴホン」と咳ばらいをして話頭を転じた。


「それにしても、ドレイクに対してお前が言い放った言葉だが、少し演技臭かったぞ。次はからはもっと上手くするようにな」


「そ、そうですか? 結構上手くできたと思っていたんですけど……」


予想外の指摘に思わず首を傾げる。


でも、さすが父上だ。あの時のやり取りがすべて演技だったことも気付いてくれていたらしい。


「ふふ。リッド様と親しい者であれば、無理して怒号を上げているのがすぐわかったと思いますよ」


「えぇ……ファラからもそんな風に見えていたのか」


彼女の言葉に、アスナやディアナも肩を震わせながら同意するように頷いている。


むぅ、メルに普段から絵本を読んでいたから演技力には自信があったんだけどな。


でも、言われてみればあまり怒ったことがないから、浮いている部分があったのかもしれない。


そう思いながらガックリと項垂れていると、応接室のドアがノックされ、兵士の声が響く。


「ライナー様、リッド様、ファラ様。両陛下が別室でお話されたいとお待ちでございます」


「え……⁉」と僕やファラ達が突然の呼び出しに驚き目を丸くする中、父上は冷静に「承知した」と答え、視線をこちらに向ける。


「お前達、すぐに向かうぞ」


「は、はい。父上」戸惑いつつも頷くと、応接室を出て両陛下が待つ部屋に兵士の案内で足を進めた。


 

兵士が先導してくれる中、城内を進んでいく。


やがて、先程まで居た応接室より豪華な造りのドアの前で兵士が足を止め畏まった


「陛下。ライナー様、リッド様、ファラ様をお連れしました」


「うむ。入ってくれ」


皇帝陛下の声ですぐに返事があり、父上は僕達に視線をサッと向けてコクリと頷いた後「陛下、失礼いたします」とドアを開け入室する。


僕達も「失礼いたします」と畏まりながら父上に続いた。


部屋は先程までいた応接室よりも一回りほど広く、内装も豪華だ。


そして、謁見の間で挨拶をしたアーウィン陛下とマチルダ陛下が部屋の中央にあるソファーに腰かけていた。


また彼等の傍には、僕やファラと変わらない年齢の子供が三人おり、こちらを興味深そうに注視している。


多分、彼らは……と思ったその時、皇帝陛下がこちらを見てニコリと笑う。


「いやぁ、急に呼び出してすまんな。謁見の間においては皆の目もあるのでな。こうして気軽に話せん故、許せ。よろしく頼むぞ」


「ふふ。陛下の言う通りです。リッド、それにファラ。二人とも謁見の間では素晴らしい受け答えでしたね。改めて、マチルダ・マグノリアです。よろしくね」


「とんでもないことでございます。このような場に呼んで頂き、大変光栄であります」そう言って畏まり、会釈するとマチルダ陛下が小さく首を横に振った。


「さっき、陛下が言ったでしょう。この場ではそこまでの気を遣わなくていいわ。それに、貴方は私の親友であるナナリーの子供ですもの。そこまで畏まられたら少し寂しいわ」


「母上と……親友だったんですか?」


思いがけない発言に驚いて、つい聞き返してしまった。


母上から帝都に居る時、マチルダ陛下に良くしてもらったとは聞いていたけれど、『親友』とは聞いていなかったからだ。


疑問を察してくれたらしく、彼女はコクリと頷く。


「ええ、そうよ。ナナリーが帝都に居た時は、よく一緒にお茶を楽しんでいたわ」


彼女はそう言ってその場を立ち上がると、こちらにやってきてファラの前でニコリと微笑んだ。


「貴女のことも、ナナリーから手紙をもらっていたわ」


「え、お義母様からですか」


ファラがきょとんとして首を傾げると、マチルダ陛下はニヤリと口元を緩めた。


「貴女とリッドの出会いをきっかけに、様々な良い出来事がバルディアに訪れたと手紙にありました。それ故、『招福のファラ王女』と聞いていますよ」


「えぇええ⁉」とファラは顔を真っ赤にして困惑した面持ちを浮かべ、耳を上下させてしまう。


「ふふ、ナナリーの言う通りとても可愛いわね。こういった場に限り、私は貴女のことを『ファラちゃん』と呼ばせてもらってもいいかしら」


「えぇ⁉ えっと、その、私は別に構いませんけれど……」突然の申し出に、ファラは戸惑いながら頷いた。


何故だろう……マチルダ陛下と母上に同じようなものを感じる。


親友というのは伊達ではないのかもしれない。


「ありがとう、ファラちゃん」マチルダ陛下はそう言うと、扇子で口元を隠しながら目を細めた。


その時、こちらのやり取りを見ていた少年が一歩前に出る。


「母上。先方も困っておりますよ。それに、今日は私と弟のキールや妹のアディールをバルディア家の皆さんに会わせたいと聞いております。そろそろ自己紹介をしてもよろしいでしょうか」


「そうだな。デイビッドの言う通りだぞ、マチルダ。さすがに先行が過ぎる。今日は子供達の顔合わせだろう」


皇帝陛下とデイビッド皇太子の指摘に、マチルダ陛下は扇子を閉じると『テヘペロ』とおどけてみせる。


「そうでしたね。ナナリーの子供達にようやく会えたのが、つい嬉しくてね。では、皆さん、こちらにどうぞ」


そう言うと、マチルダ陛下はソファーに座るように促すのであった。





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