第354話 二つ目の献上品2

献上品である甘酒の効能を説明したところ『根拠がない』と指摘をローラン伯爵から受けた。


しかし、これは『想定していたこと』であり、内心でほくそ笑みながら表ではニコリと微笑んでいる。


マチルダ陛下から説明の許可を受けてスッと会釈した。


「ありがとうございます。それでは、ご説明させて頂きます……」


その後、謁見の間に轟く声で効能の根拠について説明していく。


とは言え『ビタミンが豊富』や『飲む点滴』であるとか訴えても、その存在がないこの世界においては理解は得られないだろう。


ならこの場にいる人達に伝える為にはどうすれば良いのか? それは甘酒の『実績』を提示することだ。


甘酒はダークエルフが治めるレナルーテ王国に存在しており、長年親しまれている。


そして、レナルーテでは体力回復や健康維持に役立つ『栄養飲料』であると認知されているのだ。


エルフやダークエルフ達が見目麗しい存在であることはこの世界では有名であり、その美貌と長寿は人族……特に貴族などの権力者達からは羨望の眼差しが向けられている。


そんなダークエルフ達が、長年に『栄養飲料』として愛用、認知されているとなれば実績としては十分だろう。


実際、この場にいる貴族達の目には強い興味の光が宿っている人が多数だ。


特に控えているメイドの女性達から向けられる目の輝きはすごい。


説明が終わるとマチルダ陛下は、扇子で口元を隠しながら「ふむ……」と頷いた。


「なるほど。レナルーテでそれ程に『甘酒』が親しまれているとは存じ上げませんでした。確かに、ダークエルフの皆さんが長年、伝承ができるほど愛用しているのは一つの根拠になるでしょう……ただし、それが事実であればですけれどね」


彼女は怪し気に目を細めると、視線をファラに移した。


「どうなのでしょうか、ファラ王女。レナルーテ王国において『甘酒』の評価は彼の言う通りで間違いありませんか?」


突然の声を掛けられても、彼女は動じることなく「そうですね……」と相槌を打つ。


そして、僕と目を合せた後、マチルダ陛下に向けてニコリと頷いた。


「リッド様の仰せの通りでございます。レナルーテ王国において『甘酒』を少量を毎日摂取することは、王族から民に至るまで健康長寿の秘訣としてよく知られております。他にも……」


ファラはそう言うと、レナルーテにおける甘酒の扱いや認識などの根拠に繋がる補足説明を始める。


これも事前に、彼女と打ち合わせていたことだ。


クリスから化粧水を献上する時の出来事……ローラン伯爵からの言いがかりの件は当然耳にしていたから、貴族の誰かしらが難癖付けて来ることは想像に難くない。


だけど、同時に利用することもできると考えた。


こちらから根拠を説明するのではなく、求められて答えるのでは相手に与える印象は全然違うものになる。


当然、相手の印象に残りやすいのは後者だ。


しかし、そうする為には相手の興味を余程引くか、状況を作る必要がある。


その為、最初に『根拠』となる話をしなかった。


あえて、隙を見せてつけこませた訳だ。


ファラは、ダークエルフでもレナルーテ国外に長年おり、『甘酒』を摂取できなかった者と、国内で摂取した者では健康や見た目に差異が出ていること。


同時に『甘酒』は、品質管理の面からレナルーテから国外に輸出できる商品ではない為、レナルーテの国外では知られていなかった可能性が高い。


またその観点からも、バルディア領で製造後、帝都に輸送するのが適切だろうと語る。


勿論この話も、ファラやアスナが事前に考えていたものであり、ある程度の確認が取れているものだ。


前世の社会であれば、客観的な科学的根拠が必要になるけれど、科学が未発達のこの世界においては『科学的根拠』という言葉自体が存在していない。


つまり、一国の王族出身者である王女から説明される実績……これ以上、根拠のある『信憑性のある話』はないという感じになる。


まぁ、科学が発達したとしても、『甘酒』が健康と美容の維持に良いのは事実だから多分問題ないと思うけどね。


それから程なくして、ファラは補足説明を終え、「……以上でございます」と畏まりペコリと一礼した。


すると、マチルダ陛下は口元を扇子で隠したまま「ふむ」と頷いた。


「承知しました……この場の皆も、ファラ王女の話に納得したことでしょう」


彼女の鶴の一声に反応して、謁見の間が騒めき相槌を打つ声があちこちから聞こえた。


ちらりと横目でローラン伯爵を窺うと、「むぅ……」と苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべている。


「それにしても、ダークエルフの健康長寿として扱われている『甘酒』が、バルディア家を通して帝都でも食すことができるということは実に良いことですね」


「はい。それと、こちらの『甘酒』はクリスティ商会を通して帝都にも販売する予定です。それ故、マチルダ陛下が希望されるのであれば『納品優先権』をご用意することも可能と存じます」


『納品優先権』という単語に彼女の目が怪しく光る。


これについても、事前にクリスから聞いていたやり取りを元に考えていた提案だ。


何でも、帝都においては話題性のある人気商品は貴族達によってすぐ売り切れになるらしい。


その為、マチルダ陛下は以前の取引でクリスを騙し討ちまでして『納品優先権』なるものを引き出させたそうだ。


なら、今回は最初からその案を出せば良い。


やがて彼女は扇子を『パチッ』と勢いよく閉じるとニヤリと口元を緩めた。


「……良いでしょう。では、その件はまた改めて話す場を設けます。クリスティ商会のクリスも交えてね」


「承知しました。ありがとうございます」ペコリと一礼すると、辺りの貴族達から騒めきが起きる。


改めて話すを設けるという事は、マチルダ陛下が『甘酒』を気に入ったことを意味するからだろう。


それに、聡い貴族はもう気付いているはずだ。


これが、化粧品類に続く『帝都に新しい流行』が訪れる前兆であることに。


マチルダ陛下が『甘酒』を愛用する……帝国内で販売を行うにあたり、これ程の広告効果と信用を同時に得る手段は他にない。


『皇后が健康と美容を維持するために、継続的に摂取している健康飲料』となれば、帝国貴族の御婦人から裕福な平民までこぞって『甘酒』を求めるようになるだろう。


さらに言えば、皇帝陛下とベルルッティ侯爵がバルディア領の技術開発に関することは、『税制上の優遇措置』に関して前向きに検討するという旨の発言をしている。


今後の『甘酒』を販売して得る利益も、技術開発の為の資金に宛がう予定だ。


つまり極端な話、バルディア家がクリスティ商会を通して販売する商品すべての利益が技術開発の資金となり『税制上の優遇措置』の対象としてこじつけることもできる。


まぁ、ここは父上の交渉術次第にもなるけどね。


周りの貴族達にこっそり目をやると、一部の貴族達はこちらの意図に気付いたらしく呆れたり、感心したり、おどけたり、目を丸くしたり、眉間に皺を寄せたり、と様々な反応が見て取れる。


ちなみに、ローラン伯爵は眉を顰めて苦々しい表情をしているようだ。


やがて甘酒を含む他の献上品の説明が終わると、皇帝陛下が悠々と頷いた。


「うむ。レナルーテ王国とバルディア家からの様々な献上品、実に見事であった。今後も楽しみにしているぞ」


「はい。喜んでいただき恐悦至極でございます」


父上が畏まって答え後、他の貴族達からの横やりも特に入らず、とりあえず謁見の間での挨拶は無事に終わった。


ベルルッティ侯爵やグレイド辺境伯達とのやり取りは気になるけれど、ひとまず、帝都における挨拶や献上品は成功したと言って良いだろう。


その後、僕達は謁見の間を退室して応接室に移動するのであった。





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