第353話 二つ目の献上品
「こちらが、新しい美容に関する……というより健康を維持する献上品でございます」
「ふむ。その言い方だと、健康を維持することで美を保つということですか」
皇后のマチルダ陛下は興味津々でコップに入った液体を見つめている。
「はい、仰せの通りでございます。こちらがバルディアで製造を開始した『甘酒』であり、このコップ一杯分を毎日継続的に摂取することで健康を保ち、結果として美容効果も期待できます」
合せてニコリと営業スマイル披露をすると、マチルダ陛下の目に宿る興味の輝きが増した。
合せて、周りにいるメイド達からも何やら熱い視線が注がれる……『甘酒』が入ったコップにね。
今回、二つ目の目玉となる献上品は、レナルーテから仕入れた米をバルディア領で加工製造した『甘酒』だ。
この世界において『食べ物が体をつくる』という考えはまだ一般的ではない……というか基本的に食事で健康に気を遣えるとすれば貴族か、もしくは平民の中でもある程度の富裕層だろう。
そもそも健康を維持の為、食事に気を遣うということが難しい。
前世のように外に出れば五分、十分でコンビニやスーパーで好きな食材を選べるほど、残念だけど食料がありふれてる世界ではないからだ。
そんな状況において一般的な平民が日々の食事に気を遣い、色んな食材を選ぶということは現実的ではない。
とはいえ、『お金』と『その気』さえあれば、多少はこの世界においても健康的な食事に気を遣うことはできる。
特に帝都は国内外の商品や食材が集まる中心地といえる場所だから、資金に糸目をつけなければ様々な料理を作ることは可能だろう。
実際、健康的な食事ではなく『豪華で美味しい食事』には、帝都に住む貴族や裕福な平民は既にお金をかけているそうだ。
つまり、『食の市場』は帝都に既に存在しているということにもなる。
そこに『美容に繋がる健康的な食品や料理』という新しいジャンルを提供すれば、必ず食いつてくる顧客はいるだろう。
ただ、『甘酒』を『一日コップ一杯で健康と美容効果がある』と謳っても、爆発的な人気は得ずらいと考えている。
化粧品類を扱うクリスティ商会を通すから、全く売れないということはないだろう。
でも、やるからには未開拓の市場で確固たる立場を作る動きをすべきと思っている。
そして、その鍵となるのが、今の目の前にいる皇后マチルダ陛下だ。
すると、彼女の傍に控えていたメイドが一歩前に出る。
「では、そちらに関して私が一度飲ませて頂きます。その後、マチルダ陛下にお渡しいたします。決まりですのでご容赦ください」
彼女はそう言うと、綺麗な所作で会釈した。
「彼女はメリア、私の専属メイドです。悪く思わないでくださいね」
マチルダ陛下は、申し訳なさそうに補足する。
「とんでもないことでございます。当然のことですからね。では、メリアさん。こちらのコップに入った『甘酒』を、この銀匙でご試食ください」
「なるほど……それでは、失礼いたします」
メリアはコップと銀の匙を丁寧に受け取ると、目を光らせて一口食した。
その様子をこの場の皆が息を飲んで見守っている。
甘酒に関して、懸念があるとすれば『味』だ。
マグノリア帝国では『お米』食べる習慣はほとんどない。
帝都だから輸入商品として探せば見つかるだろう。
だけど、わざわざ好き好んで食べる人は少数だろうから、お米の味は恐らく初めての可能性が高い。
それでも、『甘酒』には文字通りの勝算がある。
やがて、メリアは「これは……」と呟き目を丸くした。
「……? メリア。どうしたのですか」マチルダ陛下が彼女の言動に首を傾げる。
「いえ、とても『甘い』ので驚いた次第です。味に問題はありません」
彼女の発言に貴族達が騒めき、マチルダ陛下の目がさらに光る。
そう、少し独特ではあるけれど『甘酒』は文字通り甘いのだ。
この世界において『甘い食べ物』というのは貴重であり、限られている。
従って、『甘酒』が未知の『甘味の一種』であるということがわかった時点で、注目が集まるの当然と言えるだろう。
マチルダ陛下はメリアから甘酒と銀匙を受け取り「では、頂きましょう」と口にすると、何やら謁見の間の空気が張り詰める。
僕自身も平静を装っているけれど、胸の鼓動は鳴り止まない。
一応、事前に根回しはしていけれど、最終的にはマチルダ陛下がどう判断するかだ。
程なくして、彼女はニコリと口元を緩めた。
「これは、あまり口にしたことのない味ですが、とても甘くて食べやすいですね。これを、毎日食べることで美容効果が期待できるとは、素晴らしい食品と言えるでしょう」
「……⁉ ありがとうございます。お口に合いまして嬉しい限りでございます」
畏まりながら会釈するけれど、内心では心躍っていた。
これで、第一難関は通過できたと考えて良いけれど、おそらく貴族もしくはマチルダ陛下から次の質問がくるだろう。
身構えていると案の定、貴族達の中から中肉中背の男性が「よろしいでしょうか。マチルダ陛下」と挙手をする。
すると彼女は、水を差されたと言わんばかりに眉を顰めた。
「……なんでしょうか。ローラン伯爵」
「恐れながら申し上げます。その『甘酒』なるものが日々食することで何故、健康が維持できるのか。具体的な説明がまだ一切ございません故、評価を下すのは少々早いかと存じます」
畏まりながら彼はそう言うと、こちらをチラリと嫌な目で一瞥してきた。
周りの貴族達も、同意するような仕草をしている。
マチルダ陛下もこの指摘に関しては、無暗無下にはせず「ふむ……確かに一理ありますね」と冷静に頷き、扇子で口元を隠す。
そして、こちらを試すように見つめてくる。
うーん、改めて父上やクリスが彼を嫌う理由がわかる気がした。
子供だからと侮っている印象がぬぐえない。
しかし、グレイド辺境伯やベルルッティ侯爵達と比べると、今一つ指摘の詰めが甘いと言うか、姑息でみみっちぃ印象を受けてしまった。
でも、今は望んだ流れに運んでくれたローラン伯爵に感謝すべきだろう。
そう思いながら、あえてニコリと微笑んだ。
「ローラン伯爵殿のご指摘、当然でございます。従いまして、その点についてもご説明させて頂いてもよろしいでしょうか」
「ほう。では、この『甘酒』が健康維持と美容効果に繋がる根拠があるというのですね。いいでしょう、聞かせてください」
マチルダ陛下は口元を扇子で隠したまま、目を光らせる。
僕はコクリと頷き心の中で「よし、計画通り……」と呟きほくそ笑むのであった。
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