第352話 貴族と舌戦2

グレイド・ケルヴィン辺境伯の息子であるドレイクの行った軽率な発言に対して、あえて声を荒らげる。


すると、彼は顔を顰めてこちらをジロリと睨んだ。


「何を声を荒げている。リッド・バルディア。私以外の方々も『造反の意思』が言葉の裏にあると言っていたではないか」


「いえ、他の皆様はあくまで父上の言葉の真意をお尋ねになっておりました。造反の意思など一切に口にしておりません」


「なに……?」


指摘にドレイクは眉を顰めてこちらをジロリと睨んでいる。


どうやら、まだ本人は失言に気付いていないらしい。


しかし、彼の父親であるグレイド辺境伯は渋い表情をしているから理解しているのだろう。


この状況を逃す手はない。


「恐れながら申し上げます。今貴殿が仰せになったことはドレイク殿が、父上の言葉の裏にそのような意思があると考えになっただけでございます。皇帝陛下の御前で我がバルディア家に対する侮辱。到底、見過ごせることはできませぬ」


「……⁉ ふざけるな! そのような揚げ足取りなど……」


ドレイクが言葉を続けようとしたところで、グレイド辺境伯が彼の肩に手を乗せて制止する。


「止せ、ドレイク。リッド殿の言い分が正しい。誰もライナー殿に『造反の意思』があるなど微塵も考えておらん。軽はずみな発言は控えろ」


彼は「な……⁉」と驚きの表情を浮かべて周りを見渡した。


グレイド辺境伯の指摘通り、この場にいる他の貴族達は、ドレイクの指示するような素振りは見せない。


むしろ、忍んで冷笑している様子も覗える。


その事に気付いた彼は恥辱と受け取ったらしく顔を赤くさせ、怒りに震えているのか手を拳にした。


すると、グレイド辺境伯が一歩前に出てこちらに会釈した。


「ライナー殿、リッド殿。我が息子の無礼な発言、申し訳なかった」


「ち、父上⁉」


ドレイクは目を丸くするが、すぐに意図を理解したらしく苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべると、一歩前に出た。


「ぐっ……ライナー殿、リッド殿。私の軽率な発言をどうかお許しください……」


「お二人共、顔をお上げ下さい。それに言葉のあやであり、ドレイク殿の本意ではないはず。私は気にしておりません」


父上がそう言うと、グレイド辺境伯は顔を上げ安堵した面持ちを浮かべる。


しかし、ドレイクは怨めしそうな横目をこちらに向けている気がした。


その時、玉座に座る皇帝のアーウィン陛下が僕達に向かって声を上げた。


「もうよさぬか。この場においてこれ以上のやり取りは相応しくなかろう。だが、グレイドよ。ドレイクの発言が軽率なのは事実だ。混乱を避ける為、貴殿の息子にはこの場から退室してもらうぞ。良いな」


鶴の一声で、謁見の間の空気が張り詰めたものになり、グレイド辺境伯は陛下に向かって「畏まりました」と一礼する。


続いてドレイクも「……承知しました」と一礼するが、その表情は険しいままだ。


また、顔を上げると、僕をギロリと憎悪が籠ったような眼差しで一瞥する。


あまりに嫌な目つきで、ビクっとするけれど彼はすぐに目を伏せこの場から一人で退室した。


グレイド辺境伯は、この場に残ったままである。


少し可哀想な気もしたけれど、ドレイクの発言は看過できるものではなかった。


バルディア家に『造反の意思』などあるわけがない。


もしあの場で声を上げなければ、後々面倒なことに繋がる恐れもある……それこそ『断罪』とかね。


かと言って立場のある父上が声を荒らげると、ケルヴィン家とバルディア家の関係を悪化させる要因になりかねない。


そこで、僕が声を上げたというわけだ。


ドレイクはグレイド辺境伯の息子だから、父上の息子である僕が前に出ることで、外聞的には子供同士の諍いで話を終わらせることもできる。


つまり、両家の面目も保たれるのだ。


だからこそグレイド辺境伯がすぐに謝罪を申し出て、陛下も介入したのだろう。


ドレイクがこの場から退室して間もなく陛下はこの場を見回すと、声を響かせた。


「バルディア領における技術開発の件に関しては、また改めて話すとしよう。この場においては……」とその時、「お待ちください。陛下」と声が掛かり一人の貴族が挙手をする。


この場の注目の先に立つ人物……それはベルルッティ侯爵だった。


彼の言動に、陛下はあからさまに訝しい眼差しを向ける。


「……なんだ、ベルルッティ」


「お話を遮り、申し訳ございません。しかし、どうしても先程ライナー殿が仰ったことで確認したいことがございます故、どうか少々お時間を頂きたく存じます」


彼はとても畏まり、礼儀正しく答えている。


陛下は眉間に皺を寄せたが、確認するように周りを見渡した。


貴族達は陛下とベルルッティ侯爵の対応に注目して、息を飲んでいる。


うーん、あんまり良くない感じだ。


ここで陛下がベルルッティ侯爵の意見を無視すれば、バルディア家を皇帝が贔屓しているように見えるかもしれない。


固唾を呑んでいると、やがて陛下は「ふぅ……よかろう。だが、手短にな」とやむを得ない様子で呟いた。


「ありがとうございます」


ベルルッティ侯爵は陛下に一礼すると、すぐさまこちらに視線を向けた。


「では、早速ですがライナー殿。先程、貴殿が申し出た『税制上の優遇』に関して、私個人としては前向きに検討すべきことだと思っております……ですが、一点お伺いしたい」


「……何でしょうか?」


父上は表情を変えずに眉だけピクリと動かすが、その様子にベルルッティ侯爵はニコリと目を細める。


「国の予算ではなく、バルディア家の資産を使用する故に、税制上の優遇措置を求める……という事は、万が一にでも何かバルディア領内で問題が起きた場合……当然、すべてはバルディア家の責任となり、問題の内容次第では帝国は最悪関与できないことも考えられますが、その認識でよろしいですな」


すると、彼の後ろに控えていたベルガモットが、「ふむふむ」と芝居がかったように相槌を打つと両腕を広げて前に出た。


「確かに……父上の仰る通りですな。そもそも、開発した新技術を陛下に報告して共有することは、『帝国貴族』であれば当然のこと。国の予算介入を断りつつ、代わりに税制上の優遇措置をバルディア家から提言しておきながら、何か問題が起きれば帝国全体の責任というのは、些か府におちませんなぁ。ライナー殿、是非とも貴殿の聡明なるお考えを、我らにご教授願いたい」


ベルガモットはそう言うと、瞳に皮肉の色を宿して嫌味たっぷりに口元を緩める。


彼の言動に、貴族達は相槌を打ったり、「確かに……」など呟く者がほとんどだ。


その中、ローラン伯爵が前に出る……ような動きをしたが、ベルガモットに横目で一瞥されてビクっとなり顔を引きつらせ小さくなってしまった。


余計なことをするなと言わんばかりである。


それにしても、ベルルッティ侯爵とベルガモットは、かなり嫌な部分を付いてきた。


こちらとしては、バルディア領で開発している新技術を見せたくないという思惑からやんわり予算を断った訳だけれど、そこを穿った見方をして意地悪くついてきたのである。


物事は言い方や言葉の印象で良くも悪くもなるものだから、彼等は言葉巧みにバルディア家の印象操作を行おうとしているのだろう。


謁見の間に嫌な雰囲気が漂い始める中、ベルガモットの問い掛けに父上がゆっくりと首を横に振る。


「ベルルッティ侯爵、ベルガモット殿ともあろうお方が、何を今更当然の事を仰せになったのか……よく理解できませんな。我がバルディア家の領地は、他国と国境を隣接している辺境です。その為、元々領内における問題は、できる限り我らの責任で解決するのは当然のことでしょう。それに、帝都の予算を頑なに固辞しているわけでありません。今は帝国の血税を使わずとも、自領の資金で賄える余裕があるだけです。故に、税制上の優遇措置を頂きたいと申したまでのこと。それを、そのような言い方をされることこそ甚だ心外というものです」


毅然とした態度で父上が答えると、ベルガモットは少しつまらなそうに「なるほど」と頷いた。


ベルルッティ侯爵はというとニコリと微笑み、父上に向けて数回軽い拍手を行う。


「いやぁ、素晴らしい。さすがは、我が帝国の剣と称されるライナー殿です。実に見事なお考えでとお言葉でございますなぁ。私は、貴殿の申し出た『税制上の優遇措置』を支持させて頂きますぞ」


「……それは、有難いことです」父上は訝しげに頷いた。


すると、その言動を確認したベルルッティ侯爵は陛下に視線を移して一礼する。


「陛下、私からの質問は以上でございます。お時間を頂き申し訳ありませんでした」


彼がそう言うと、辺りの貴族達が騒めいた。


どうやらベルルッティ侯爵がもっと口撃すると思っていたらしい。


ふと目をやると、ベルルッティ侯爵が引いたことにバーンズ公爵やグレイド辺境伯も少し意外そうだ。


陛下も少し怪訝そうにするが、「うむ」と頷いた。


「ライナーから申し出のあった税制上の優遇措置に関しては、ここで決める事ではないが前向きに検討するとしよう。しかし、この件についての議論はまた改めて行うものとする。皆、よいな」


陛下の声が謁見の間に響くと、貴族達が畏まって会釈した。


当然、僕達も同じように畏まる。


懐中時計の件にここまで貴族達が反応するとは思わなかったけれど、とりあえずは乗り切ったかな。


面には出さず心の中で胸を撫でおろしていると、今度は皇后のマチルダ陛下がこちらを見て何やらニコリと笑う。


「ところで、ライナー。今回の献上品には、美容に関する新しいものもあると聞きました。そろそろ、そちらについても教えてもらえるかしら」


「承知しました」父上は頷くと、こちらに目で合図する。


僕はコクリと頷くと次の献上品を用意するのであった。





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