第351話 貴族と舌戦
「よかろう。ライナー、話してみるがよい」
玉座に鎮座している皇后陛下の言葉に、父上は一礼する。
そして、毅然とした態度で謁見の間にいる貴族全員に聞こえるよう声を轟かせた。
「恐れながら申し上げます。『懐中時計』の基本的な設計技術はほぼ完成しております故、現在バルディア領では生産増に向けての動きに移行しております。故に技術開発の資金は不要でございます」
「なるほど。確かに、ここまでの物が造れるのであれば、技術開発の資金は不要かもしれん。だが、大量生産するにも資金は必要であろう。それだけでは、断る理由にはならんぞ」
「仰せの通りでございます。それ故、バルディア家としては『資金援助』ではなく、税制上の優遇処置を頂きたく存じます」
「ほう……」皇帝が相槌を打ち、瞳に鋭い光が宿る。
それを貴族達も察したのだろう。
謁見の間に流れる空気がより張り詰めた。
だけど、父上は臆さずに言葉を発する。
「今後、バルディア領にて生産した懐中時計などを帝国内に販売する予定でございます。税制上の優遇処置を頂ければ、帝国の血税を使用せずとも問題ありません。それに、帝国内で現在人気となっている我が領地で生産されている化粧品類。これらの収益を技術開発に充てております。もし、資金援助と申し出て頂けるなら、今後も我がバルディア領の製品を両陛下とここにいる皆様にご愛用頂ければと存じます」
父上のきっぱりとした発言に、この場にいる者は息を飲んだように静まり返った。
しかし、その中においてゆっくり挙手をして「異議あり」と呟く人物が現れた。
周りの貴族達の注目がその人物に集まる中、皇帝の視線も注がれる。
「どうした、ベルガモット。ライナーの発言にはそこまで違和感はなかったぞ」
「恐れながら申し上げます。バルディア領は現在、懐中時計や化粧品類に限らず、様々な技術開発を行っているという『噂』がございます。現にライナー殿は、バルディア領から帝国まで従来では考えられない移動手段……『木炭車』なるものを用いているとのこと。その上、国からの資金援助を断るというのは、いささか言葉の真意を疑ってしまうというものではありませんか」
ベルガモットはそう言うと、怪しい光を宿した眼差しを僕と父上に向けて来る。
心なしか口元が緩んでいるようにも見える。
その時、彼の意見に同調するように中肉中背の貴族が一歩前に出た。
「陛下、ベルガモット殿の仰る通りでございます。バルディア家は、化粧品類の販売をクリスティ商会を通じて独占。この上、懐中時計の開発、販売まで独占するというのはあまりに横暴ではありませぬか。ここは国の資金を投じ、帝国貴族全体でその技術を共有するべきでございます」
バルディア家が生み出した技術を横取りする方が、よっぽど横暴だろ! とつい叫びたくなる。
しかし、この場で感情的になってはいけない、と堪えていると父上が僕にだけ聞こえる声で囁いた。
「あれが、ローラン・ガリアーノ伯爵……要注意人物だ」
「あ……なるほど」僕は頷くと同時に、クリスが以前言っていた『ローラン伯爵を出禁にしました』という理由がわかった。
ローラン伯爵の発言にほんの一部の貴族は頷いたり、相槌を打っている。
だけど、皇帝陛下は眉間に皺を寄せた。
「ローラン。貴殿は以前のクリスティ商会での一件をもう忘れたのか? バルディア領が開発した技術はその領地のものだ。それを横取りするほうが横暴であろう」
「ぐ……」とローラン伯爵は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべている。
その時、またベルガモットが「恐れながら」と発して注目を集めた。
「少々、論点がずれてしまいましたな。私が指摘したかったのは、利権の問題ではありません。国の資金援助を断る理由に、何か別の意図でがあるのではないか……という点でございます。あぁ、勿論、『何もない』とは存じますが、頑なに資金援助を断るのであれば、何か裏があるのではないか……そう思うのが道理でございましょう。私はこの場にいる皆様を代表して尋ねているだけでございます故、どうかご容赦下さいませ」
彼の口調はこの場を楽しみ、茶化すように少しおどけたものだった。
その姿は、傍から見ると楽し気かもしれないが、向けられる側の僕からすれば実に不快なものである。
おそらく、これも失言を引き出す為の一種の演技なのだろう。
現に父上や両陛下は勿論、貴族達も特に気にしている様子はない。
やがて、皇帝陛下が「ふむ」と相槌を打つと視線を父上に向けた。
「どうだ、ライナー。ベルガモットの主張に何か申したいことはあるか」
「いえ、ベルガモット殿の意見は尤もでございましょう。しかしながら、私は事前に領地の動きを、技術開発を含め帝国にご報告しております。それ故、私の言葉に別の意図や裏がないこと、陛下は重々承知と存じます」
父上がそう言って一礼すると、貴族達が少し騒めいた。
その中、これまた見覚えのある人物が一歩前に出て「恐れながら、よろしいでしょうか。皇帝陛下」と発言する。
「バーンズか。うむ、よかろう」
許しを得たバーンズ公爵は僕達をチラリと一瞥してニヤリと笑う。
そして、謁見の間にいる貴族達にも聞こえるように毅然と声を上げる。
「ライナー殿の申されていることは事実であります。革新的な技術ということであり、一部の公爵家と両陛下のみという内容ではありましたが、バルディア領より事前に報告はございました。故に、ベルガモット殿がご心配するような『言葉の裏』などはないかと存じます」
皇帝陛下は口元に手を充て思案顔を浮かべると、間もなくハッとする……少しわざとらしい。
「そうか、そうであったな。確かに、バルディア領で新たな技術開発をしているという報告は今回より大分前からあっていた。うむ。ベルガモット、忘れていた私の落ち度だ。すまんな」
「とんでもないことでございます、皇帝陛下。ライナー殿は帝国の剣と称される辺境伯でございます故、私自身も言葉の裏や意図がないことなど承知しておりました。しかし、小さきことでも放っておくと後々、大きな問題になることもあります故、代表して指摘したまででございます」
何やら狸と狐の化かし合いというか、腹の探り合いというか、本心を出さずにひたすら相手の意図を探ろうという気配が凄い。
ふと魔法の『電界』で、この場に漂う気配を察してみようとしてみるが『うじゃうじゃ』した凄まじい気配が辺りに渦巻いた。
あまりの気持ち悪さに、僕は思わず口を塞いで『電界』を切った……こんな場所では逆に『電界』は使えない、と理解した瞬間だ。
ベルガモットが身を退いて、ようやく落ち着いたかと思ったら今度はグレイド・ケルヴィン辺境伯が挙手をする。
彼は皇帝の許しを得ると、悠々と発言した。
「ライナー殿の言葉に意図がないことはわかり申した。しかし、国境を護る辺境伯家として、やはり『懐中時計』の重要性は捨ておけませぬ。従いまして、マチルダ陛下がクリスティ商会から提示された『納品優先権』。これと同じようなものを帝国の軍事関係者に限り許可して頂きたいものです。どうですかな、ライナー殿。同じ辺境伯と言う立場であれば、お判りいただけるだろう」
彼はそう言うと、父上と僕を鋭い眼差しでジロリと見てきた。
グレイド辺境伯は、父上と同じ辺境伯という立場のせいか、何か父上と似たような武人の雰囲気がある。
それにしても、『帝国の軍事関係者向けに、懐中時計の納品優先権を用意しろ』とは中々に凄いことを言う。
確かに、懐中時計があれば場所が離れていても同時刻で作戦開始が可能になるなど、軍事的な作戦面で言えば利点はかなりのものになるはずだ。
しかし、だからと言って『はい、わかりました』と簡単に頷けるものではない。
大体、グレイド辺境伯が求める注文がどれほどの規模かもわからないのだ。
現状の生産量をから考えても、この場での返答は絶対に断らないといけない……そう思いつつ、僕は視線を父上に向ける。
すると、父上が察してくれたのか、コクリと頷いた。
「グレイド殿。貴殿の仰ることは理解しております。しかし、懐中時計の生産量はまだ大量生産を軽々できる状況ではございません。それに、明確な数量が分らぬうちにそのような権利を発行することは難しいと存じます。故に、この場では回答を控えさせていただきたい」
だけどこの時、父上の言葉に反応したのはグレイド辺境伯の息子らしい青年だった。
「ライナー殿。貴殿と同じ辺境伯である父上の問い掛けに、『回答を控える』とは些か無礼ではありませんか。そのような態度であるから、帝国へ対する造反の意思があるのではないか、と真意に疑念を抱かれるのでしょう」
彼がそう言うと、グレイド辺境伯が「ドレイク!」と声を荒らげる。
そうか、彼はドレイクというのか……この時、僕はとてつもない怒りを覚えていた。
そして、同時に好機でもあると感じ、あえて感情を爆発させる。
「無礼なのはドレイク殿……貴殿です! 我が父上に造反の意思があるなどと、断じて聞き捨てなりません!」
突然響き渡る僕の怒号によって、謁見の間は騒然となるのであった。
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タイトル:247話時点キャラクター相関図
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