第350話 献上品

帝城の謁見の間にて僕とファラの挨拶が終わり、次はバルディア領とレナルーテからの献上品を披露する場となった。


父上が皇帝の許可を得て、バルディア騎士団の騎士を通じて様々な品を謁見の間に運び込む。


レナルーテからの献上品は和風的なものが多く『刀』、『甲冑』、『着物』などだ。 


帝国の両陛下に献上する品の為、素人の僕から見ても素晴らしいものであることがわかるほどである。


一部の貴族達からも、「ほう」と感心するような呟きがチラホラと聞こえた。


しかし、両陛下は運ばれる品々に目をやりはするが、特に驚いている様子はないようだ。


帝国の頂点に立つ皇族からすれば、レナルーテからの献上品は何度か見ているのかもしれない。


やがて、品々が運び込まれると、父上とファラが簡単に献上品についての説明を行った。


「レナルーテの精巧な作りの品々は、いつも見ても素晴らしい。レナルーテには、感謝の意を送るとしよう」皇帝の言葉に、ファラは畏まり一礼する。


「有難きお言葉。父、エリアスも喜ぶと存じます」


「うむ。さて、ライナー。レナルーテからの献上品はわかったが、バルディア領で新たなに開発したものとはなんだ」


「はい。では、バルディア領で開発した品ご紹介させて頂きます。一つ目は、懐の中に忍ばせることができる時計……『懐中時計』でございます。リッド、両陛下にお持ちしなさい」


謁見の間に父上の声が響くと、貴族達が騒めいた。


この世界では、携帯出来る時計はまだ開発されていないから当然の反応かもしれない。


「承知しました」頷くと、ディアナから『懐中時計』が入った箱を受け取り前に進む。


そして、両陛下の前で片膝を突いた。


「こちらは両陛下の為、特別な装飾を施した世界に二つだけの懐中時計でございます。どうぞ、お納めください」


「まぁ、可愛い」


「ほう……これが時計とな。装飾が施された記章のようにも見えるが?」


「いえ、それは時計の文字盤が壊れにくいように蓋がしてあるのです。どうか、上部にある突起を押してみて下さい」


両陛下が突起を親指で押すと懐中時計の蓋が開くとドワーフのアレックスや狐人族、猿人族達の皆による細かい装飾が施された文字盤が姿を現した。


精巧さと豪華さで言えば、バルディア領で作られた懐中時計において一番の物だろう。


「これは素晴らしい。時計と言えば壁掛けや据え置きで大きいものが主流だが、これ程の小さくできるとはな。少し考えるだけでも、有効な使い方が溢れている代物だ」


「陛下の仰る通りです。これ自体も素晴らしい逸品であることは間違いありません。しかし、それ以上の可能性を感じますね」


「気に入って頂けたようで、何よりでございます」僕が一礼すると、「アーウィン陛下、恐れながらその時計を拝見させて頂いてもよろしいでしょうか」と貴族が集まる場所から声が響いた。


「む……グレイド辺境伯か。この時計がやはり気になるか」


「勿論でございます。携帯できる時計について、以前より我が領地でも試作しておりましたが、そこまでの小型化には至っておりません。故に、拝見させて頂きたく存じます」


「よかろう、リッド。其方も異論はなかろう」


「はい。是非、グレイド辺境伯にも見て頂きたく存じます」僕はコクリと頷いた。


これは、良い流れかもしれない。


グレイド辺境伯は、バルディア家と並ぶ軍事力を持ち『帝国の盾』と称されるケルヴィン家の現当主だ。


彼に懐中時計の有用性を認めてもらえれば、貴族達の注目はさらに集まる。


そして、『懐中時計』の注文にも繋がり、バルディア家をより発展させる資金源になっていくはずだ。


いやいや、油断をしてはいけない。


僕は口元が緩まないように人知れず小さく深呼吸を行い、気を引き締めた。


程なくしてグレイド辺境伯は、青年を一人従えて皇帝の傍に近寄った。


懐中時計を丁寧に受け取った彼は、機能を慎重に改めていく。


彼と一緒にやってきた青年も興味津々といった感じだ。


グレイド辺境伯を近くで見ると年齢は四十代後半か、五十代ぐらいに見えた。


髪は濃い茶色で瞳の色は青く、整った髭も生やしている。


彼の傍にいる青年の歳は十代後半か、いっても二十になるかならないか。


髪色と瞳はグレイド辺境伯と同じだから、もしかすると彼の息子なのかもしれない。


「父上。これは我々が、目指していたものに近いですね」


「うむ、リッド殿。つかぬことを窺うが、これはどういった仕組みで動いているのだ」


会話から察するに、二人はやはり親子だったようだ。


僕はグレイド辺境伯の質問に、ニコリと笑う。


「詳しくは申せませんが、据え置き型の時計にも使われている『手巻き式』という方法を用いております。その為、毎日決まった時間にゼンマイを巻いて頂く必要はありますが、それも難しくはないかと」


「なるほどな。一般的に使われている時計の小型化に成功した。単純に考えればその認識でよいのだな」


「はい、仰る通りでございます」僕の話をすぐに理解した二人は、懐中時計に感嘆した様子を見せている。


だけどそれから間もなく、瞳に怪しい光を宿したグレイド辺境伯が皇帝に振り向いた。


「陛下。恐れながら、この『懐中時計』は帝国の軍事関係者中心に行き渡るよう早急に普及させるべきです。つきましてはバルディア領にて『懐中時計』の更なる開発を促すため、帝国から予算を投じてはいかがでしょうか」


突然、思いもよらない提案なれされたことで僕は「へ……?」と呆気に取られてしまった。


そして、悪い事にグレイド辺境伯の提案を聞いた皇帝は「確かに……それは一考の価値があるやもしれんな」と片方の口角を上げて、こちらを試すような視線を向けてくる。


この話の流れは想定外だ。


『懐中時計』の開発に帝国の予算が投じられると言われれば、資金援助に聞こえるかもしれない。


でも国の予算が入るという事は、これまで培った開発技術を国と貴族にすべて開示しないといけないことにも繋がりかねない。


それにバルディア領では母上の治療薬を含め、まだまだ色々と秘密裏に開発を進めている事も多い。


今の状況において、バルディア家で行っている開発に国の資金が入って来ると言うのはかなり危険な匂いがする。


しかし、周りの貴族からグレイド辺境伯の提案に頷いたり、同意するような声がすでに漏れ聞こえてきている。


この場をどう切り抜け、どう断るべきかと考えを巡らせていたその時、「陛下、グレイド辺境伯。その提案、大変ありがたいことですが、恐れながら謹んでお断りいたしたいと存じます」と父上の声が響き渡る。


思わず振り向くと、父上と目が合った。


どうやら、僕が考えていたことを察して声を上げてくれたらしい。


父上は僕に向かってコクリと頷くと、皇帝とグレイド辺境伯に視線を移す。


しかし、皇帝は動じる気配もなく問いかける。


「ライナー。国からの予算を断るとはどういうことだ」


父上は皇帝を真っすぐに見据えると、謁見の間に声を轟かせるのであった。




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