第348話 洗礼終わって
ベルルッティ侯爵とベルガモットが退室して部屋の雰囲気が落ち着くと、父上は咳払いして「こうなった以上、お前達の婚姻が纏まった経緯を話しておくべきだな」と僕達を見回した。
ファラとアスナは互いに顔を見合せた後、「私達が聞いてよろしいのでしょうか?」と心配そうにファラが聞き返した。
先程、ベルルッティ侯爵やベルガモットのやり取りにおいてファラは、『帝国内における政治的な決定の流れを、レナルーテの元王女に話すのは軽率だ』という旨の発言をしている。
恐らくそれは彼女達の本心でもあったのだろう。
しかし、父上は小さく首を横に振った。
「今までの言動から、君達が信用できると判断したまでだ。それに、ファラはバルディア家に骨を埋める覚悟を固めてくれているのだろう。それであれば問題ない」
「うん、父上の言う通りだと思う」
「リッド様、お義父様。ありがとうございます」ファラは嬉しそうに頬を緩め、僕達に会釈する。
アスナも「姫様へのご配慮、感謝致します」と言って頭を下げた。
それから父上は、改めて僕とファラの婚姻が決まった経緯について語り始めた。
なお帝国はレナルーテと同盟を結び、裏では属国とする密約を締結しているけど、この点については二人に伏せたままで父上は話しを進めている。
レナルーテの王族と帝国の皇族もしくは次位の貴族との婚姻については、両国の関係をより強固なものにするべく、同盟を結んだ時から決まっていたそうだ。
そして、ファラが一定の年齢に近付いたことでレナルーテから、婚約もしくは婚姻の打診が親書によって帝国に届く。
皇帝は第二皇子である『キール・マグノリア』との婚姻を当初は検討したそうだが、中央貴族達からの反発を受け、この件に関してかなり揉めたそうだ。
特に同盟を結んでいるレナルーテの王族と、帝国の皇族が婚姻する是非が問われれたらしい。
「いずれわかることだが、帝国とレナルーテは同盟を結んでいても政治的な力関係は帝国が強い。それ故、中央貴族達は皇族の皇子という手札を出すのを渋ったのだ。王族のファラからすれば、辛い話かもしれんがな」
「そうですね……」と彼女は頷いた。
「一国の王女としては悔しいお話です。しかし、幸いそのおかげで私はリッド様の元に嫁ぐことができました。こう思ってはいけないのでしょうけど、個人的にはこれで良かったと存じます」ファラはそう言うと、熱っぽい眼差しをこちらに向ける。
「う、うん。僕もだよ」と相槌を打ったけど、同時に顔が熱くなるのを感じた。
そんなやり取りを目の当たりにして、父上は目を細め口元を緩めている。
「そうか。ならば良かった。……しかし、わかっていると思うが、この話をレナルーテにしてはならんぞ」続けて釘を刺すようにファラとアスナを鋭い目つきで父上は睨んだ。
彼女達が話すことがないとわかっていても、念のためということだろう。
ファラもその意図を察してか、臆さず「承知しております」と彼女達は同時に会釈する。
父上は頷くと「うむ、では話を続けよう」と言って説明を再開した。
帝国の皇族とレナルーテの王族による婚姻に関して、日々行われた会議の結果、『同盟を締結しているレナルーテの王族と帝国の皇族を婚姻させることの意義と価値は低い』という判断が下される。
そして、『次位に位置するどの貴族と婚姻させるか?』という議題に会議は移ったそうだ。
この時の候補のとして各公爵家、辺境伯家、侯爵家までが候補に挙がったらしい。
だけど、年齢差やすでに婚約が決まっている子息も多く、最終的な候補は『バルディア辺境伯家』もしくは『ジャンポール侯爵家』の二家に絞られたそうだ。
しかし、『ジャンポール侯爵家』とレナルーテの王族との婚姻に難色を一際示す者がいた。
なんとそれは、皇帝であるアーウィンと皇后のマチルダである。
二人は『革新派』の頂点に立つ、ジャンポール侯爵家が他国との繋がりを持ち、国内政治における影響力が強くなること危惧したらしい。
その結果、『保守派』の頂点である『エラセニーゼ公爵家』のバーンズ公爵へ両陛下は根回しを行い保守派の意見をまとめ革新派を抑え込み、僕とファラの婚姻を強引に決定したそうだ。
「ベルルッティ侯爵からすれば、リッドとファラの婚姻が強引に決定されたことは寝耳に水だっただろう。奴はファラを孫の妻とするべく、色々と動いていたらしいからな」父上はそう言うと、机の上に置いてある紅茶を手に取り一口飲んだ。
つまり、ベルルッティ侯爵は自身の政治的影響力を高める為、最初からファラと彼の孫を婚姻させるべく動いていたのだろう。
しかし、あと一歩のところで皇帝達が強引に僕とファラの婚姻を決めてしまった。
だけどこの話で気になるのは、ベルルッティ侯爵が政治的影響力を高める為とはいえ、何故孫の婚姻相手として『ファラ』を選んだのか。
普通に考えれば帝国内における政治力を高めるなら、皇族や公爵家との繋がりを作ったほうが早い気がする。
僕が考えに耽っていたら、「だから、ベルルッティ侯爵様は私が『孫の娘だったかもしれない』と仰せになったんですね」とファラが感慨深げに呟いた。
「うむ。奴からすればファラは『逃がした魚は大きい』という存在なのだろう。まぁ、私もリッドとファラの婚姻が決まったことを陛下から聞かされた時は、あまりに突然のことで驚いたものだ」
「そう言えば父上も、僕に教えてくれた時に『今回の帝都訪問で初めて知った』と仰っていましたもんね」僕が相槌を打つと、父上は「ああ、そんなこともお前に言っていたな」と呟き、残っていた紅茶を飲み干して机に置いた。
「さて、この話はこれで終わりだ。それに、決定に至るまでにどんな紆余曲折があったにせよ、お前達は帝国に置いて正式な夫婦となっている。誰に何を言われても胸を張り、堂々していれば問題ない。良いな」
僕が「はい、父上」と頷くと、「はい、お義父様」とファラも嬉しそうに頷いた。
それから程なくして、僕達はいよいよ皇帝に呼び出されるのであった。
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