第347話 貴族の洗礼

僕達は帝都にある屋敷から馬車で帝城に訪れると待合室に案内され、今は声が掛かるのを待っている状況だ。


室内では用意されていたソファーに父上、僕、ファラの三人が腰掛けており、アスナやディアナは傍に控えている。


そんな中、ファラが室内を見渡しながら呟いた。


「はわぁ……帝城はレナルーテとは全然違う造りですね」


「姫様の仰せの通り、帝国の建築技術が本国とは根本が違うのでしょう。帝都の町並みを見ると、改めてその大国ぶりに驚きます」


ファラの言葉にアスナが同意と合わせて、感嘆するように話している。


帝城は、豪華絢爛という言葉が合うような内装と外装が施されているからだろう。


恐らく、外国から来た要人を圧倒させ威圧させる目的もあると思われる。


そんな彼女達のやり取りに反応して、僕も声をかけた。


「そうだね。僕も初めて来たから帝都とこのお城の大きさに驚いているよ」


父上から話は聞いていたけど、帝都は人の行き交いも多く、商売が盛んで活気づいている。


それに、建物も立派なものが多い。


特に貴族街から帝城までに立ち並ぶ建物はかなり豪華な造りになっていたのが印象的だった。


僕はそう言うと、傍に控えてくれているディアナに視線を向ける。


「そう言えば、ディアナは帝都に来たことはあるんだっけ?」


「私はライナー様のお供で何度かはありますが、数える程度でございます」


彼女が会釈すると、父上が補足するよう僕達に向かって話始めた。


「バルディア騎士団に入団した者は、一人前になると一度は帝都に連れてきている。後は、その者の素行次第だな」


「素行次第……ですか?」


僕が首をひねると父上はおどけて仕草を見せる。


「帝都で何かあるとすぐに社交界で噂されるからな。騎士には剣術だけでなく言動も求められるというわけだ」


「なるほど……」


しかし、そうなると第二騎士団の皆は大丈夫だろうか。


何人か気になる子がいるような気もする。


相槌を打つと、父上が僕とファラを交互に見て話しを続けた。


「それはそうと二人共、興味があるのはわかるが両陛下の前ではキョロキョロするなよ。その辺りも、揚げ足取りをしてく奴らもいるからな」


「む……父上、さすがにその程度のことは僕やファラでもわかりますよ」


膨れ面で返事をすると、周りから『クスクス』という笑い声が響く。


そして、「ふふ、そうですね」とファラが相槌を打ったその時、部屋のドアがノックされた。


父上が返事をすると、兵士が入室して父上に視線を向ける。


「ライナー様。ベルルッティ・ジャンポール侯爵様がご挨拶したいと来られております」


「ベルルッティ侯爵……だと? わかった、すぐに通してくれ」


「承知しました」


兵士が部屋を退室すると、父上は眉間に皺を寄せる。


事前に習った情報だと、ベルルッティ・ジャンポール侯爵は帝国貴族の革新派と言われる派閥で頂点に立つ人物だ。


そんな人物が挨拶したいというのは何事だろうか。


僕とファラが顔を見合せ、少し顔を強張らせると父上が話しかけてきた。


「今からやってくるベルルッティ侯爵は、帝国貴族においてかなりの力を持っている。物腰は柔らかいが、その裏では何を考えているよくわからん。余計なことを言ったり、簡単に気を許すなよ」


「はい、承知しました」


僕達が頷いてから間もなく、部屋のドアがノックされ、父上が返事をすると身なりの良い男性二人が入室してきた。


一人は青い瞳と茶髪で五十路を超えていそうで、表情は柔らかく優しい。


もう一人は、水色の瞳で茶髪で父上と同じか少し年上ぐらいの男性だけど表情は少し硬く、怖い印象を相手に与えそうだ。


二人が部屋に入室すると、父上が立ち上がり出迎える。


「やぁ、ライナー殿。陛下にご挨拶する前にお邪魔して申し訳ない」


「とんでもないことでございます、ベルルッティ侯爵。それにベルガモット殿も、こうして話す機会はあまりなかったですな」


父上はベルルッティ侯爵と握手した後、もう一人の男性。ベルガモットにも手を差し出した。


「確かに、会議の場以外で貴殿と話す機会はあまりない故、珍しい場やも知れませんね」


ベルガモットはそう言うと、父上の差し出した手を握り握手を行う。


なんだろう、彼らからは何か牽制し合うような雰囲気が漂っている。


腹の探り合いという感じだろうか。


やがて、ベルルッティ侯爵は視線を僕達に向けた。


「ふむ。彼らがライナー殿の息子と、レナルーテ王国の第一王女であったファラ殿ですな」


「はい。お察しの通り、リッド・バルディアです。以後、お見知りおきをお願い致します。あと、私の妻となった……」


挨拶を行った僕は、そのまま紹介するようにファラに視線を向けた。


その意図にすぐに気付いた彼女は、ペコリと一礼する。


「この度、レナルーテ王国からバルディア家に嫁ぎました、ファラ・バルディアでございます。以後お見知りおきをお願いします」


彼女が口上を述べると、ベルルッティ侯爵は顎を手で満足そうにさすった。


「ほう……これはこれは、ご丁寧にありがとう。なるほど二人共、実に利発そうでよろしい。いやはや、今から将来が楽しみですなぁ。ライナー殿」


「ベルルッティ侯爵にそう言って頂けるとは、嬉しい限りです。とはいえ、まだまだ二人には学んでもらうことは山積みですがね」


会話の中で僕達に暖かい眼差しを向ける父上だけど、すぐに厳格で鋭い視線をベルルッティ侯爵に向けて尋ねた。


「……ところで、今日はどのようなご用件でしょうか」


「あぁ、まだ言っていなかったな。いやなに、リッド君は私の親しい友人だったエスターとトリスタンの孫だからね。こうして、直接会っておきたかったんだよ」


エスターは父方、トリスタンは母方、それぞれ僕の祖父にあたる人だ。


彼は父上に答えながら、優しくも怪しい光が宿る瞳で、品定めするような眼差しを僕に向けている。


目が合った瞬間、僕は背中にゾクッとした嫌なものを感じた。


やがて、彼はその視線をファラに移し、「それと、君にも一目会いたかったんだよ。ファラ王女」と呟いた。


「私……ですか?」


彼女が首をひねると、ベルルッティ侯爵は「うむ。君は場合によっては、私の孫の妻になっていたやもしれんからな」と答え、頬を緩める。


僕とファラが「え……⁉」と目を丸くすると、「おや、ライナー殿から聞いてなかったのかな?」と彼は話しを続けた。


しかし、渋面の父上が話を制止するように声を発する。


「ベルルッティ侯爵、それはすでに終わった話です。わざわざここでする必要はないでしょう」


すると、彼の隣に控えるベルガモットが首を軽く横に振ってから答えた。


「いやいや、ライナー殿。失礼ながら我らが終わった認識でも、他の貴族達はそう思うまい。それに、いずれ彼女の耳にも入ることだ。事前に伝えておいたほうが、心構えも出来ると言うもの。そうではないかな、ファラ王女殿」


ベルルッティ侯爵は何か言う気配ない。


むしろ、どう反応するか楽しむようにこちらを見ている。


しかし、ファラもその視線には気付いているようで深呼吸をすしてから微笑み、コクリと頷いた。


「そうですね。レナルーテ王国の元王女としては、どのような政治的な流れで私とリッド様の婚姻が決まったのか……非常に興味がございます。しかし、それを本当にこの場で私にお伝えしてよろしいのでしょうか」


「ほう……どういう意味かな」


反応したのはベルガモットだ。


ファラは彼を真っすぐに見据えつつ、片手で僕の手を力強く握った。


「私はリッド様の妻とはいえ、他国であるレナルーテ王国の元王女でございます。それに私と初対面となるお二人が、帝国内の重大な政治的判断を下した流れを軽々しく話すというは、些か軽率かつ安易な言動ではないかと存じます。……そうお考えにはなりませんか」


ベルルッティ侯爵とベルガモットは、年端もいかない少女から返されるとは思っていなかったらしく、目を白黒させた。


ここは攻め時だろう。


そう思った僕は、ファラの手を強く握り返した。


「ファラはすでにバルディア家の一員であり、正式に私の妻となっております。それ故、この場の話が外部に漏れるということは勿論あり得ません。しかし、私達以外にも『人』がいるこの場において、妻の言う通り安易にお話しすることではないと存じますが……如何でしょうか」


僕は言い終えると、ディアナやアスナを横目でチラリと一瞥する。


彼女達は、目を瞑りながら静かに会釈して畏まった。


その視線と彼女達の動作に、ベルルッティ侯爵とベルガモットの二人も気付いた様子で「なるほど……」と相槌を打つ。


やがて、ベルガモットが父上に視線を向ける。


「確かに、これは安易な言動だったようだ。ライナー殿、申し訳ない」


「いえ、構いません。しかし、この件については貴殿達から各貴族に触れることの無いようにお伝え下さい」


釘を刺すように呟くと、父上はギロリと鋭い眼差しを二人に向けた。


しかし、彼らは臆することなくむしろ楽しそうである。


やがて、ベルルッティ侯爵が悠然と頷いた。


「ふむ、承知した。私の周りにいる者達にもそのように申し伝えておこう。しかし、ファラ王女は実に素晴らしい資質をお持ちのようだ」


彼は不敵に笑いながらファラにゆっくりと近寄り、小声で呟いた。


「どうだろう、ファラ王女。良ければ今からでも、私の孫の元へ来ないかね」


あまりに失礼な言動に「な……⁉」と僕は憤りで体が震えた。


だけど、彼女はそんな僕を押さえるように手を力強く握る。


「ベルルッティ侯爵様。お言葉ですが私はすでにリッド様の妻であり、バルディア家の一員。骨を埋める覚悟でございます故、謹んでお断りいたします。それと、恐れながら少し悪ふざけが過ぎるかと」

毅然とした態度で対応するファラからキッと睨まれた彼は、途端に破願しておどけ始めた。


「ははは。いやいや、すまんすまん、単なる冗談だよ。これぐらいのことで感情を表に出しては、貴族社会で生き残れんのでな。まぁ、貴族からの洗礼というやつさ。年寄りのお節介だとでも思ってくれたまえ。では、そろそろ失礼しよう。では、ライナー殿。また陛下の御前でな」


ベルルッティ侯爵は満面の笑みで踵を返すと、部屋を退室するべくドアに向かって足を進めていく。


そんな中、僕は自分の怒りを抑えきれずに「少々、お待ちください」と声を荒げた。


ベルルッティ侯爵とベルガモットは足を止め、振り返り怪訝な眼差しをこちらに向ける。


しかし、僕はそれ以上に怒りを込めて睨みつけた。


「ベルルッティ侯爵とベルガモット殿。恐れながら、今回の件は些か失礼が過ぎましょう。それとも私とファラがまだ子供だからと、何を言っても許されると侮っておいでなのでしょうか」


「ふむ、冗談だと申したであろう。それに、侮ったというつもりは無かったがね」


余裕のある態度を崩さず答えるベルルッティ侯爵。


対して僕も一歩も引かずに、「だとしても私の妻に対して、『孫の妻になるかもしれなかった』と仰り。あまつさえ『孫の元へこい』などと、冗談でも許されることはではありません」と告げて怒りを露わにする。


このやり取りで、辺りには一瞬にして静寂と凍り着いたような緊張感が流れ始めた。


しかし、怪訝な面持ちを浮かべていたベルルッティ侯爵は、程なくして急に口元を緩める。


「さすがはエスターとトリスタンの孫だ、実に鋭くて良い目をしている。はは、そうでなくてはな。確かに私の悪ふざけが過ぎたようだ。ライナー殿、リッド君、ファラ王女、不快な思いをさせて申し訳なかった」


言うがいなや、ベルルッティ侯爵が僕達に向かって深く頭を下げて一礼すると、ベルガモットも続くように頭を下げる。


あまりにあっさり謝罪をする彼らに僕が唖然とすると、頭を上げたベルルッティ侯爵が父上に視線を向けた。


「ライナー殿。今回の件はこちらが全面的に悪い故、何かあれば言ってくれたまえ。私で出来ることは何でも力になろう」


「承知した。それから謝罪は受け入れますが、今後はこのような悪ふざけはご遠慮願いたく、これっきりにして頂きたい……二度目はありませんぞ」


「うむ。あぁ、それと言い忘れていた。貴殿達の行う懇親会には私の娘と孫も参加するつもり故、よろしくな。では、失礼する」


ベルルッティ侯爵とベルガモットは、言うだけ言うと笑いながら楽しそうに退室する。


それから程なくして部屋には静寂が訪れるが、ハッとした僕は凄い剣幕で父上に迫った。


「父上! なんですか、あの失礼な方々は⁉」


「だから言っただろう。何を考えているのかわからん奴だとな。恐らく、お前達を試す意図であのような物言いをわざとしてきたのだろう」


呆れ顔をしている父上に、納得出来ずに「そんなことが許されるんですか⁉」と僕が怒号をあげる。


しかし、父上は首を軽く横に振った。


「奴も言っていただろう。貴族社会の洗礼、冗談だとな。感情的になればなるほど、奴らに足元を掬われるぞ。それに、帝都とはこういうところなのだ。相手を怒らせ、失言を引き出すのも貴族達における常套手段である。奴らが何を持ってあのような物言いをするのかを常に考えなさい」


恐らく現状における僕やファラの沸点や切り返しなどの『対話力』や『頭の回転』を見極める為、彼らはわざと失礼な物言いをしてきた。


父上もそれがわかっていたから、そこまで事を荒立てるような言い方はしなかったのだろう。


理解は出来るけど得心が行かず、僕は「むぅ……」と口を尖らせた。


父上はそんな僕の顔を見て苦笑する。


「まぁ、そう仏頂面になるな。それに、お前が切った啖呵は中々良かったぞ。あの様子であれば今後、彼らがあのような物言いをしてくることはあるまい。それと、ファラ。君の受け答えも素晴らしかったぞ」


「とんでもないことでございます。突然の事で少し驚きはしましたが、この手のやり取りが多いと言う話はお義母様や母上から聞いておりましたから……でも、あの、リッド様」


話を振られた彼女は会釈して答えると、少し顔を赤らめて隣にいる僕に視線を移す。


問い掛けに「……うん? なんだい」と首を傾げて聞き返すと、彼女は嬉しそうに呟いた。


「怒って下さったこと、私はとても嬉しかったです」


僕は軽く首を横に振ると、彼女の両手を力強く握り「そんなの当たり前だよ。ファラは僕の妻なんだから、絶対に誰にも渡さないからね」と伝える。


ファラは「は、はい」とコクリと頷きながら、顔を赤らめて耳をパタパタと上下させるのであった。



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