第344話 ファラとリッドの約束

「……これから話すことはアスナやディアナ、父上や母上にも絶対に言わないでほしい。本当に僕達だけの秘密にすると約束してくれるかな」


僕はそう言うと、真っ直ぐにファラの瞳を見つめる。


今までより僕が真剣な雰囲気を出していることを察した様子の彼女だが、微笑みながら頷いた。


「畏まりました。今から伺うことは、一切他言致しません」


「ありがとう。実は前世の記憶の中にある疑似体験について、まだ父上を含めて誰にも話していない部分があるんだ……」


その後、真剣な面持ちを浮かべる彼女に改めて説明を始めた。


ちなみにファラに伝えた通り、前世の記憶と疑似体験に関して、その全容を僕はまだ誰にも詳細を話してはいない。


今回の話し合いのきっかけはヴァレリによる予想外の暴露が関わっているけど、ファラにはいずれ全てを話そうという考えは以前から持っていた。


その理由は様々あるけど、僕や父上に万が一のことがあった場合に備えるという部分が大きい。


バルディア家はマグノリア帝国と隣国の国境に接している領地……つまり『辺境』を任されている高位貴族の『辺境伯』だ。


当然、帝国と隣国の国境地点で何かあれば直接出向いて対処しなければならない立場であり、現場に赴くような事態となれば、僕も父上の隣にいる可能性が高い。


内容にもよるけど、隣国とのいざこざとなれば死者が出る事もある。


勿論、その場に居たとして僕は死ぬつもりもないし、父上が亡くなるようなことも事前に防ぐつもりだ。


でも、物事に絶対はなく、どうしても万が一ということはある。


僕や父上がもし戦死などするようなことがあれば、残されたバルディア家と領地を守れる存在は限られる。


仮に残された皆の中で、バルディア領を僕や父上の代わりが果たせるのは目の前にいる彼女……ファラしかいないだろう。


彼女はレナルーテ王国の元王女であり、バルディア家においては長男である僕の妻という立場だ。


もし、万が一のことが僕達にあったとしても、ファラが上手く立ち回ることが出来ればバルディア領を守ることができるだろう。


これは一番の最悪を想定した話になるけど、『そんなことは絶対に起きない』と保証はないし、考えないようにする方が危険だ。


『ヴァレリ・エラセニーゼ』と対面するまで、僕は自分以外に『前世の記憶』を持っている人物が他にもいるという考えが抜け落ちていた。


だからこそ、今できることはすべて行っていくべきと考えている。


そして何よりも妻となったファラには、ありのまますべてを伝えておきたい……僕はそう思いながら話を続けていく。


前世の記憶における今世の疑似体験においては、僕のせいで将来的にバルディア家が断罪されてしまったこと。


その一件に、『ヴァレリ・エラセニーゼ』も関わっていたことも伝えるが、ファラは何も言わず、ただ話を静かに聞いてくれている。


そんな彼女に、僕は記憶を取り戻してから未来に訪れるであろう断罪を回避する為、様々なことに取り組んでいたことも説明した。


結果、母上の延命に繋がったけど、今後はまだまだどうなるかわからない。


気付けば僕は、彼女に不安な気持ちを吐露しながら説明を行っていた。


だけど、うまく話しを切り上げることができない。


次から次へと、不安な気持ちが言葉に出てしまった気がする。


やがて、説明が終わると僕は俯きながら呟いた。


「……以上が、僕が前世の記憶にある今世の疑似体験の詳細になるかな」


話し終えてから少しの間を置いて、ファラがおもむろに立ち上がった。


そして、こちらに近寄り隣に腰かける。


彼女の行動の意図がわからず、戸惑いながら「ファラ、どうしたの?」と問い掛けた。


すると彼女は、微笑みながら僕の手を両手で優しく包み込むと、今度はそのまま祈るように目を瞑った。


「リッド様……一人で悩み、考え、抱え込むのは本当に大変だったでしょう。その重荷を、貴方の妻となる私にもどうか分けて下さい。それにどのような運命が待ち構えようとも、私はリッド様のお傍を離れません。どうか、ご安心ください」


優しい声と言葉に、僕は思わず感極まってしまい目頭が熱くなる。


また同時に、色んなことを考えていたけど、きっと僕はファラに話を聞いてほしかったのだろう、と心づいた。


それから間もなく、僕は頬を伝った涙を拭う。


「ありがとう、ファラ。今の言葉のおかげで心が軽くなったよ」


彼女は僕の言葉を聞くと目を瞑ったままでゆっくりと首を横に振った。


そして、目を開けるとこちらを優しい眼差しを向ける。


「とんでもないことでございます。ですが、これからはどうかお一人で悩みを抱え込まないで下さい。そうでないと、いつかリッド様のお心が壊れてしまいそうで怖いのです」


「ファラ……」


ふと気付けば彼女の瞳には、母上やエルティア義母様と同じように慈愛の灯が宿っており、その眼差しはとても暖かいものだった。


思わず見惚れてしまうが、すぐに返事をしなかったせいか程、なくしてファラは「それとも私では、お役に立てないでしょうか……?」と少しシュンとしてしまい、耳も下がってしまう。


その様子を見て、僕はおもむろに首を横に振った。


「……そんなことはないよ。さっきの言葉は凄く嬉しかった。それに、『断罪』について打ち明けたのは、それこそファラの力を借りたかったからなんだ」


彼女は僕の言葉を聞いてハッとして顔を上げると、「え……本当ですか」と呟き明るくパァっとした表情を浮かべた。


可愛らしい表情の変化を目の当たりにして、思わず口元が緩む。


「うん、勿論だよ。今後の為に、僕の知識や疑似体験については君にも知っておいて欲しい。そして、将来的に僕や父上に万が一のことがあった時は……君がバルディアを守って欲しい」


「……⁉ そんな不吉なことは仰らないで下さい」


どうやら思いがけない言葉だったらしく、ファラの目に心配の色が宿っている。


そんな彼女を安心させる為、僕はニコリと微笑みながらゆっくりと話を続けた。


「心配しなくても大丈夫だよ。勿論、僕は断罪回避をしてみせるし、父上に何かあれば必ず助けるつもりさ。でも、未来は誰にもわからないから『絶対』にないという思い込みは『絶対』に危険だと思うんだ。だから僕が何かあった時は、妻である君に託したい」


突然の話に彼女は驚きを隠せない様子だったけど、「妻である君に託したい」という言葉でハッとすると、そのまま思案するように目を瞑り俯いた。


僕が静かに答えを待っていると、程なくして深呼吸をしたファラが顔を上げる。


その目には先程までとは違い、決意の色が宿っていた。


「畏まりました。万が一の時はリッド様の妻として、バルディア領をお守りできるよう身命をとしましょう。しかし……一つお願いがございます」


「うん、なんだろう」


首を傾げて尋ねると、僕の手を彼女は両手で力強く握る。


そして、僕の瞳を真っすぐに見つめた。


「未来はリッド様の言う通り、誰にもわかりません。ですが、どんな困難が将来訪れても、『絶対』に私の元に帰ってくると……自身の命も粗末にしないと約束してほしいです」


ファラの凛とした言葉を聞いた時、何故かふいに母上から『命を粗末してはなりませんよ』、と言われたことを僕は思い出した。


きっとあの言葉には、彼女の言うように僕自身のことも含まれていたのだろう。


その事に気付かされた僕が「わかった……約束する」と頷くと、彼女の表情が嬉しそうに明るくなる。


「ありがとうございます、リッド様。約束ですからね。破ったら……」


「破ったら……?」


もったいぶる言い方に恐る恐る聞き返すと、ファラはニヤリと悪戯っ子のように可愛らしく微笑み、「嫌いになって、死んでも許してあげません」とおどけてみせる。


そんな彼女の言動に、僕は思わず相好を崩した。


「じゃあ、絶対に守らないといけないね。こんな素敵な奥さんに嫌われたら大変だ」


「……⁉」


率直な気持ちを言葉にしたところ、何やらファラの顔が真っ赤になってしまう。


その様子に僕が首を傾げていると、ファラはハッとして取り繕うように「コホン」咳払いをする。


「で、では、約束して頂けましたから、次の話に進みましょう。えっと、今後は何をどうしていくおつもりでしょうか」


「あ、そうだね。じゃあ、今後についてなんだけど……」


そう言うと、僕は新たに説明を始めるのであった。





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