第343話 秘密の共有
「リッド様、その『前世の記憶』というのは言葉通りの意味なのでしょうか」
「うん、そうだね。はは、簡単には信じられないと思うけどね」
ファラの問い掛けに僕が頷くと、彼女の隣に座るアスナが「なんと……」と目を白黒させている。
まぁ、当然の反応だよね。
僕だって、逆の立場なら同じように驚くと思う。
その時、部屋がノックされ「リッド様、紅茶をお持ち致しました」とディアナの声が部屋に聞こえてきた。
僕が返事をすると彼女は静かに入室する。
そして、僕達の前にある机の上にお願いしていた紅茶を置いてくれた。
「ありがとう、ディアナ」
「とんでもないことでございます」
ディアナは僕達に一礼すると、僕が腰掛けているソファーの後ろに控えた。
彼女が淹れてくれた紅茶を一口飲むと、改めて僕はファラとアスナに視線を向ける。
「じゃあ、一から説明するけど……ここで聞いたことは絶対に誰にも言わないと約束してくれるかな。勿論、エリアス王やエルティア様にも言っちゃだめだよ」
ファラとアスナは、互いに顔を見合せてからコクリと頷いた。
「承知しました。私はもうバルディア家の者ですから、リッド様の秘密は必ずお守り致します」
「私も姫様にお仕えしております故、一切他言致しません」
「ありがとう。じゃあ、早速なんだけど……」
その後、僕は『前世の記憶』について、思い出した時期、内容、今世の疑似体験を丁寧かつゆっくりと説明していく。
二人と出会った時には、前世の記憶をすでに取り戻していたこと。
そして、様々な行動を開始していた事を話すと、二人は驚くと同時に納得したような表情を浮かべる。
「なるほど。リッド様がレイシス様や私の御前試合で見せたあの強さにも、前世の記憶の部分も関係していたんですね」
「あはは……確かに前世の記憶を取り戻して以降、武術や勉強も積極的に学んでいたから少しズルかったかもね」
アスナの言葉に苦笑しながら答えていると、ファラが小さく首を横に振ると凛とした声を発した。
「リッド様、恐れながら『ズル』という表現は少し違うかと存じます。確かに前世の記憶を取り戻すことによって、様々な気付きがあったことは事実でしょう。しかし、気付いたとしてもそれを行動に移せるかどうかは別問題です。それに、どんなに才能という原石があっても磨き続けなければ意味がありません。御前試合でお見せになったあの強さは、リッド様ご自身のお力です」
彼女が言い終えると、アスナも同意するように頷いた。
「姫様の仰る通りです。武術は、前世の記憶があればどうにか出来るものではありません」
「二人共……はは、ありがとう」
彼女達の力強い言葉を聞いた僕は、思わず頬が緩んでしまった。
『前世の記憶』のことを話しても、こんな風に言ってくれる彼女達が傍にいてくれることはとても心強い。
そんなことを思いながら僕が答えると、間もなくファラがすっと会釈する。
「とんでもないことでございます。ところで、リッド様……」
「うん、なにかな?」
「その、よろしければ先程のお話にあった今世を『疑似体験』していた件について、もう少しお伺いしてもよろしいでしょうか」
「わかった。じゃあ、説明をするね」
問い掛けに頷くと、父上同様に今世を『疑似体験』していた事を伝えていく。
ちなみに疑似体験というのはゲームがないこの世界において、一番わかりやすく内容を伝えられる言葉として僕が選んだものだ。
そして、その疑似体験で得ていた知識によって母上の『魔力枯渇症』の症状悪化を遅延させる『魔力回復薬』と完治を目指す薬の開発に成功したことを話していく。
程なくして事の重大さを二人は改めて認識したらしく、顔色が青ざめてしまう。
魔力回復薬と魔力枯渇症の治療薬に関して、僕の前世の記憶が絡んでいたことを彼女達は知らなかったから、当然の反応かもしれないけどね。
やがて、説明を終えた僕は苦笑する。
「あはは……とまぁ、こんな感じで誰でにでも口外できることじゃないんだ」
「確かに、おいそれと話せる事ではありませんね。あ、でもちょっと待ってください……じゃあ、ヴァレリ様も前世の記憶からその知識をお持ちということでしょうか」
昼間の会話を思い出したらしく、ファラが目を丸くしながら尋ねてきたのでコクリと頷いた。
「そうなんだ。彼女の場合、記憶が鮮明じゃないと言っていたから僕のように活かすということはあまり出来ないみたいだけど、いつその記憶が戻るかわからない。だから、彼女からあった協力体勢の申し出を受けつつ、こちらとしては監視するつもりなんだ」
「監視ですか……あまり穏やかな感じがしませんね」
「姫様。恐れながらリッド様の前世の知識について説明を聞く限り、かなり高度な文明を築いていたはず。その知識が無暗に明かされ、悪用されれば世が乱れる可能性があるということでしょう」
恐々とするファラに、補足するようにアスナが説明をしてくれる。
「うん。アスナの言う通り『知識』は、必ずしも世界をより良くするとは限らない。残念だけど、必ず悪用する人が現れるだろうからね」
知識は使う者の用途によって、いつの時代でも善悪の判断が変わるものだ。
ヴァレリは正直、性格的に何をしでかすかわからない部分がある。
もし仮に、僕が『前世の記憶』を保持する人物がいる可能性に気付いた時、彼女のような行動をするか? と聞かれれば答えは『いいえ』だ。
前世の記憶を持っているからといって、必ずしも相手が善人かどうかはわからない。
僕ならもっと慎重に動くだろう。
だからこそ、彼女の『ときレラ!』を物語にして不特定多数に話してみるという行動は全くの予想外であり、故に僕も動揺してしまった。
そんなことをしでかす『ヴァレリ・エラセニーゼ』は、野放しにすればいずれ大変なことになってしまう……そんな気がしてならないというわけである。
その事を父上も理解してくれたからこそ、監視を了承してもらえたのだろう。
程なしくて、僕とアスナの話を聞いたファラが深呼吸をしてゆっくりと頷いた。
「そうですね……確かに、私の認識が足りなかったかも知れません。畏まりました、私もヴァレリ様の監視に協力させて頂きます」
「ありがとう。でも、監視方法は父上と相談するから、ファラはヴァレリと普通に女の子同士として仲良くなってもらえれば助かるかな」
昼間話した感じだと、ヴァレリは将来の不安に対してかなり精神的に疲れているように感じた。
そこから察するに、恐らく今のヴァレリに必要なのは心置きなく相談が出来る同性の友人ではないだろうか?
彼女は兄であるラティガに秘密を話しているみたいだけど、彼は今日まで半信半疑だったみたいだしね。
彼女なりに追い詰められて、冷静な判断が出来ずに暴走した可能性もある。
後は女の子同士でしか話せないこともあるだろうし、家族には話せない事もファラになら話してくれるかもしれない。
そう思って答えたところ、ファラは目を輝かせて力強く頷いた。
「はい、お任せください。ヴァレリ様と友好を築いて『無二の親友』となってみせます」
「う、うん。よろしくお願いするよ」
何やら彼女の発する並々ならぬ熱意に、僕は思わずたじろぎながら頷いた。
すると間もなく、アスナが「リッド様、あと他にもお伺いしてもよろしいでしょうか?」と尋ねてくる。
そしてその後もしばらく、ファラとアスナからの前世の記憶や疑似体験について質疑は続いた。
彼女達の質問の中には、答えられないものもあったけどね。
やがて二人からの質疑が途切れたところで、僕はあえて咳払いを行った。
「じゃあ、落ち着いたところでディアナ、アスナ。悪いけど、僕が良いと言うまでファラと二人きりにしてくれないかな」
突然のお願いに、ディアナとアスナがきょとんと首を傾げた。
しかし、すぐにファラが「畏まりました」と頷くと、アスナに視線を移して声をかける。
「アスナ、悪いけどリッド様の言う通り少し席を外してもらえますか」
「承知しました。では、部屋の外にてお待ちしております」
アスナはそう言うと、その場で立ち上がり僕達に一礼してから部屋を退室する。
ディアナも、僕とファラに向かって「私も部屋の外でお待ちしております」と、言葉を残すと一礼してから退室した。
二人が退室したことで部屋の中には、僕とファラだけとなり静寂が訪れる。
互いに顔を見合せると、少し気恥ずかしくなってしまう。
だけど、僕は意を決して声を改めて掛けるのであった。
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