第342話 三人での夕食
食堂に僕とファラが辿り着くと、そこにはすでに父上が何やら書類に目を通しながら待っていた。
「父上、もういらしていたんですね。遅くなり申し訳ありません」
「御義父様、お待たせしました」
「む、来たか」
僕達が声を掛けると、父上は書類を傍に控えていた執事のカルロに渡してこちら視線に移す。
「そういえば、先程何やら少し騒がしかったが……何かあったのか」
「え⁉ ええっと……」
どうやらファラの部屋を訪ねた時に、彼女が発動した魔法の音は屋敷中に響いていたらしい。
すでに事の次第を知っているのか、父上は少し笑っている気がする。
ふと隣にいるファラをチラリと一瞥すると、何やら恥ずかしそうに顔を赤らめて俯いていた。
「ふふ。まぁ、良い。大体の話はすでに聞いているからな」
「ち、父上……それは少し意地が悪いですよ」
ファラは父上の言葉に対して少し意外そうにするが、すぐにハッとして僕に続くように「お義父様……意地悪です」と言い返した。
しかし、そんな僕達に対して父上は楽し気だ。
「はは、すまんすまん。それより、早く夕食にしよう。お前達も早く席に着きなさい」
「はぁ……承知しました」
促されるまま僕達が椅子に腰かけると、程なくして夕食が運ばれてきた。
食事の内容は意外にも、バルディア領の屋敷と変わらないものが多い。
強いて言うなら、少しお肉が多い感じがするぐらいだろうか。
すると食事中、僕達が感じことを察してくれたのか父上が話し始める。
「……バルディア領と帝都にあるこの屋敷の食事内容はあまり変えないようにしている。もし、帝都主流の味付けが食べたい時は執事のカルロに伝えておくようにな」
「わかりました。ちなみに、父上。帝都主流の味付けってどんな感じなんですか」
「あ、それは私も気になります」
僕達が興味を示す反応を見るなり、父上はおどけた様子で首を横に振った。
「はは、興味を持つのは良いがあまりお勧めできんぞ」
父上はそう言うと、お勧めしない理由を説明してくれた。
何でも帝都には帝国内のあちこちから様々な食材が届くそうだが、同時に輸送も時間がかかるらしい。
その結果、食あたりを防ぐ意味でともかく焼いたり、湯でたりして濃ゆい味付けしたものが大半だそうだ。
確かに考えてみれば、馬車で遠方から食材を常温で持って来るとなれば、痛むのが早い物も当然多いだろう。
皇族や高位貴族になれば、食材を生きたまま帝都に輸送してきて屠殺する方法もあるらしい。
だけど、一般貴族までその方法を使えば、かなり輸送費とか人件費とか費用がかかりそうだから現実的ではないそうだ。
「……とまぁ、お勧めできん理由は以上だ。しかしそれ故、『懇親会』に出す料理を食べた中央貴族達の反応が今から楽しみだがな」
説明が終わると、父上は何やら不敵に笑い出している。
そんなに、帝都の料理は美味しくないのだろうか。
しかし、仮に父上の言う事がすべて事実だとしても、食べずに決めつけるのは良くない気がする。
それに木炭車による食材輸送も今後展開すべき事業内容の一つと考えているから、市場調査の意味でも一度は食べてみよう。
そう思いながら、僕は相槌を打ち答えた。
「なるほど……理由は承知しました。しかし、それでも一度は食べてみたい気がしますから、明日の朝に少しだけ帝都の料理を出してもらってもいいですか」
「そうですね。折角ですから私もお願いして良いでしょうか、御義父様」
どうやらファラも帝都の料理を実際に食べてみたかったらしく、僕に追随するように自身の胸の前で小さく挙手をしている。
「はは。良いぞ、食べてみたいというなら止めはせん。カルロ、リッドとファラの明日の朝食に出してやれ」
父上からそう言われた彼は「承知しました」と答え、その場で一礼している。
さて、どんな料理が出て来るのか少し怖いけど、明日の朝食が楽しみだな。
その後、皆で夕食を取りながら明日のことについても少し話す事になる。
この時、ファラが両陛下の御前に出る際の服装について父上に質問を投げかけた。
「ふむ……ファラの服装か」
「はい。僕はレナルーテの服装がファラに似合っているから今のままで良いと思うんですが、どうでしょうか」
父上は僕の話を聞いてゆっくりとファラに視線を向ける。
少し気恥ずかしそうにしていた彼女だが、真面目な面持ちとなり話始めた。
「その、私もリッド様にそう仰って頂きましたし、明日はレナルーテの衣装を身に纏いご挨拶しようと考えております」
「はは、そうか。ならば、それで良いのではないか」
彼女の真面目な雰囲気とは裏腹に、父上は頬を緩めて軽い感じで答えている。
その様子にファラがきょとんしながら「本当によろしいのでしょうか」と少し不安げに尋ねると、父上は「うむ」と頷き話しを続けた。
「確かに、明日は両陛下の御前に出る事にはなるが、そのようなことを気にする方々ではない。一部の中央貴族が裏で何か言うかもしれんが、何をしても陰口を言う奴らはいる。気にする必要もなかろう。それよりもファラとリッドが、一番自信を持てる衣装を着ていくことだ」
父上の力強い言葉に僕は頷くと、視線をファラに向けた。
「ですよね。ファラ、明日はやっぱりいつも通りレナルーテの衣装で良いと思う」
「はい……ありがとうございます」
彼女は僕達の言葉に聞いて、嬉しそう微笑むのであった。
その後、夕食を食べ終わった僕達はそれぞれの部屋に戻り、明日の準備を各々で整えることになる。
「よし……これで、良いかな。じゃあ、最後に一番大切なことを伝えないとね」
僕はそう呟くと、ディアナを部屋に呼び「ファラとアスナの二人に声を掛けてきてくれるかな」とお願いする。
彼女は「畏まりました」と一礼して、部屋を後にした。
まぁ、声を掛けてと言っても、彼女達がいるのは隣の部屋だから僕が声を掛けても良いんだけどね。
ただ、今日はさっきの一件があったから何となく止めておいた感じだ。
それから程なくして、部屋のドアがノックされ「リッド様、ファラ様とアスナ殿をお連れ致しました」というディアナの声が響く。
僕はすぐに返事をして皆に入室してもらうと、ファラとアスナにはソファーに座るよう促した。
二人を呼んで来てくれたディアナには、「申し訳ないけど、少し話が長くなると思うから、二人に紅茶を用意してもらえるかな」とお願いする。
彼女は「畏まりました」と言って、部屋を退室した。
僕は二人と机を挟んだ正面のソファーに腰かけると、深呼吸を行い意を決する。
「さてと……じゃあ、ヴァレリ達との会話の中に出てきた『前世の記憶』についてこれから説明するね」
こうして僕は、ファラとアスナに『前世の記憶』の事に関して話し始めるのであった。
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