第341話 リッド、ファラを呼びに行く

父上との話し合いや打ち合わせが終わり、ふと執務室の窓から外の景色に目を移すと辺りは少し

暗くなっていた。


僕は日が落ち始めていることに気付いて、父上に視線を戻して苦笑する。


「あはは……父上、少し話し込み過ぎましたね」


「む、そうだな。よし、そろそろ食堂で夕食にするか」


「畏まりました。では、僕はファラに声を掛けてきますね」


そう言ってソファーからスッと立ち上がると、父上がニヤリと笑みを溢す。


「ふふ、彼女が居る場所に向かうと言ったとたん、表情が少し明るくなったな」


「え⁉ そ、そんなことはありませんよ」


「はは。そう言う割には、顔が赤くなっているぞ。なぁ、ディアナ」


からかうように話す父上は、僕の後ろで控えていた彼女に向ける。


彼女は『やれやれ』といった様子を見せつつも、「ライナー様の仰せの通りでございます」と丁寧かつ淡々と答えた。


二人のやり取りに僕は「も、もういいでしょう。では、行って参ります」と無理やり切り上げて、執務室を退室すると執事のカルロを呼んだ。


そして、ファラが屋敷に用意された自室にいると聞いた僕は「ありがとう」と彼にお礼を伝え、真っ直ぐにその部屋へ向かった。


思ったよりも父上との話が合いが長くなってしまったから、申し訳ないな。


そう思いながら、僕は彼女がいる部屋に辿り着くとドアをノックして「ファラ、父上との打ち合わせが終わったよ。それから、父上が一緒に夕食にしようって」と声を掛けながらドアを開けた。


その時、ディアナから「リッド様⁉」と何故か驚きの声が挙がり、部屋の中にいるファラからは、「え、リッド様ですか⁉ 少しお待ち……」と慌てた声が返ってきた。


しかし時すでに遅く、ドアを開けた僕はファラの姿を見て固まってしまう。


どうやら彼女は、アスナやメイド達と着替え中だったらしい。


今のファラは普段身に着けている和服の下に着ているだろう、桃色の薄い襦袢だけを纏っている姿だった。


思いがけない出来事に茫然としていると、ファラが何かを堪えるように震え、俯きながら「……下さい」と何か小声で呟いた。


しかし、うまく聞き取れず僕は首を傾げる。


「えっと……ごめん。ファラ、いまなんて言ったの」


「部屋の外でお待ちください、と言ったんです……風爆波!」


どうやら彼女は怒りと恥ずかしさで震えていたらしく、僕の一言でそれが頂点になったらしい。


彼女は顔を赤らめながらそう言うと、僕に向かって右手を向ける。


その瞬間、突風がこちら向かって吹き荒れた。


言うまでもなく、ファラの魔法だ。


「え……ええぇええええ⁉」と、僕はたまらず声を出しながら突風によって部屋の外に吹き飛ばされてしまう。


同時に彼女の部屋のドアも、突風によって『バタン!』と強い音を立てながら閉じられてしまった。


しかし、魔法はちゃんと加減してくれていたらしく、僕は部屋の外の廊下で尻もちを着く程度で済んでいる。


一連の出来事に目を白黒させながら呆気に取られていると、ディアナが呆れた様子で呟いた。


「リッド様。いくらファラ様が奥様になったとは言え、いきなり部屋の中に入るのはよろしくないかと存じます」


「そうだね。僕の配慮が足りなかったよ。ファラが部屋から出てきたら、心から謝ろう……」


僕はディアナに答えると、ガクンとその場で項垂れるのであった。



その後、着替えを終えて部屋から出てきたファラに、僕は頭を下げた。


「ファラ、さっきは急に部屋に入ってごめんね」


「い、いえ、私も気が動転して魔法を放ってしまい、申し訳ありませんでした」


彼女も慌てて魔法を僕に放ってしまったことを謝られ、互いに次から気を付けようという話で落ち着いた。


その時の周りの皆やディアナとアスナは『やれやれ』と言った感じで、少し呆れていたけどね。


何となく気恥ずかしさを感じながら、食堂に一緒に向かう途中で僕はふと問い掛ける。


「そういえば、ファラはどうして……その着替えをしていたのかな」


「あ、それはですね。両陛下に挨拶する前に、改めてどの服でいくべきかを確認していたんです。こちらにいるお屋敷の皆様にも色々と意見を聞いてみたかったので……」


彼女はそう言うと、自信なさげに俯いてしまう。


なるほど、と僕は相槌を打った。


ファラの場合、陛下の御前に出るということにはレナルーテの使者であり、人質という役割も兼ねている。


しかし、ファラは書類上ではすでに僕の妻となっていたはずだ。


だから、帝国かレナルーテの衣装のどちらにすべきか、彼女としては思うところがあるのだろう。


話しながら足を進める中、僕はファラに思うままに感じたことを伝えた。


「そうだったんだね。でも、普段からファラが着ているレナルーテの衣装で良いんじゃないかな。バルディア家に嫁いだからと言って、全てを帝国に合わせる必要もないしね」


「嬉しいお言葉、ありがとうございます。でも、本当にそれで問題ないでしょうか」


こちらにお礼を言いつつも、彼女は心配そうな表情を浮かべている。


ここまで心配する理由は彼女の言動がレナルーテ、バルディア家、帝国の皇族や貴族と言った部分に、どうしても多少関わってしまうからだろう。


心配する気持ちは凄くわかるけど、一番の問題は衣装ではない。


きっと、ファラが自信を持って対応できるかどうかという部分のはずだ。


それなら、普段から身に着けている衣装で行くべきだろう。


僕は一旦その場で足を止めて振り返り、ファラの瞳を見つめてニコリと微笑んだ。


「大切なのは、衣装じゃなくて心持さ。それにファラがどんな衣装を身に纏っても、僕にとっては世界で一番可愛くて綺麗な女の子だよ。だから、ファラは自分にもっと自信を持てば大丈夫」


「えぇ……あの、あの……はい……ありがとうございます。でもそっか、リッド様は私の事をそんな風に想って……えへへ」


ファラは少し顔を赤らめながらも、どこか凄く嬉しそうに笑みを浮かべてくれている。


うん、これで大丈夫そうだね。


そう思いながら周りにふと目を移すと、ディアナとアスナが何やら呆気に取られている。


「二人共、どうしたの」


「いえ……リッド様は相変わらずだと思ったまでです」


「はい。いつも通り、ご馳走様です」


彼女達の答えの意図が良くわからずに首を傾げていると、アスナが「ふふ」と笑みを溢しながらファラに話しかけた。


「姫様。リッド様もこのように仰せですから、両陛下への挨拶にはレナルーテの衣装で良いのではないでしょうか」


「あ、そ、そうですね。では、夕食の時に御義父様にもそのようにお伝えしましょう」


彼女の言葉に頷くファラに、先程のような心配の色はない。


僕は笑みを溢しながら会話に参加する。


「ふふ、良かった。じゃあ、食堂に急ごうか」


「はい、リッド様」


その後、皆で足早に食堂に向かう中、僕は「そういえば……」と呟きファラに気になっていたことを尋ねる。


「さっきファラが僕に放った『魔法』だけど、凄く威力と狙いが調整が出来てたね。あれって、どうやったの?」


そう実は、彼女が放った魔法は『僕を部屋の中から吹き飛ばす程度』に威力が丁度良く抑えられていた。


あんな調整を簡単にするのは、実はかなり難しい。


それなのに、ファラはその場でやってのけたので実はそのことにも内心驚いていたのだ。


彼女は僕の問い掛けに、きょとんした後「クスクス」と笑みを溢す。


「ふふ、実は最近のことですけど、レナルーテに居た時にも良く部屋にいきなり入って来る人がいたんです」


「え……⁉」


思わぬ答えに、僕が驚いて目を丸くするとファラは楽し気に答えた。


「あはは、そんなに驚かなくてもリッド様もご存じの兄上です」


「あ、なるほど……レイシス兄さんか」


確かに、彼ならやりそうな気がする。


そんなことを思っていると、ファラが笑みを浮かべて語ってくれた。


何でも、レイシスは基本的にはノックをしてから部屋に入ってくるそうだが、気分が高揚している時はいきなりやって来ることが多かったらしい。


また、そんな時に限って間の悪いことが多く、ファラの怒りを密かに良く買っていたそうだ。


やがて、ファラが魔法を使えるようになったある日のこと。


彼女が何度もやらかす彼に対してカッとなった拍子に魔法を発動。


レイシスを吹き飛ばして大騒ぎになったそうだ。


それ以降、威力を調整した『風爆波』をファラは編み出して、レイシスに使うようになったらしい。


「な、なるほど。そんなことがあったんだね」


「ふふ、初めて放った時は威力の調整がまだできていませんでした。だから、兄上がかなり吹き飛んで大変だったんですよ」


ドヤ顔で楽しそうなファラの言葉に「そ、そうなんだ」と相槌を打ちつつ、絶対に次から返事を確認してからドアを開けようと、僕は心に誓うのであった。




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