第331話 帝国の派閥
父上に中央貴族達から、僕が『優良物件』として見られている……と言われた僕とファラは唖然としていた。
そんな僕達に、父上は少しうんざりした様子で話し始める。
「言葉のままの意味だ。お前が帝都に行く事を知った一部の中央貴族達から、この機に『縁』を結びたいという申し出がすでに何件か来ている。この機に顔合わせだけでも……とな」
「え、えぇええええ⁉」
あまりに予想外の話に、思わず声を挙げてしまう。
すると、僕の隣に座っているファラは目を白黒させてから感嘆した様子で呟いた。
「はわぁ、リッド様は中央貴族達の方からも引く手あまたなんですね……」
「いやいや、そういう問題じゃないよ。というか、父上がレナルーテで行われた懇親会でその手の話はすべて断っていると仰っていたじゃありませんか。それに、帝国では貴族同士での勝手な婚姻や側室は認められないと伺っております。それなのに、何故そのような申し出が中央貴族の方達からあるんですか」
彼女の言葉に首を横に振ると、僕はまくし立てるように問い掛けた。
「だから言っただろう、『優良物件』として見られているとな」
父上は、それからゆっくりと説明をしてくれた。
僕の場合は『他国の王女』と婚姻している為、帝国貴族の令嬢を側室として迎えることが必要だと判断されれば、認められる可能性は通常よりも高いと考えられているらしい。
さらに、最近のバルディア家は化粧水やリンスにより帝都での存在感を強くしている。
その上、『懐中時計』や『木炭車』の開発に成功した事も一部の貴族の間では知られており、バルディア家の注目度はうなぎ登りだと言う。
ただ、さすがに僕が様々な開発に関わっているという情報までは知られておらず、あくまでもバルディア家と縁を結びたいということらしい。
そして、父上は渋い顔を浮かべた。
「だがな、一番の問題はお前を通じてバルディア家を各々が派閥に取り込もうという動きだ」
「派閥……ですか」
また思いがけない話が出てきて、僕は目を白黒させた。
「うむ。帝国における政治派閥は主にバーンズ公爵を中心とした『保守派』、ベルルッティ侯爵を中心とした『革新派』、そしてそのどちらにも属さない『中立派』による『三竦みの構図』で成り立っている。まぁ、教国トーガの教えに心酔している者達の集まりもあるが、あれは派閥とまでは言えんな。どちらかと言えば、どの派閥からも異端視もしくは危険視されている感じだ」
「なるほど……先程の話から察するに、僕達バルディア家は『中立派』ということでしょうか」
中央貴族達が僕を通じてバルディア家を取り込もうということであれば、そう言う事だろうと思い答えると、父上はゆっくりと頷いた。
「その通りだ。特に帝国内において軍事力に長けていると言われる、バルディア家とケルヴィン家の両家は古くから『中立派』としての立場を取っている。これは、言わずもがな軍事力を持つ両家がどちらかの派閥に傾倒すれば、極端な話で言えば帝国が西と東に別れてしまい、最悪は内紛に繋がる可能性もあるからだ」
父上の話を聞いて、何やら不穏なものを感じて背筋に軽い悪寒が走った。
前世の記憶において、僕が断罪される要因の一つに派閥争いがあったはずだ。
もしかしたら、悪役令嬢は『保守派』か『革新派』のどちらかに傾倒していたのではなかろうか。
そこに、古くから中立を守っていたバルディア家の子息である僕が参加してしまい、国内政治のバランスが狂いかねない状況を生み出した……となれば、僕が断罪された一番の理由ってまさか内紛を煽った『国家反逆罪』的な何かだったとか? はは、いやまさかね。
少し考えが飛躍し過ぎているかもしれないな。
そう思い、僕が考えを打ち消すように首を軽く横に振っていると、ファラがおもむろに話始めた。
「私も帝国の『保守派』と『革新派』について、レナルーテで母上から教わりました。確か帝国が激しい領土争いの末に今の形になった時、国内整備を優先すべきという保守派と、帝国が大陸を先導する為に、隣国に攻めべきという『革新派』で揉めたと聞きます。その時の皇帝が、国内整備を優先すると決めたことで帝国は『保守派』が強くなった伺いました。しかし、昨今では帝国が大陸の全民族を先導すべきという『革新派』の主張は、国力増強とあわせて年々強くなっているとか」
流暢に帝国内の政治状況を述べるファラの言動に、僕と父上は目を丸くする。
程なくして、父上が感心した表情を浮かべた。
「うむ、その認識で間違いない。さすがは元レナルーテの王女だな。リッド、この辺りの知識についてはお前よりファラの方が詳しいかもしれん。この件で私やガルンに頼れない状況で困った時は、彼女を頼りなさい」
「承知しました。ファラ、いざという時はよろしくね」
「は、はい。お役に立てて光栄です」
彼女は僕と父上から視線を向けられたことで、少し照れた様子を見せながら、耳を少し上下に動かしている。
父上はファラを見て、一瞬微笑むがすぐに厳格な面持ち戻った。
「それから、『中立』の立場を取ってはいるが、ケルヴィン家はどちらかと言えば『革新派』。バルディア家は『保守派』だ」
「え……それは、意外ですね。軍事力を持ち中立の立場であるはずのケルヴィン家は『革新派』に近いんですか」
バルディア家と同等の軍事力を持つというケルヴィン家が『革新派』に近いなら、思った以上に帝国の国内情勢は危ういのではないだろうか。
そんな疑問が浮かび、問い掛けると父上は難しい顔を見せる。
「む、少しわかりにくかったな。ケルヴィン家が支持をしているのは『革新派』の言う軍事力の増強、維持についてだ。これについては、辺境の立場からバルディア家も賛同している。『保守派』は防衛が出来れば良いと、軍事予算を削れと毎度言って来るからな」
「なるほど……」
確かに、国内に目を向けている『保守派』からすれば『軍事予算』の必要性は感じにくいのかもしれない。
僕が納得した様子で頷くと、父上は少しおどけて話を続けた。
「『保守派』と『革新派』どちらもそれぞれに良し悪しがあるということだ。いずれ、お前もその場に立つことになる。この機会に覚悟しておくんだな」
「あはは……」
確かに僕の立場上、いずれ帝都に行って政治にも参加する必要は出て来るはずだ。
保守派と革新派の人達に囲まれる中立のバルディア家。
今から考えるだけでも、大変そう。
その時、ふとある疑問が浮かんだ僕は父上に尋ねた。
「ところで父上。もし……その、バルディア家がどちらかの『派閥』に傾倒したらどのようなことが考えられるでしょうか」
「そうだな……もしそんなことになれば、先程も言った通り帝国は長期的に見て『東西』に別れ最悪の場合、『内紛』になる可能性があるな。それに『革新派』の主張が通ることになれば、周辺国との戦争も有り得るだろう。また『保守派』が『革新派』を内紛で打ち破ったとしても、国力低下と混乱は避けられん。結果、周辺国が帝国に攻め入る隙になり大陸は荒れるやもしれんな」
父上はそう言うと、今度は首を静かに横に振った。
「しかし、そんなことになれば内紛を起こしたきっかけを起こした貴族として、バルディア家は『断罪』されかねん。はは、まぁ、あり得ん話だがな」
「そ、そうですよね……」
父上は楽し気に話すがこの時、僕は『ときレラ!』において断罪された理由は恐らくこれだ! と確信めいたものを今度は感じていた。
恐らく僕がさっき考えたことが、ほぼ当たりなのではないだろうか。
前世の記憶にあるゲームに出てきた悪役令嬢の派閥は、『革新派』や『保守派』と繋がっていたのだろう。
つまり、僕はどちらの派閥に属してもいけない……その先の未来に待っているのは恐らく『断罪』という名の破滅だ。
父上、母上、メル、ファラ、それにバルディア家に仕えてくれている皆と領民。
それらを守る為にも、下手なことは一切できない。
改めて、帝都に潜む恐ろしさを感じた僕に額に冷や汗が滲む。
すると、ファラが心配そうな表情で尋ねてきた。
「リッド様、何か顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」
彼女の声が聞こえると同時に、ある閃きが生まれた。
そうだ、僕には妻であるファラがいるじゃないか。
元からすべて断るつもりだったけど、彼女さえいれば様々な派閥から縁談があっても丁重に断ることができる。
そんなことを考えていると、「リッド様……?」とファラが心配そうに首を傾げてこちらを覗き込んだ。
彼女の顔が間近に迫る中、僕は慌てて答えた。
「え、う、うん。大丈夫だよ。それよりも、ファラ」
「はい、なんでしょうか?」
きょとんとするファラに向き合うと、僕は彼女の手を力強く握り勢いのままに告げた。
「僕は君一筋なんだ。だから、安心して欲しい」
「へ……⁉ は、はい、ありがとう……ございます」
その瞬間、ファラは顔を真っ赤にして耳をパタパタとさせながら俯いてしまう。
すると、僕の言動に驚いたのか、アスナやディアナ、父上までもが目を丸くしてしまった。
僕がハッとすると同時に、父上が「ゴホン」と咳払いをする。
「お熱いのは構わんが、中央貴族や貴族令嬢達の申し出を断る時は、失礼のないようにな」
「は、はい、承知しました」
僕は顔が熱く火照るのを感じながら、父上の言葉に頷いた。
その様子を後ろで控えながら一部始終みていたアスナとディアナの失笑が聞こえたような気がする……多分、気のせいだろう。
一方、ファラは顔を赤らめたまま、耳を上下させ嬉し恥ずかしそうに俯いている。
程なくして父上がまた咳払いを行い、厳格な表情に加え雰囲気を醸し出す。
「さてと、次は帝都で行う『懇親会』の内容についてだな」
「畏まりました」
その後も父上、僕、ファラの三人で帝都に行く件について話合いを続けるのであった。
◇
その日、帝都で一際大きな屋敷であるベルルッティ・ジャンポール侯爵邸の執務室に、サラッとした白金色の長髪が美しく、澄んだ藍色の瞳を持った少女が呼び出された。
彼女は、執務室に入ると部屋の奥に座るベルルッティ侯爵へ一礼する。
「お呼びでしょうか。御義父様」
「うむ。待っていたぞ、マローネ。実は今度、帝都にあるバルディア家の屋敷において懇親会が開かれるそうだ。その場には、お前と同い年のバルディア家の長子リッド・バルディア君も顔を見せるらしい。親睦を兼ねて孫のベルゼリアとお前を連れて行こうと思ってな」
彼は手に持っていた書類を机の上に置いて、好々爺らしい笑みを浮かべる。
しかし、マローネは表情を崩さずに答えた。
「承知しました。では、御義父様とベルゼリア兄様のお役に立てるよう尽力させて頂きます」
「うむ、お前は孫のベルゼリアと違い優秀だからな。期待しているぞ……この意味がわかるな?」
「勿論でございます」
透き通った声で淀みなく答えるマローネに、ベルルッティ侯爵は目を細めた。
「さすが、私の愛しい娘だ。頼もしいかぎりだよ、マローネ。では、忙しい所を呼び出して悪かったな」
「とんでもないことでございます。御義父様の呼び出し以上に、大切なことなどございません。では、私はこれにて失礼致します」
彼女はベルルッティ侯爵に丁寧に一礼すると、執務室を後にする。
そして、部屋に一人残った彼は満足気に呟いた。
「ふふ、やはりマローネは素晴らしい逸材だな。しかし、リッド・バルディア君ねぇ。今は亡きエスターとトリスタンの孫にして、ライナーの息子か。ふふ、今から会うのが楽しみだな」
彼はそう言うと机の上に置いた書類を手に取り、事務仕事を再開するのであった。
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タイトル:一、二巻口絵(閲覧用)
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タイトル:247話時点キャラクター相関図
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