第332話 閑話・獣人族と『初恋泥棒』

ファラとリッドの二人が鉢巻戦を行い、第二騎士団の宿舎で様々な子達と歓談を行う。


それから、リッドとファラが去った後のこと。


第二騎士団の宿舎は普段と違い、どんよりとした雰囲気が漂っていた。


その原因は、主に獣人族の女の子の多くがため息は吐いたり、俯いたり、ショックを受けていり、ともかく青色吐息の状況なのだ。


また、兎人族のオヴェリア、猫人族のミア、狼人族のシェリルなどの活発的な子達は訓練場に行き、なにやら一心不乱に模擬戦を行っている。


そんな状況の中で、宿舎のロビーにいた狐人族のラガードがノワールに首を傾げながら尋ねた。


「なぁ、ノワール。なんで宿舎の雰囲気がこんなにいつもと、違うんだろ」


「……ラガード、少し鈍いですよ」


「え、なんでさ」


彼女の言葉にポカンとした面持ちを浮かべるラガードに、ノワールは「はぁ……」とため息を吐いた。


すると、近くにいた漆黒の長髪と瞳をした馬人族の少年がラガードの疑問に答える。


「お前は、ノワールにしか目が向かないから気付かんのだ」


「なんだよ、第二分隊隊長のゲディングじゃないか。話しかけてくるなんて珍しいな。でも、さっきの言葉どういう意味だよ」


ゲディングはラガードの返事に呆れた様子でやれやれと首を横に振った。


「そのまんまの意味だよ、お前とノワールは仲良しだからな」


ノワールは彼から向けられた視線に対して、ニコリと笑った。


「ふふ、そういうゲディングさんも同族のマリスさんにしか目が向かないじゃないですか」


「……マリスの話はしていないだろう」


思いがけない返事だったらしく、ゲディングは決まり悪い顔を浮かべていた。


そんな二人の様子に、ラガードはポカンとしている。


彼らの会話を聞きつけたのか、兎人族の少年達がやってきた。


「はは、面白そうな話をしているね」


「折角だし、俺達も混ぜてくれよ」


「なんだ、今度は特務機関のラムルとディリックか。告げ口は止めてくれよ」


ラガードは兎人族の二人を見て、少し嫌そうな面持ちを見せる。


しかし、これはラムルとディリックに対してというよりも、二人が所属している特務機関が情報収取をする組織である為だ。


二人もそれがわかっているのだろう。特に嫌顔はせず、おどけて話を続けた。


「当然さ。僕達の集める情報の中に、人の恋路は含まれないよ。ね、ディリック」


「まぁな。命令が無い限り、人の色恋沙汰になんか関わりたくはないな」


「人の恋路……色恋沙汰……? あ、女の子達がどんよりしているのってひょっとしてリッド様が結婚したからか」


兎人族の二人の話を聞いて、ようやくラガードが気付いてハッとする。


そんな彼にノワールは呆れた表情を浮かべた。


「はぁ、ようやく気付いたんですね。リッド様は獣人族の女の子から見てもとても魅力ですし、何より私達を救って下さった方です。。皆さん、立場上は無理だと思っていても恋心を密かに抱いていたんだと思います」


「そ、そうなのか……。じゃ、じゃあ、やっぱりノワールもそうなのか……?」


ラガードはそう言うと、彼女の瞳を見つめて真剣な表情を浮かべた。


ノワールは向けられた真っすぐな瞳にたじろぎつつ、顔を赤らめる。


「え、えっと。私もリッド様に感謝はしていますけど……その私にはラガードがいますから……」


「……あ、ご、ごめん⁉ 変な事聞いた。でも、そっか、えへへ」


狐人族の二人の様子に、周りいた面々は呆れた面持ちを浮かべた。


やがて、兎人族のラムルがふと思い出したように話始める。


「そういえば、君達みたいに仲良しな子達と言えば、牛人族のトルーバとベルカランもいたね」


「あぁ、あの二人も仲良しだよな」


ラムルの言葉に同意するように答えたのはディリックだ。


二人はその後、ロビーを見渡す。


そして、仲良く楽しそうに話している牛人族のトルーバとベルカランの二人を遠目に見つめた。


彼らも、ラムル達の視線に気付いたらしくその場を立ってこちらの一団の元にやってきた。


「なんだい、分隊長がこんなに集まって……何かあったのかな」


「楽しそうですねぇ。私達もお話に混ぜてもらってもいいですかぁ?」


トルーバは牛人族にしては少し小柄だが、逆にベルカランは女の子ながらに大柄だ。


そんな二人に、馬人族のゲディングが答えた。


「いや何、宿舎の雰囲気が少しどんよりしている件について話していただけだ」


「あぁ、なるほどぉ。私にはトルーバちゃんがいますけど、他の皆さんはリッド様に恋していましたもんねぇ」


ぱぁっと明るい表情を浮かべて楽しそうに話すベルカランに、その場にいた皆は少し顔を引きつらせる。


すると、トルーバが嫌そうな面持ちで呟いた。


「ベル……『ちゃん』づけは止めてくれっていつも言っているだろう」


「あらあら、そうでした。うふふ、ごめんなさいねぇ」


牛人族の二人が見せるやり取りに、皆は一様に苦笑する。


やがて、ベルカランは改めてロビーを見回すと、トルーバを後ろから抱きしめながら呟いた。


「ふふ、それにしてもぉ、リッド様は無自覚に色々するお方だから面白いですよねぇ」


「ん、どういうこと意味だい。ベル」


質問されたベルカランはニヤリと笑い、さも楽しそうに話し始める。


「リッド様は無自覚のまま皆に初めての恋を教えたのに、当のご本人は他の方と婚姻。そして、その方を皆に紹介したんですよぉ。見方次第ではとんでもない『初恋泥棒』……罪作りですよねぇ。まぁ、私にはトルーバちゃんがいるから関係ないんですけど、うふふ」


『初恋泥棒』という言葉に、この場にいる獣人族の男の子達は何とも言えない表情を浮かべた後、ロビーを見回した。


そして、あちこちから聞こえて来る青色吐息に『やれやれ』と首を横に振る。


すると、トルーバがまたベルカランに対して不満げに言った。


「ベル、何度も言うけど『ちゃん』付けは止めてくれ」


「あらあら、ごめんなさいねぇ」


彼の言葉に謝りながらも、ベルカランは楽しそうに微笑んでいる。


そんな二人に呆れた表情を浮かべるラガードだったがその時、視線の先に彼と同じ狐人族のトナージと猿人族のトールが居る事に気付き、声を掛けた。


彼らはラガードの声に反応すると、こちらにやってくる。


「ラガードさん、呼びましたか? というか、分隊長の皆さんがこんなに集まってどうしたんですか」


「本当だな。はは、第二騎士団の精鋭が集まって悪だくみでもしているのか」


首を傾げて話すトナージに対して、トールはおどけた様子でラガードに問い掛ける。


「悪巧みって……たまたま集まって雑談しているだけさ。それに、トナージとトールだって開発工房の副隊長だろ」


「はは、悪い悪い。そう怒るなって」


トールはおどけながらそう言うと、ラガードの背後に回り込んで両肩に手を置いて揉み始めた。


「あはは、止めろって、くすぐったいだろ」


二人のやり取り、その場にいる皆から笑い声がこぼれる。


そんな中、馬人族のゲディングがトナージに話しかけた。


「ところで、開発工房の二人がここにいるのは珍しいな。今日は工房に行かなくていいのか」


「あ、はい。今日はエレンさんとアレックスさんから開発部はお休みという連絡をもらってます。でも、何だか落ち着かなくてトールさんと今後の開発に関して色々話していたんですよ」


楽しそう話すトナージの言葉に、トールが笑みを浮かべて頷いた。


「開発部は納期があると、ずっと工房に籠りっぱなしになるからな。こういう時じゃないと、ゆっくり話せないんだよ。ラガード、ノワール、お前達も狐人族なんだから腕はあるんだろう。今の護衛任務が嫌になったらいつでも開発部に来いよな」


「はは、その時はよろしく頼むよ」


ラガードは彼の言葉に頷き答えるが、ノワールは少し複雑な面持ちを浮かべた。


そんな二人の様子を見たトルーバが、ふと思い出したように問い掛ける。


「そういえば、なんでラガードとノワールは開発工房じゃなくて陸上隊を志願したんだ。まぁ、鉢巻戦で見せた『燐火の灯』だっけ? あれは凄かったけど」


「確かに、言われればそうですねぇ。何か深い理由でもあるんですかぁ?」


ベルカランも首を傾げながら同意する反応を見せるのをきっかけに、この場にいる皆の視線がラガードとノワールに集まった。


間もなく、ラガードは慌てた様子を見せる。


「そ、そんなこと気にしなくていいだろ。それに、俺達が陸上隊に所属することはリッド様も認めているんだからさ」


彼がそう言うとの同時に、ロビーに豪快な声が響き渡る。


どうやら、野外で自主訓練をしていた者達が戻って来たらしい。


「カルア⁉ 熊公てめぇ、さっきまた手加減しただろ。本気で付き合えって言っただろうが!」


「……オヴェリア。私とお前が本気でぶつかり合ったら、どちらかが怪我をしかねん。無理に決まっているだろう」


兎人族のオヴェリアに突っかかれているのは、熊人族のカルアだ。


彼は、呆れた様子で首を横に振っている。


そんな二人の様子に、側に居た猫人族のミアが笑みを溢す。


「はは、オヴェリア。カルアに負けたの根に持ってやんの」


「止めなさい、ミア。今のオヴェリアを刺激すると大変ですよ」


彼女の声がオヴェリアに聞こえないように諭しているのは、狼人族のシェリルである。


そんな彼女に同意するように近くに居た、猫人族の少女が頷いた。


「そうですよ、ミアさん。オヴェリアさんは暴れると手に負えません」


「なんだよ、スキャラ。お前、ワン公の肩を持つのか」


ミアはそう言うと、挑発するようにシェリルに視線を向ける。


その仕草にカッとなったシェリルが怒号を響かせた。


「誰が、ワン公ですか! このドラ猫!」


「はは、やんのかぁ。ワン公」


外で自主練を行っていた一団が戻って来た事で、ロビーは瞬く間に喧噪に包まれる。


そんな一団を見ながら、ラガードは呆れて呟いた。


「はぁ、オヴェリア達は相変わらずだぁ」


「あらぁ、ラガードにはそう見えるんですかぁ? ふふ、まだまだですねぇ。ねぇ、ノワール」


「え、あ、はい。そうですね」


ベルカランとノワールのやり取りに、その場に居たラムル、ディリック、ゲディング以外の獣人族の男の子達は一様に首を傾げる。


その時、ロビーにダークエルフのカペラが馬人族のアリスとディオ、鼠人族のサルビアを引きつれて姿を現した。


同時にロビーに響いていた喧騒は瞬く間に収まり、緊張感が漂い始める。


「陸上隊の各分隊長は副隊長と合わせて、明日の朝一で大会議室に集合してください。それから、お休みとは言えあまりバカ騒ぎをしないように……よろしいですね」


「承知しました」


ロビーにいた獣人族の子達は、カペラの言葉にすぐ反応して一礼する。


「では、アリス、ディオ。サルビア。情報伝達は任せましたよ」


「……はい」


何故かカペラの言葉に対して、アリス、ディオ、サルビアは不服そうに頷いた。


そして、カペラはそのまま宿舎の執務室に向かい、ロビーを後にする。


彼の姿が見えなくなると、獣人族の子達は緊張から解放されあちこちからため息が溢れた。


「ビビったぁ。カペラの旦那はいつも急に現れるから、心臓に悪いんだよなぁ」


「それには、俺も同意するぜ」


オヴェリアの言葉にミアが頷いたその時、今度はロビーに明るい声が響き渡った。


すると、その場にいた全員がハッとして声が聞こえた場所を注目する。


しかし、そこに居たのは満面の笑みを浮かべたアリア姉妹達だった。


「皆、ただいまぁ! って……あれ、何かあったの」


「……何だか、大注目浴びてる」


「これは、間が悪かった感じですかね」


彼女達を見た獣人族の子供達は、ホッとして胸を撫で降ろす。


その様子に、アリア達姉妹はきょとんとするのであった。


その頃、執務室に戻ったカペラは、部屋の奥にある机に座って書類に目を通しているダークエルフに声をかけた。


「カペラさん、言われた通りにしてきましたよ」


「そうですか。それはご苦労様でした。ダン君」


会話が終わると同時に、執務室に入ってきたカペラはみるみるうちに姿が変わる。


そして、その場に現れたのは狸人族で化け術が得意の『ダン』だった。


彼は変身を解くと、怨めしげにカペラに話しかける。


「はぁ、それにしても潜入や化術の訓練とはいえカペラさんに化けてオヴェリア達の喧噪を押さえろ……なんて、バレたらどうなるか恐ろしくて堪りませんよ」


カペラは手元の書類から彼に視線を移す。


そして、書類を机の上に置くとおもむろに答えた。


「その緊張感が良い訓練になるのです。念の為、護衛にアリス、ディオ、サルビアをつけていましたし、それに貴方達はスリルがお好きなのでしょう?」


「確かに、楽しくないと言えば嘘になりますけどね」


「その意気です。これからも頼みましたよ」


「はぁ……承知しました」


ダンは疲れ切った面持ちでそう言うと、執務室を後にする。


そんな彼を笑顔で見送ると、カペラは再度書類に目を通し始めた。


「ふむ。リッド様は今回の帝都訪問に、第二騎士団から分隊長を数名連れて行く御意向ですか。ならば、もう少し礼儀作法を叩き込まないといけませんね」


カペラはそう言いながら、淡々と書類に目を通していくのであった。


なおこの日以降、しばらく獣人族の女の子達の間でリッドのことを『初恋泥棒』と呼ぶのが密かに流行ったらしい。


しかし、当の本人はその事を知る由もなかった。



「へっくしょん!」


「リッド様、大丈夫ですか?」


くしゃみに反応して、ファラが心配そうにこちらをのぞき込んでいる。


僕は鼻をすすりながら、笑みを浮かべて頷いた。


「うん、大丈夫だよ。何だか急にね。はは、誰かが僕の噂でもしているのかもしれないね」


「そうですか? ふふ、それなら良いんですけどね」


きょとんとした後、頬を緩ませるファラはとても可愛い。


僕は彼女を見て、思った事を素直に口にする。


「はは、心配してくれてありがとう。それにしても、ファラって笑うと本当に可愛いよね」


「え……あの、はい。ありがとうございます」


彼女は顔を赤らめながらそう言うと、耳を上下にパタパタさせながら嬉し恥ずかしそうに俯いてしまった。


うん、やっぱり可愛い。


そんなことを思っていると、僕の後ろに控えていたディアナがボソッと呟いた。


「リッド様は、本当に無自覚で罪作りなお方ですね……いっそ、ルーベンスにリッド様の爪の垢でも煎じて飲ませてみるのも良いかもしれません」


「え、ディアナ、僕の爪がどうかした? 伸びてはないと思うけど……」


僕はそう言いながら、自分の爪をジッと見つめた。


うん、伸びてはいない。


すると、ディアナは首を横に振った。


「いえ、何でもございません」


「そう? それなら、良いんだけど……」


ディアナとの会話が終わり、ファラに視線を戻すと何故か彼女は可愛らしく頬を膨らませていた。


「ど、どうしたの」


「むぅ……確かにリッド様の無自覚は素敵ですが、帝都では危険かもしれませんから注意してくださいね」


良くわからいけど、少し怒られているらしい。


僕は戸惑いつつ、相槌を打ちながら答えた。


「う、うん? 僕はファラが可愛いと思ったから、その気持ちを素直に口にしただけなんだけど、何か駄目だったかな」


「へ……⁉ うぅ、駄目じゃないですけど……やっぱり危険です」


「え……?」


ファラの言葉の意図がわからず、僕はポカンとして首を傾げた。


程なくして、彼女の後ろに控えていたアスナが小声で「毎度、ご馳走様です」と呟いていた。


どういうことだろう……?




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