第262話 狸人族の種族魔法
バルディア第二騎士団所属辺境特務機関を設立する為に、僕は集まってもらった子達に選別した理由を告げていく。
「特務機関において、『情報収集』を行う役は狸人族。それと、ここにはいないけど『鼠人族』の皆にお願いする予定なんだ。だけど、兎人族のラムルとディリック、馬人族のアリスとディオ。君達には、戦闘力の高さと冷静な部分をより磨いてもらう。そして、『情報収集』に応じて活動する『実行部隊』を率いて欲しい」
「実行部隊……ですか」
ラムルが怪訝な顔をして答え、名前を呼ばれた他の子達は顔を見合せている。
そんな彼らに僕は微笑んだ。
「ふふ、そんなに難しい話じゃないさ。言葉通りだよ。狸人族を中心に情報を集めてもらって、鼠人族が精査、確認作業を行う。そして、実行部隊がその情報を元に活動する。ただ、『実行部隊』は戦闘力だけじゃない。冷静な判断力とか色々と問われるからね。訓練を行う中で、君達がまず選別されたというわけさ」
特務機関は『情報収集』『情報精査』『実行』という三つの基本方針を元に動いてもらう。
しかし、三つの項目を「一人」で行うのは流石に難しい。
その為、各部族で専門的に特化できる子達を選別して、それぞれに仕事を割り振ることにしたのだ。
僕の言葉を聞いたラムルは怪訝な表情を崩さず、考える素振りをみせてから呟いた。
「戦闘力以上に、判断力などの総合力が問われた結果、僕達が集められたということですね。しかし、そうなると『狸人族』の彼らがここに呼ばれた理由はなんでしょうか」
「まぁ、それは顔合わせというところかな。実行部隊となる君達と情報収集を行う狸人族の子達は、良く顔を合わせるだろうし、必要に応じて一緒に動くこともあるだろうからね。後は、狸人族の子達の『種族魔法』もこの機に君達には知っておいて欲しいんだ。ダン、お願いしてもいいかな」
ラムルにある程度話し終えると、狸人族のダンに僕は視線を向ける。
ダンは、視線に反応してニコリと微笑み会釈を行うと僕に答えた。
「承知しました」
そして、この場にいる皆が見やすい位置に移動すると不敵な笑みを浮かべる。
「それでは……狸人族の種族魔法、とくとご覧あれ」
狸人族のダンが呟くと同時に、彼の体が黒い霧のような魔力に包まれていく。
僕、カペラ、ディアナはすでに見ているので驚かないが、その異様な光景にラムル達は少し驚きの表情を浮かべているようだ。
やがて、ダンは全身黒い霧に覆われ姿が見えなくなるが、それは一瞬であり、すぐに黒い霧は晴れていく。
完全に霧が晴れ、姿を見せたダンの様子にラムル達は驚愕の表情を浮かべた。
何故なら、現れた姿は『ダン』ではなく『ディアナ』だったからだ。
ラムル達が驚くのも無理はない。
僕達も最初に見せられた時は、驚愕せざるを得なかった。
唖然としている子供達の中、馬人族のアリスが言葉を絞り出す。
「な……なんですか。その姿……」
「あはは。どう驚いた⁉ 狸人族のダン……改め、『ダン・ディアナ』です。よろしくねぇ」
皆が驚くのも無理はない。
ダンは、狸人族の種族魔法、『化術』にて自身の姿を『ディアナ』そっくりに変化させて、可愛らしい感じのポーズを取っている。
もっとも、ディアナ本人は良い顔をしていないけどね。
この場にいる皆に、僕は改めて狸人族のダンが見せた『化術』について説明を行った。
狸人族の彼らが、こんな種族魔法を持っていることを僕達が知ったのは鉢巻戦の後になる。
ダン達が、カペラを通じて僕に見せたい『種族魔法』がある、と話を持ってきたのだ。
当然、『種族魔法』と聞いて僕が放っておくはずはなく、すぐに彼らに見せてもらうことになった。
それが、彼らの『種族魔法』である『化術』だったというわけだ。
ちなみにその時、彼らが化けて見せたのは他の獣人族の子供達だった。
驚いた僕が「何故、鉢巻戦で使わなかったのか?」と尋ねると彼らは、ニヤリと笑った。
「ふふ、この『化術』は安易に人に見せるものではありません。それに、狸人族は謀、陰謀、秘密、騙し合いが大好きな性分なんです。きっと、リッド様はそんな世界を僕達に提供してくれる存在だと、すぐに感じました。だからこそ、あの場ではなくいまお見せしたんです」
「……なるほどね。ふふ、わかった。じゃあ君達の望み通り陰謀渦巻く世界を僕が提供しよう」
この時、ディアナが『化術』を危険視して、特務機関に彼らを所属させることを反対する。
だけど、『情報収集』における優位性と様々な利点を考えた結果、カペラが彼らの管理と教育を徹底することで最終的にはディアナも渋々ながらも納得してくれた。
事の次第を父上に伝えた時は、「スライムのクッキーだけでも、緘口令を敷く内容だと言うのに……まさか、狸人族がそのような『種族魔法』を持っているとはな。狸人族に対して評価を改めねばならん……」と頭を抱えていたなぁ。
ダン達曰く『化術』も万能ではないらしく、彼ら並みに扱えるようになるには相当の鍛錬が必要になるそうだ。
他にも化ける相手と体格が違うと、その分魔力で体を覆う必要性が出てくる。
結果、精密な変化が難しく、長時間での利用も難しくなるらしい。
ちなみに、『種族魔法』の『化術』は狐人族も使えるそうだが、狸人族ほど上手くは扱えない上に最近は廃れているそうだ。
「……というわけさ。大体わかったかな」
僕の説明があらかた終わると、馬人族のアリスが何とも言えない表情で答える。
「はぁ……なるほど。しかし、魔力で体を覆ったと言っても何かの拍子にバレたりしないんですか?」
彼女は答えながら、ディアナの姿に化けているダンに訝しい視線を向けた。
すると、狸人族のダンはディアナの顔でムッとした表情を浮かべて、アリスに近寄ると目の前にサッと腕を差し出す。
「この腕を触ってみろ、馬娘のアリス。僕の『化術』がいかに素晴らしいものかわかるから」
「な、なんですか。藪から棒に……」
ダンの突然の言動に困惑するアリスだったが、恐る恐るディアナに化けているダンの腕を触り少し驚いた面持ちで呟いた。
「触れるし、柔らかい……本当に人の腕みたい」
アリスの言葉に勝ち誇ったような笑みをディアナ姿のままに浮かべたダンは、もう一度僕達全員が見えやすい場所に移動する。
「ふふ、そうだろう。狸人族でも、僕達は札付きの化け狸と恐れられた兄弟なんだ。この程度の化術は、序の口さ。もっと凄いものを見せてあげよう……僕達の日々の研究成果をね‼」
彼は悦に入った様子でディアナ姿のままニヤリと笑みを浮かべると、両手でメイド服の上を開けた。
その瞬間、服の下から『胸』がさらけ出される。
思いもよらない出来事に、僕を含んだ男性陣は目が点になった後「ゴホゴホ⁉」と咳込んだ。
しかし、瞬時にディアナが彼を取り押さえ、流れるように床にうつ伏せに組み伏す。
彼女は、そのまま途轍もなく冷酷に言葉を吐き捨てた。
「貴様……私の姿のまま、何を不埒な事をしてくれている。どうやら、死にたいようですね」
「あ、あははは……い、嫌だな。ディアナさん、冗談ですよ、冗談。狸人族のお遊びです」
今、僕達の目の前では、ディアナがディアナ姿のダンを取り押さえているという、実に不思議な光景が広がっている。
そんな中、先程のダンが発した言葉で一つ気になることがあり、僕は問い掛けた。
「ちなみに、ダン。さっき言っていた『日々の研究成果』ってどういうこと」
「ああ、それはですね。宿舎には温泉があるじゃないですか。だから、女の子に化けて色んな子達の体を見て『化術』の為に研究しているんですよ。だから、ディアナさんの胸もね。かなり、そっくりぃいいいいいい⁉」
狸人族のダンは楽しげに語っていたが、途中でディアナが彼を締め上げた。
「ほう……随分と聞き捨てならないことを口走りましたね。アリス、ラムル。ザブとロウも取り押さえなさい‼」
ディアナの言葉にハッとしたアリスとラムルは即座に、ダンの弟であるザブとロウを取り押さえる。
狸人族の二人は驚きの表情を浮かべた。
「ぼ、僕達は知らないよ。ダン兄さんが勝手にしているだけだよ」
「なんだと、ザブ……お前、裏切るのか⁉」
ザブの言葉に、ダンがディアナ姿のままで声を荒げる。
声もディアナそっくりなので何ともいえない光景だ。
続けて狸人族のロウも声を張り上げる。
「ザブ兄さんの言う通りだよ。僕達は関係ない」
「ロォウゥウウウウウウ⁉ お前もかぁああああ‼」
しかし、彼らのやり取りに耳を貸す様子もないディアナは、真っ黒なオーラを発しながら呟いた。
「貴様達の茶番劇なぞ……この場に信じる者がいるわけがないでしょう。さぁ、ゆっくりとお話を聞かせて頂きますよ。リッド様、特務機関発足における顔合わせ、説明はもうよろしいでしょうか」
「あぁー……うん、そうだね。今日はこの辺で、後はまた今度にしようか」
彼女は笑顔を見せているが、雰囲気は怒りに染まり真っ黒だ。
それに、ザブを取り押さえている馬人族のアリスも怒りの表情を浮かべている。
ロウを押さえている兎人族のラムルは呆れ顔だ。
答えを聞いたディアナは、僕にニコリと微笑む。
「畏まりました。では、私はこの不届き者達を『教育』して参ります。カペラさん、貴方にも監督責任がありますから、着いてきて頂きますよ」
「え……私もですか? わかりました。では、お供いたします」
こうして、狸人族のダン、ザブ、ロウの三つ子はディアナ達に連れられ、室内訓練場の奥にある部屋に連行されていくことになる。
その間、ダンはディアナに許しを乞うよう叫んでいた。
「そ、そんな……胸なんてただの脂肪、言ってしまえば飾りじゃないですか。見られても何もかわりませんって、それに僕は『化術』で好きな顔になれて、胸の大きさも変幻自在なんですよ? だから、女性の裸に対して何にも思っていません。研究対象として見ていただけです‼」
「黙れ、小童‼」
ダンの暴言に切れた様子のディアナは、言葉を吐き捨てながら彼の鳩尾に拳をめり込ませた。
その瞬間「ごばぁあああ‼」と、彼は断末魔を上げる。
一連の出来事を見ていた僕は、苦笑しながら「特務機関……本当に大丈夫かな」と、少し先行き不安になるのであった。
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タイトル:書籍化のお知らせ&表紙と情報の公開!!
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閲覧には注意してください。
https://kakuyomu.jp/users/MIZUNA0432/news/16817330647516571740
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