第13話

神殿に足を踏み入れると、内部も色鮮やかではあったが、外観よりも落ち着いた色合いで温かみがあった。

入り口には一人の司祭様が待っていてくれて、部屋へと案内してくれた。

通路には人がほとんどおらず、静かなものだった。きっと誰にも会わないよう、配慮がなされているのだろう。


司祭様の後を両親が、その後を私達が着いて行くと、比較的小さな部屋に案内された。

その部屋は礼拝室のようで、正面に祭壇と十席ほどの椅子がある。

その椅子には先に来ていたのだろう、アーサーとその両親でもあるクレメント公爵夫妻が待っていた。私としては、結婚式以来の再会である。

私達を見て公爵夫妻は立ち上がり、深々と頭を下げた。

私達よりも格上で、遡れば自国の王女や他国の王女が降嫁した事もある、由緒正しい家柄。

いきなり頭を下げられ狼狽える私だったけれど、両親とレン兄様は穏やかに対応している。

きっと私が寝込んでいる間、このようなやり取りが何度もあった事が窺える。

前もって話していたのか、私が帽子をかぶっていても誰一人として咎める人もいない。

そう、全て周到な根回しの上での今日と言う日なのだ。

私に対しての謝罪もただ「申し訳なかった」で済ませてもらっている。

どんなに言葉を尽くされても、全ては起きてしまった事。無かった事には出来ない。

それに、正直な所、彼等とはもう関わりたくない気持ちの方が大きくて、さっさと手続きを済ませて帰りたいのだ。

その旨も公爵家には伝えてもらっている。


挨拶も終わり、司教様が来るまで椅子に座り待つことに。

この事件の元凶でもあるアーサーは、私を見た瞬間、公爵夫婦以上に深々と頭を下げていた。

そして、若干痩せたようではあるが顔色も良く、健康そうだった。

この離縁が成立すれば、廃嫡され市井に放逐されると言うが、公爵家で何らかの手を回しているのかもしれない。

もう関係ないからどうでもいいんだけどね。

シィン・・・とした室内の雰囲気は正直な所居心地が悪かったけれど、両親とレン兄様に挟まれる様に座っていたのと、レン兄様がずっと手を握ってくれていたので、思ったほど苦にはならなかった。

そしてさほど待つことなく司教様が来られた。

本来であれば案内してくれた司祭様が取り仕切ってもいいのだが、王家にも劣らない血筋の公爵家と、愛人による殺人未遂というスキャンダルで騒がれている二人である。

聖職に就いているからと言って、皆が口が堅い訳ではない。

よってクレメント公爵家より、兎に角信頼できる人間で最小限の接触で済むよう依頼していたらしい。


それがまさか司教様がくるとは・・・まぁ、教皇様が出て来たら反対に、別の意味で大事になりそうだけど・・・


気を取り直し、まずは離縁の手続きを始めた。

先にアーサーが署名し、続いて私が署名する。

それを確認した司教様は「これで離縁は成立しました」と静かに宣言。

そしてもう一枚の用紙を出し、机に広げた。

―――婚姻届けである。

私の心臓が一つ大きく跳ねる。

レン兄様が署名するその手をじっと見つめる。

記入し終えたレン兄様に「はい」とペンを渡された。

私はドキドキしながら名前を書く。

離縁届の時には何の感情も生まれなかったし、名前を書き終わった瞬間、ほっとした事くらいだ。

だけど、大好きな人と結婚できるこの瞬間に緊張して、文字がちょっとだけ揺れているのは許してほしい。


「これで婚姻は成立しました。この若く未熟な夫婦に、神のご加護があらん事を」


何処か優し気な笑みをと祝福を残し、司教様は部屋を出ていった。


もう、嬉しくて幸せを噛みしめていると、クレメント公爵が私の前に立った。

「アリスティア嬢。ご結婚おめでとうございます。―――謝罪の言葉はもういらないと言われていますが・・・・直接謝罪させて頂きたい。我が愚息が本当に申し訳なかった。

そして、どうかレンフォード殿と末永くお幸せに」

とても簡潔に祝福と謝罪を述べると、夫妻は深々と頭を下げた。

アーサーはというと、もの言いたげな顔はしているが唇を引き締め、習う様に頭を下げた。

今更謝罪を口にしたところで、彼の言葉は軽すぎる。


私が困った様に両親とレン兄様を見ると、レン兄様がそっと私の帽子に手をかけた。

一気に視界が明るくなる。

明るくなった視界にはいつくしむ様なレン兄様の顔が映り、自然と口元が緩んでいく。

するとザワリと空気が動いたのが分かった。

どうしたのかと、公爵家の人達を見れば驚愕したような表情で私を凝視していた。

「ア・・アリスティア嬢・・・が、笑って・・・・」

あぁ・・・そうか、無表情しか知らないものね。


呆然とする公爵夫妻の後ろには、クズ夫が顔を真っ赤にし驚愕した様に口を大きく開けて立っている。

私は彼に視線を移しにっこりと微笑んでやった。

すると、これまで一度も向けられる事の無かった、何かに心奪われたかのような熱い眼差しを向けてきた。


今更そんな目を向けてきても、遅いっての。気持ち悪い・・・


心の中で吐き捨て、そしてレン兄様を見上げれば、私を勇気づけるように肩を抱き寄せてくれる。

私が代理も立てずに神殿に来たのは、『思いっきり笑ってみせなさい』と言われたから。

だから私は、遠慮することなくこの思いを言葉にするのだ。

「ご無沙汰しております。お元気そうで何よりですわ」

公爵家で監禁されているとはいえ単に外に出られないだけで、普段と変わらない生活をしているんだろうし。

「貴方様の大切な方からの攻撃で生死の境を彷徨う事となりましたが、結果的にこの様に人並みの表情が戻ったようです」

愛人契約と言う名の雇用をしているのなら、それを管理するのが雇用主の務めよね。

なのにやりたい放題させておくなんて、貴方にも責任はあるのよ。

なんせこの事件の元凶は、貴方なんだもの。

「もしあの時命が尽きていれば、無表情の下に隠れた感情をくみ取られる事無く、辛く苦しい日々の思い出しか抱けず、貴方様に憎悪の念を向けながら死んでいったことでしょう」

今でもあの時アリスティアが感じた絶望感、悲愴感は消えることなく私の中に存在している。

第三者として映画館で見ていた時とはまた違い、が体験した事なのだと。


「本来の自分を取り戻し、忘れていた感情も取り戻しました。そして、本当に愛する人と結ばれ共に未来を歩む事が出来る。今はその喜びが大きいのです」

あの事件はとても陰湿で、誰も救われる事の無い出来事だった。

―――でも、だからこそ心振るわせるほどの喜びと幸せが、過去を悲惨ではなく憫然びんぜんたる出来事に昇華させてしまったのだ。

「過去に起きた事はもう過去なのです。決して消せる事はできなくても、その事すら笑って話せるだろう未来が私には待っているのです」

そう、家族とレン兄様と喜びに満ちた幸せな未来が待っている。


―――だから・・・・

「改めてお礼申し上げます。私を殺してくれて、ありがとうございます」


許す許さない、そんな感情すら湧かないほど、どうでもいい存在。

ならば、満面の笑みと共にお礼を言いましょう。


私はこれから幸せになるのだから。

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私を殺してくれて、ありがとう ひとみん @kuzukohime

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