謎のまま

 昨日と同じく、ほとんど放心のまま家の扉を開けて中に入る。

 

 これじゃあなにからなにまで再放送だと。そうはわかっていながらも、思考に割きたい領域はパンクして碌に働こうとしてくれない。

 いや、もしかしたら昨日より酷いかもしれない。

 何故なら昨日抱えてしまった謎は解けたものの、困惑と不安はより大きくなって胸を占め続けているのだから。


「んー? お帰りあーくん!」

「……姉貴か、いたんだ」


 扉を開けた音でも聞こえたのか、リビングから笑顔を覗かせた姉。

 ……なんだ、もう帰ってきてたのか。てっきり今日までサークルの合宿だと思っていたよ。


「いたんだとか酷くない? あーくん自慢の姉ですよー?」


 頬を膨らませた姉はとことこと近づいてきて、ぴょんと跳ねてこちらに飛びついてくる。

 突然の襲撃だが、最早慣れたもの。何ら動じることなく、向かってくる小さな体を落とさぬように抱きしめる。

 ……相も変わらず起伏のない小さい成りだ。公園にいたら小学生と見間違えそうだ。


「えへへー。あーくん補給あーくん補給ぅ……」

「……はあっ」


 いつものことながら、訳の分からないことを言って臭いを嗅いでくる姉に辟易する。

 異性だというのに、彼女の──春見桜かすみさくら時と違って、もうまったく緊張することながない。

 女ではなく犬的と戯れる気分。ペットを飼ったことはないけれど、いたらこんな感じで接するんだろうな。


「──なんか変な臭いする。あーくんってば変なもの抱いたりした?」

「……知らないし邪魔。部屋行くからどいて」

「えーちょっと!? あーくんー!?」


 鬱陶しい駄姉を床に置いて、自室へ向かう階段を上がっていく。

 何かやかましいけど無視だ無視。構っても煩いし構わなくても面倒臭い、いつもどおりの姉で逆に安心するよ。


 少し冷静になれたことだけは感謝しながら、部屋に入って部屋着に着替えていく。

 布団に飛び込むにしてもまずは楽な格好になりたい。こんな固くて動きにくい服装、リア充が青春の足しにするか成年共の欲を満たすための材料で十分だ。


「……はあぁっ」


 ぱっぱと着替えを終え、先ほどよりも深くため息を吐きながら布団にダイブ。 

 ふわっふわとは言いがたいが、床や教室の机よりは断然に心地良い感触。

 だがちょっとだけ湿り気があるように感じる。……そろそろ干し頃かもしれないな。


 明日の予定を早速決めながら瞼を閉じ、そのまま夢の世界に潜ろうとする。

 どうせ考えたって欠片も答えなんて出やしない。せっかく課題もないんだし、この瞬間を愉しく過ごせれば今はそれでもーまんたいってねぇ……。


 段々と微睡んでいく意識。抗いがたき睡魔の調べ。

 ──それら全てを断ち切り目を覚ましてきたのは、突如として画面の付いた液晶だった。


「……消さなかったっけ……?」


 瞼を擦りながら、ゆっくりと立ち上がり椅子に座って画面を眺める。

 基本的にスリープモードにはせずシャットダウンしているのだが、昨日はそうではなかったか。

 ……いや、ちゃんと消したはずだ。今日ほどではないにしろ、それでもぼーっとしていたから断言は出来ないが、落としてから寝た記憶がないわけではないからな。


 ……じゃあなんで付いてんだろ。ただの勘違いか、それとも姉のいたずらか?


 付いている画面に開かれているのはインターネットのトップページ。特別操作された画面やらリンクを踏んで飛ばされた詐欺サイトではなく、ごく普通な最初の画面。

 ただの消し忘れだと早々に結論づけ、パソコンを落として再度仮眠に勤しもうとマウスを握る。


 ──そのときだった。欠片もいじってないページが動き、いきなり何かを読み込み始めたのは。


「──やべっ」


 うかつにも何かに触れてしまったか。そんなことはないと思いつつも、すぐにウィンドウを閉じようと×印をクリックする。

 動かない。二度クリックしても動かない、何度マウスを押してもページが閉じることはない。


 やばい、やばいやばいやばい──!!

 とんでもなくやばいウイルスでも入ってしまったか。それとも見当も付かないほど危ない現象にでも陥ってしまったか。

 赤だの青だといった、パソコンにおける終了のお知らせが出てきてしまうのではないかと恐怖する。

 暑いわけでもなくせに滴り落ちる冷や汗。心臓がばくばくと、初恋より酷い鼓動を鳴らしながら、動かない画面がどうなってしまうのかと唾を飲みこむ。


 ……落ち着け、今はとにかく待ってみよう。

 本格的に焦るのは次の画面を見てからでも遅くない。最悪初期化してしまえば、それで大体は解決するはずだ。


 震えが止まらずより一層力の入る手を、画面に出ているカーソルは忠実に表わしている。

 ぶるぶる、ぶるぶると。微量の地震に身を潜めている時のよう。

 それでも抑えようともせず、次に備えて画面を凝視することに重点を注ぎ続ける。


 そして、緊迫の限りを尽くした体感一時間。

 現実には何分か何秒か定かではないけれど、とにかくそれくらい長く感じるほど待ち続けた。

 そして画面はあるサイトを開いて更新をぴたりと止める。まるでこのページを見せることが目的であると、そう思えてしまうくらいに。


「……これってこの前の?」


 開かれたのは都市伝説紹介サイト。一度目は偶然開き、二度目は発見すら出来なかったあの胡散臭いページだった。

 散々探したときは見ることが出来なかったのに、何故今勝手に出てきたのか。

 疑問も不安も依然尽きることはないが、それよりも目に入ったのは調べたかったあの言葉。


『愛の病』


 再度ごくりと唾を飲み込みながら、ゆっくりとカーソルを合わせてボタンを押す。

 目のハート。そう、瞳に浮かぶ愛の文様。春見桜かすみさくらの目に宿っていた、本来人にないはずの愛の証。

 もしも、もしもあの形が幻覚でないとして。見間違いではなく、本当に存在するのだとしたら。


 ──きっとここに答えがあるのだと。確証などなくとも、不思議とそう確信してしまっていた。


『時に愛は目に宿る。揺らぐことなき真の愛を持つ者には、愛する者以外には見えない愛の形が映し出されるのだ』


 最初の画面を展開するよりも遙かに早く、求めていた答えの項目は開かれる。

 見たことある気がする文字の羅列。そこには愛の形が目に宿ると、確かにそう書かれていた。

 

 いかにも冗談だと思えるくだらない文を、まるで受験の問題文を読み解くくらい真剣に目で追っていく。

 徐々に頭が痛くなってくる文。僅かたりとも現実を知っている者であれば、鼻で笑って晒し上げそうなくらい非現実的な妄想の類。

 けれどどうしてか、今の俺はどんな教材や娯楽よりも集中して読み解いている。

 

 先ほどまでの不安や恐怖、後ろ向きな感情などどこにも残っていない。

 非現実は本当にあるのかと。俺が見た奇怪で直情、そして理想的な少女の好意の正体が、オカルティックな奇跡の産物であるのかと、気になって仕方ないのだ。


 そうだ、それなら説明が付く。

 たかが一度の奇跡だけで、あんな美少女が俺に惚れるなんてことあり得るわけがない。

 けれどそこにオカルトが絡むなら話は別。ある種の洗脳と変わりないげすな矢印の向け方、妄念が彼女に取り憑いたと考えた方がまだ辻褄が合うじゃないか。


 歴史、違う。体験談、違う。……推測、違う。

 違う、違う違う違う違う──!!! 

 これじゃない、これじゃないんだ。馬鹿みたいに並べられているだけの蘊蓄うんちくが知りたいんじゃない。

 俺が求めているのは答えと解消法。何故彼女にその現象が起きたかという理由、そしてどうすれば呪縛から解放できるかという分かり易い答えだけなんだ。


 血眼になって何度も何度も読み返す。

 一字一句見落とさないように。どこかの文字に埋められているかもしれない、別ページへのリンクを見逃さないように必死で探していく。

 

 けれど、無情にも俺が望んでいた答えはどこにもなく。

 読み返す度に得られるのは、実に無駄だと思える知識と落胆だけであった。


 マウスを握りしめていた手の握力が一気に抜けていく。 

 宝の地図に記された場所に財宝がなかった海賊は、こんな思いで夕日を眺めたりしていたのだろうか。

 まさかこの現代で、よりにもよって俺がそんな心境に共感出来てしまうとはな。

 

 何度も何度もため息が零れるし、もう一生分の幸福を吐き出してしまった気がする。

 いや、元を正せばこんな与太話に真剣になっていた自分が悪いのだが。それでもどこかに苦言を漏らしたくって仕方ないくらいの鬱気分だ。

 

 ……これ以上は時間の無駄だ。もう疲れたし、とっとと眠ってしまおう。

 失意のままにページを閉じようと、マウスを持ち直してカーソルを×印まで動かそうとした──。


「……あれ?」


 そのときだった。先ほどまで見ていたはずのページに違和感を覚えたのは。

 何が違うのかは定かではないが、それでも気のせいだとは思えない程度の引っかかり。

 左から指でなぞりながら、田んぼに苗を植えていくかのように満遍なく。閉じようとしていた指を一旦止めて、その違和感を拭うために全体を見直していく。

 

 そして、意外にもすぐにそれに気付く。

 よく覚えてもいない全体から、たまたま降ったくじから一等が出るくらいの偶然で。

 

 ──これだ。前は確か、こんなものは載っていなかったはずだ。


『次に君が出会うであろう都市伝説診断ー!!』


クリックすればラッパで奏でるファンファーレでも聞こえてきそうなくらい、雑に安っぽく点灯しているその項目。

 

 見つけてみて、無視しても良いものだと理解はしていた。

 けれどカーソルはゆっくりと近づき、やがてその文字列の上にぴたりと重なる。


 どうせここまで見たんだ。また閉じるかもしれない気まぐれなサイトの〆としては、こんな陳腐なお遊びが丁度良いのかもしれない。

 最早真剣さはどこかに消え果て、適当な気持ちで躊躇いなくマウスの片側をクリックする。

 

 さあて何と会うとか言われるか。

 有名な口裂け女やメリーさんか、それとも赤い洗面器を被った男やら青い狸なんかの珍妙な与太話か。


『貴方が次に出会うのは食べ盛り!! 骨の随までしゃぶられちまいな少年!!』

 

 数多ある都市伝説。妙に馴れ馴れしい文で出されたのは、その中でも聞いたこともないもの。

 提示された初出のオカルトに首を傾げながらも、すぐに考えるのを止めてサイトを閉じる。


 ……嗚呼。いっそ宇宙人とでも出てくれれば、笑い飛ばしておしまいに出来るのにな。

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現実のラブコメが都合のいい妄想よりおかしい件について!! わさび醤油 @sa98

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