第4話 僕は異世界で何をしたんだ

 放課後の通学路。

 両脇は田んぼで、人気はない。

 だからって夕日も沈みきらない道で、いかにもな怪盗がキミと対峙しているなんて。

 しかもこれが夢の中ではないなんて、赤佐クンには信じられないだろう。


「こちらの世界では夏の終わり。向こうの世界には季節はなかった。

 向こうの世界に住む人々は、邪神に脅かされていた。

 ボクたちはクラス一同力を合わせて邪神の眷属を次々と倒し、邪神を封印するに至った。

 眷属の一体は、赤佐クン、キミが仕留めた。

 そいつは絵の神でもあった。

 キミはそいつの腕を食らい、こっちの世界でも使える“能力”を手に入れた」


「…………………」


「食ったんだよ。キミは。異世界のバケモノの腕を。

 そうして邪神の眷属から力を奪った。

 想像するだけで吐き気がするようなその行為を、絵の上達のための努力と呼べるかい?」


「……………………………………」


「努力せずに得た力は、いずれキミの身を滅ぼす。

 本来の持ち主に返したまえ」


「……返したら……どうなるんだよ……」


「異世界の邪神の封印が解ける」


「!」


「あくまで異世界の話さ。キミにもボクにも無関係。

 邪神はあっちの世界を滅ぼすだけで、こっちにまで攻めてきたりはしない」


「む……むこっ……向こうの世界の人たちは……っ」


「知らない人たちだよ。

 いい人もいるかもしれないけれど、悪い人ばっかりかもしれない。

 だって覚えていないだろ?

 あいつらのために命をかけて戦ったのにサ。

 ああ、キミの記憶を消したのが、キミ自身じゃないってことだけは教えておくよ。

 忘れたのはキミの責任じゃないんだ。

 だからね、忘れてていいし、気にしなくていいんだ。

 こっちの世界に帰ってきて、夏が終わって受験があって、高校生活が始まって。

 中学のときのクラスメイト二人が不登校になって、一人が最初から存在しなかったことにされても、キミは何の影響もなく暮らしてきたじゃないか。


 ……芹沢恵せりざわレインがいなくてもキミは……ッ!!


 だからそのままでいいんだよ。

 不相応な“能力”を完全に手放して、あるべきキミに戻るだけだ」


 怪盗がゆったりと赤佐に向けて歩を進める。

 赤佐は怯えて動けない。


「やめろ! トウヤ!」

 声とともにそいつ・・・はボクと赤佐の間の空間に出現した。


 そいつは一言で言えば勇者だった。

 精悍な顔つきにスポーティーな黒髪。

 サッカー部は受験のために辞めるつもりだったが、結局はあのロマンティックな異世界召喚によって失ったもののせいで、不登校からのフェードアウトになった。

 つまりボクと同じ道の上に乗った。

 けど、その道を真逆の方向へ進んだ。

 ブルーのTシャツにライトブルーのデニム。

 こちらの世界では剣と盾を常備できないのが実に惜しい。


「赤佐! おまえは早く……!」

「とっくに逃げてしまっているよ。

 あそこまで怖がらなくっても、ボクは何もアイツを取って食ったりなんかしないよ。

 ボクはアイツじゃないし、アイツは邪神じゃないんだから。

 キミもそんなにカッカするなよ、勇者サマ。

 人だろうが魔族だろうが、こっちの世界では殺しはしないさ」

 ボクは肩をすくめた。

「ほんっと、赤佐クンは相変わらずだよね。振り向きもせずに行ってしまうなんて。

 あいつはあのときも……ああやって……レインを見捨てたんだ!

 そのくせ別の女に……!」

「今が芹沢の望んだ未来だ!」

「ここにレインがいないから、全て壊してレインを取り戻す!」

「そんなこと芹沢は望んでいない!」

「もちろん! 望んでいるのはレインじゃなくボクだ!」

「芹沢を悲しませることになる!」

「喜びも悲しみも感じられない場所に閉じ込めておくよりずっといい!!」

「……おまえ、言ったよな。芹沢を悲しませるやつはブッ飛ばすって」

「……キミはこうも言ったよ。どんなことをしてもレインだけは守るって」

「だから!!」

「ウソツキめッ!!」


 日が沈み、冷たい風が吹き抜けた。

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