第2話 僕より絵のうまい転校生

 赤佐太直には今日が特別な朝だとは思えなかった。

 妙な夢を見たぐらいなんだ。

 十五年生きてきても悪夢ばかりで、幸せな夢なんて見た覚えがない。

 クラスメイトに可愛い子がいると気づいた日の夜は、こっぴどくフラれる夢を見た。

 だから黒板に転校生の名前が書かれていても、ぶぉくをいじめるやつが増えなければいいなぁとしか思わなかった。


 瀬布川灯夜セヌカワ・トウヤ

 年齢と性別のほかにはぶぉくとは何の共通点もないイケメン。

 女どもが騒いでて、男たちは嫌な顔をしてる。


 ぶぉくには関係ない。

 あいつがぶぉくよりも嫌われてくれたらいいのになぁなんて、ありえないことを願うだけだ。


 もしもあいつが男じゃなくて美少女だったら……やっぱり関係ない。

 でもこの“関係ない”はネガティブな意味じゃなくって、ぶぉくのヒロインはもう決まってるってこと。

 もちろん告ればキモイの一言で切って捨てられるに違いないけど。


 先生に促されて、転校生が何か言ってる。

 自己紹介か?


「特技は絵を描くことです」

 すっげー。特技って言っちゃった。

 ぶぉくじゃ趣味とは言えても特技だなんてとても言えないや。


「さっき校庭で素敵な人を見かけて、早速描いてみました」

 転校生がスケッチブックを開く。

 ぶぉくは思わず息を呑んだ。

 そこには陸上部の――ぶぉくのヒロイン――伊岸日々いきし・にちひの朝練姿が、流れる汗が今にも紙からほとばしりそうなほどに生き生きと描かれていた。


 ……ぶぉくのほうがうまい。

 ……いや、絵柄が……絵の好みがぶぉくとは違うってだけで、技術はこの転校生のほうが上だ。


 ああ! 転校生がページを破って伊岸に渡してる!

 伊岸が嬉しそうに受け取ってる!


 ナンだよ伊岸、全然キモがってないじゃん!

 女子ってこういうのってキモがるもんなんじゃねーのかよ!?

 だったらぶぉくだって渡してたよ!

 伊岸を描いた絵、いっぱいあるよ!

 何ならぶぉくのスケッチブック、一冊丸ごと伊岸だよ!

 ああ、ぶぉくが……ぶぉくがもっと早く自分の絵を渡していれば……!


 いや……

 違う……

 イケメンが渡してるからキモくないんだ。

 キモいぶぉくが渡したら、ぶぉく自身だけじゃなくぶぉくの絵までキモいモノって扱いになるんだ……

 それは……耐えられない……



―――



 なぁんて。キミはそんな風に考えているんだね。

 やれやれ赤佐クン、表情に出すぎだよ。

 キミの心の声が手に取るようだよ。


 ボクはキミの考えを否定したりしないよ。

 キミは否定されるのが大嫌いだからね。

 だから他人にキモいって言われる前に、先手を打って自分でキモいって言っておくんだろう?

 キミが自分をキモくないって考えたところで、その考えはキミに逢う人全員に否定されてしまうからね。

 キミがキミをキモいと言うなら、ボクはその言葉を否定しないよ。


 キミはキミのお宝を大事にしていない。

 でもいざ奪われるとなれば、みっともなく泣きわめいて抵抗するんだよ。

 まるで命だね。

 あっちの世界・・・・・・でピンチになったときもキミはそうだったもんね。


 ねえ、言ったろ? ボクはキミのすべてを盗むって。

 ボクにとってはキミがキモいかキモくないかなんて関係ないんだ。

 ただね、キミがあっちの世界で手に入れた“能力”は、キミなんかに持たせておくのはもったいないんだよッ!


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