画面の外と中の彼。
しず
第1話
私、すずは常にテストで1番を目指していた。
けれど、それで本当にいいのだろうか。
人生に数年しかない学生生活を満足に謳歌しているのだろうか。大人になった時にふと、学生時代を思い返して「あの頃は青春したなー」とか「あの時は楽しかったなー」なんて言える今を送っているだろうか。
そう考えるとまったくそんなことはなかった。私の人生はまだ短いけれど過去を掘り起こすとただ机に向かってひたすらに何かを書いて暗記して本を読んで知識をつけるだけの日々。みんなから優等生だのガリ勉など言われてきた。それを何年も繰り返してきた私もすごいことだが、息抜きの1つや2つあってもいいのではないのか。
ふと、いつも通りソファで読書している時にそんなことが頭によぎったのだ。
勉強だけではよくない、何か刺激のある何かがほしい!
あわよくば新しい趣味なんかも見つけられたら!
そんな気持ちを胸に秘めパタンと本を閉じ、私は「行ってきます!」と言うと同時に家を飛び出した。
我ながら驚くほどの行動力だ。
どこに行こうかなど何一つ考えていない。学校に行くための電車とは異なる、都会に出るための電車に乗っていた。私の住んでいるところはまぁまぁの田舎だ。静かで心地よい、そんな田舎が私は好き。けれど、何か刺激を求めるためにはこんな何もない田舎にいたところで何も得るものはないだろう。こうやって少しは羽を伸ばすことも大事だ。ユラユラと電車に体を預けていると、目に留まったのは電車の広告だった。こんなもの通学する電車には貼っていただろうか。そもそもこの電車しか貼っていないものだろうか。
目を引いたのは5人のイラストが書かれたポスターだ。5色に分けられているのは「推しカラー」というものだろうか。私はそういうのにはとことん疎く、アイドルやアーティストなど今流行りにはついていけてなかった。
だからこそこういうものに興味を惹かれた。
赤担当のリーダーさん。
青のツンツンさん。
緑の爽やかさん。
ピンクの天然さん。
紫のおしとやかさん。
ポスターを見て書いてある文字を読みながら受けた第一印象だ。
あ、自己紹介文が小さく書いてる。それをぼーっと読んでいると、ふと声をかけられた。
「君は興味あるのかな?」
「え…?」
向かいの席の帽子を被った私よりも年齢が上の男性から声をかけられた。
「この広告のユニットが気になってる?それとも、もうファンとかかな?」
「あ、いえ…初めて見たというか…」
どうしよう、知らない人に声をかけられた。
こういう時はどうすれば…。
とりあえず目線は合わせないように…。
「俺もそのユニットのファンでね。よければ俺が教えてあげようか」
「え?」
突然の提案に正面に座っている彼と目が合った。けれど、彼は深く帽子を被っていてしっかりと顔を見れなかったが、チラッと見えた目はそれはとても真っ直ぐでキラキラしていて、とても怪しいとは思えないほどだった。
「ふっ…じゃあ、次の駅で降りよっか。良いところに案内してあげる」
…本当に着いて行って大丈夫だろうか。
案内されたのはCDショップ。
ガチャガチャといろいろな音が混ざり合う空間はこれもまた私の新しい体験だった。
「ここだよ」
空間の端っこに案内され、彼の指を刺した方向に顔を向けると電車で見たユニットのグッズやCDが棚に並んでいた。
「最初の頃はストラップとかだったんだけど、今はライブをするようになってライブグッズも売り始めたんだ。例えば、これとか」
彼が手にしたのはタオル。
「君はこういうのには疎そうだね。ライブグッズといえばタオルなんかは必須なんだ。…たしかこれはゆづきのデザインかな?」
「ゆづき?」
「あぁ、そっか。メンバーを紹介しなくちゃだね」
そう言って1つのCDのパッケージを見せながら彼は紹介し始めた。
「この赤はちあき。リーダで優しいんだ。リーダーだからみんなをまとめてくれるはずなんだけど、まとめているのはこの青のなおと。冷静でツンツンしてるけど大の動物好きなんだ。動物と触れ合っている場面なんかは目をハートにしているからそこは要注目だな。真ん中の緑のはゆづきだ。タオルのデザインをしたってやつだな。絵が上手でいろいろなデザインをしているんだ。ピンクのこれはあずさ。元気だな、とにかく。そしてうるさい。けれど、こいつがいればテンションが下がることはまずない。こいつがいるだけでだいぶ場が和むんだ。そして最後は紫のれんだ。コーヒー好きの遠くから見守るタイプの人間だな。どう?少しは理解してくれた?」
「はい、個性豊かな人たちですね」
「そうだな、このユニットは動画サイトで活動しているのが主なんだが、時折こうやってCDを出したり、ライブをしたり。今は注目を浴びているからいろいろなところで見かけることが多いだろうな。どう?気になる人いた?」
彼はパッケージを私が見やすいように傾けてくれて、それをまじまじと見る。
「うーん…青の方でしょうか」
「お、なおとか。いいね。こいつは最近ゲーム実況とかやってるんだ。っと…ほら、これ見てみ?」
目の前の液晶テレビには何やらここのユニットの動画が流れているらしく、ちょうど気になっていたなおとさんの動画が流れていた。
『これ、どう行けばいいんだ…?』
やっているのはアクション要素を含むゲームみたいだ。
『ここをこうで…っ!?なんだ!?』
冷静なら彼と紹介してくれたはずなのに、画面の中の彼はそうは見えなかった。パニックになっている彼を揶揄うコメントも流れてくる。
『おい。俺は今、驚いてないからな…なんだ!?』
「こいつは壮大な前振りやフラグ建築が得意でなー。よく、リスナーのみんなにおもちゃにされてんだ。それもそれで本人は楽しんでいるみたいだし、それがなおと配信の特徴の1つだからな」
ゲームを実況する。
私にはそれすらも初めて見たのだ。
「面白い方ですね」
「だろ?なおとを推してくれる君に、このグッズはいかが?」
彼が手にしていたのはなおとのミニフォトブック。
「これはなおとだけの写真が詰まった本でね。ところどころ本人が落書きしてあったりするんだ。まさか、ここに売れ残りがあったとは。当時は争奪戦になるほど、どこにあるのかすらもわからなかった秘宝なのに」
「そんなに人気のあるグッズなんですね」
「そうだなー、個人のフォトブックは後にも先にもこれだけかもしれないからね。しかも、本人の直筆が見れるというのも価値のあるものだからな。これはオススメ」
「じゃあ、買って行こうかな」
「ふふ、ありがとね。なんか気になるグッズとかあった?」
「うーん…これはなんですか?」
私が手にしたのはカードが入っていそうなパックだ。
「これは書いてある通りカードが入ってるんだ。カードゲームみたいに戦闘力とかスキル内容とかが書かれているんだけど、そのイラストは緑のゆづきが書いたものだったりとか、これまでの生放送の名場面が描かれていたりとか。集めている人も結構いるし、実際にデッキに組み込んでゲームをしてくれるひともいるよ」
「そうなんですね」
「何が入っているかわからないのもワクワクするよな」
それを2パックほど手に取ってカゴに入れる。
「お、買ってくれるんだ」
「はい、気になるので」
彼が説明してくれるものは全て私の興味を引くものばかりでこれはこれはと説明をねだっては、嫌な顔ひとつせずに「これはね…」と丁寧に教えてくれた。
買ったものはなおとくんぬいぐるみに1stアルバム、フォトブックやカードゲームパック、キーホルダー、おまんじゅうぬいぐるみなどこれまで買ったことないものばかりだ。それだけで私は心が弾む。
「楽しんでくれた?」
「はい!今日はありがとうございました」
「いえー。楽しんでもらえて、そして応援してくれるのはファンとしてとても嬉しいよ。…そういえばSNS では新しい情報をいち早く発信しているからそれもチェックだね。昨日告知されたんだけど、来週の夕飯時にメンバー全員で生放送するみたい。これも見てくれたら嬉しいかな」
「わかりました、ありがとうございます!」
「じゃあ、またね。良いライフを」
深く被っていた帽子を前部分だけ上げると、彼の顔がはっきりと見えた。
「あれ…?」
そしてまた深く帽子を被り人混みに紛れ込んだ。
あの優しそうな目、髪色…。
彼の言っていた時間。
『始まりましたー!今週もやってくよー!』
画面の中には5色の彼らがいた。しっかりなおとくんぬいぐるを持って10分ほど前から待機していたのだ。ファンたちのコメントを見るのも新鮮でとても楽しい。コメントを読みながら配信を見ていると順番に自己紹介していった。
『紫担当、れんだよ。よろしくね』
「あ…」
先週の彼…。
そっか…。
やっとごちゃごちゃに考えていたことが徐々にピースが当てはまるように理解していく。
あの優しそうな目、顔、声色すべて。
そうか、彼はメンバーのれんくんだったんだ。
「ふふっ」
まさか本人に会えちゃうなんて。
そして彼から直にユニットについて教えてもらうなんて。
笑みが止まらない。なおとくんぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて生放送を見ながら、頭の中で呟く。
ありがとう、れんくん。
れんくんの前で推し活できて嬉しかったな。
後日、紫のグッズを大量に買っていく学生の姿が目撃されるとかされないとか。
画面の外と中の彼。 しず @sizu67
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