「観せる店」

低迷アクション

第1話

裏通りを歩く羽飾りの老婦人の姿を見かけたのは、これで3度目だ。


仕事のない三文芝居書きの身分としては、街で一番古い下宿屋の屋根裏スペースで唯一

明かりが入る小窓からネタを漁るため、目を皿のようにして、眺めるしかない。


昨今は、明るい作品が主流だ。人情モノ、身分違い、種族違いの恋愛、勇ましく、ご都合主義な英雄譚、地位も金もない主人公がとびっきりの幸運と美女に囲まれ、ノンビリ過ごす…正直、食傷気味だ。何か新しい流れを作りたい。


そんな時に同じ人物を何度も見かけた。屋根にある小窓は一つ、一つは表通りに面した通り、市場が大きく、他国の商人や街の人、亜人種も多くみかける。


大きな戦の後の、共創政策(きょうそうせいさく)の取り組みにより、他国、多人種との

同盟関係が成立した。それを象徴する華やかな風景は、自身の創作意欲に即さない。


興味があるのは、もう一つの裏通りが眺められる小窓だ。


表のにぎやかさと異なり、ここには置いていかれた、人々が忘れたがるモノがある。路面に転がる紙屑や食べカスは表から流れてきた。


積み上げられたゴミ山の中には大戦の鎧や軍靴の残骸、人買いや亜人種の売買、尋問、拷問の記録紙が捨てられている。


この、かつての暗黒の残り香を感じさせる道を歩く者は、浮浪者や盗賊、自分のような、

はみ出し者と相場が決まっていた…


今まではだ…



 「頭にミョオンム鳥(異大陸に生息する、この大陸では珍しい鳥)の羽飾り…

作家のセンセイ、それは多分、アイマントの侯爵夫人でさぁよ。あんな、高価なモノつけられる人は限られてます」


3階建て下宿の1階は居酒屋だった。大家でもある酒場の主人は、かつての大戦の古参兵が自慢だ。カウンターの上には、ゴドル鬼(敵国が利用していた剣奴兵)の大将首を刈った

斧が飾られている。


禿げ上がった赤ら顔は、酒に酔うと、海の魔物である赤スキューレ(タコの一種)を彷彿させる人相だが、稿料の入らないこちらの状態を極力、気にしないフリ(少なくともそーゆう顔は見せた事がない)


今も、1日1食の我が馳走である黒パンと、魚の黒胡椒和えの油炒め、一杯のレニーワインを振舞ってくれていた。


「アイマント?この街の有力貴族の婦人か?一体、何の用で裏通りを?」


「さぁ~、この裏は、店なんてないですしね~?貴方がくる以前は、売春まがいの業者とかが営業しちゃって、困った者でしたが、街の警士隊が取り締まって、今じゃ、すっかり静かになりましたから、何もないと思いますけど……いや、待てよ」


主人が客に出す酒瓶の栓を緩める手を止めた。


「そう言えば、ここの常連だった退役軍人のナカーシャ兵曹長殿も最近、ウチに顔出さなくて、どうしたかと思ってたら、一昨日、裏にゴミ持っていったら、歩いてましたよ。何だか焦っていましてね。いや、怯えてるとかじゃなくて、待ち切れない何かのために歩みを進めてるって感じの…酒より面白いモノでも見つけたんですかね?」


主人が話す老人なら、何度も見た。それ以外の人物もだ。侯爵夫人に退役軍人、雑貨屋の

旦那に亜人の笛吹き…どれも主人の見かけた様子と同じ。しかし、身分も人種も雑多だ。


この共走時代の繁栄を上手に取り込んだ店が出来たと言うのか?どの世代、どの人達でも楽しめるモノが…それなら表の通りで堂々とやればいい。


こんな据えた裏通りでやるのは変だ。食事の手を止め、考え込んだのが不味かった。

必要以上に話を長引かせた代償がやってきたらしい。気が付けば、自身を見る主人の目つきが変わっている。


「どうしました?センセイ。もしかして良いネタでも?こりゃよかった。いやぁ、溜まったツケがこれで…」


彼の言葉が終わる前に、食事を掻きこみ、店を出る。文無しの自分には関係のない悩みだ。

今、重要なのは、今月を生きる事…それだけだ…


「?センセェー?どったの?そんな慌てて」


急な走り込みで噎せ返る背を柔らかい手が摩る。


振り向けば、花屋の看板娘(自称)の“ルーシャ”が、覗き込んでいる。

アモネ種(植物、花などの妖精族)の亜人である彼女の特徴は、花弁のような髪と

体から発せられる匂いによって、その日の気分がわかる。


(今日の匂いはナダギ草の澄んだ匂い、午前の時間にイイ事でもあったか?自分とは正反対だな…)


「いや、目下の所、金策に悩まされててね」


弱々しい返事に、ルーシャは耳心地の良い声で笑い、鞭のようにしなる手で(植物種だから仕方ないが一番の問題)自身の肩をバシン、バシンと音を立てながら、叩く。


「ハハハ、センセェー、悩み良くない、良くない。今日はお日様ピッカピカ、悩んでる事、

全部すっ飛ばしてこー」


「ハハ、そうだな。ありがとう。それじゃ、仕事、頑張って」


「バイバイ」


元気に手を振る植物少女に別れを告げ、歩き出す。正直、もう少し彼女の匂いに包まれていたかったが、寄る事があった。薄給、いや薄金の身には、金策のため、行動しなければいけない…



 「お前んトコの下宿の裏通り?店の登記はねぇなぁ~、ソイツは違法物件か?大将?」


街の商店ギルド(組合)の“トナミ”は、荒々しく巨大なミノタウラ(牛型の亜人種)だが、

古い付き合いの自身に、本来、ギルド内の規則により、答えられない内輪の情報まで提供してくれる。


「よくは知らんが、退役軍人や雑貨屋の街の人間、それどころか、貴族の侯爵夫人までが

通い詰める店だ。何かあるだろ?警士隊の取り締まりもある物騒な所だからな」


「っつてもなぁ~…風営法の影響で、そーゆう嫌らしい系とか秘密めいたのは、駄目だしな。

表向きはだが。うん?侯爵夫人って言ったか?今…?おい、コマ」


「ハイ、なんでしょう?」


常人では出来ない鼻息量を噴射したトナミの声に、まだ若い組合の人間が走ってくる。


「お前、確かアイマントの所の登記扱ってたな。場所何処だっけか?」


真新しい帳簿を開いた彼は、一番初めのページに指を止め、答える。


「ありました。住記はえーっと、そちらの作家センセイの下宿の裏にありますね」


「それは店か?バカ野郎、何故、皆に報せねぇ?」


「ヒィッ、すんません、一応、ギルド長には話通したんですけど。店の種類がよくわからない所でして、ただ、貴族さんのお墨付きもあるから、無碍にも出来んとの事で、内密の形で話を進めた訳でして、トナの兄貴にも黙っておけって」


人間の頭程もある腕ですごむトナミにコマが悲鳴を上げながら、弁解する。確かに、この獣人なら、かつての時代を思い起させる貴族の権威を感じ取ったら、大柄の体躯を駆使して、ひと暴れしかねない。


「ま、まぁいい。で、訳の分からない店の内容は…?」


「そ、それが“思い出を観せる店”って内容で…」


「なぁにい?思い出ぇ~?テメェ、そりゃなんだ」


言葉を選んだところで、一度奮起したトナミの怒りはしばらく継続、よくわかっている。

だから、手で、それを止めると、助けを求めるコマに言葉を向けた。


「コマ、その店は品を売る所なのか?」


「い、いえ、確か内覧の時は、酒屋みたいな作りでした…ドア開けたすぐ先にカウンターと

テーブルは1つ、それで、奥には占い小屋みたいな覆いがかけてありまして、その中には、


鏡、そう、大きな姿見があります。楕円形の…」


「鏡?」


「ええ…そうだ。そうですよ。何でも、それが店の目玉と言うか、思い出を見せる道具らしいんです。多分、前の時代で使われた魔術の類だと思いますけど、特に害は無いって、侯爵の奥様が仰ってました。俺は見た事ないから、詳細はわかりませんが」


「こりゃ、実際に行ってみるしかないぜ、大将?」


会話がめんどくさくなったのか、それともコマの隠し事にまだ、怒りが収まらないのか…

トナミが割って入る。話はこれで終わりと暗に言われているようなものだ。


心配そうに自分とトナミを交互に見るコマに礼言うと、出口に向かう。


「なぁっ?大将…」


トナミの声がかかり、足を止める。


「どうして、こんな事を調べる。芝居のネタってんなら、それまでだがよ…

表を歩いてみろ?皆楽しそうにやってらぁ。


耳のなげぇのも、普通の奴も、俺みたいに、全体的に獣ってやつだって、そうだ。誰もが

肩を並べ、働き、歌い、食べ、学ぶ。穏やかで平和な共創の時代…


最初の頃は、忙しく動き回ってた警士の奴等も、今じゃ鎧に埃が薄っすらな時代だ。


誰もが、表に忙しくて、裏の通りなんか見ないし、行かない。だけど、お前だけは、

しけた面で、安い下宿の屋根裏に籠り、窓が二つあるってのに、裏しか見ねぇ


表に背を向けてな。一体、どーゆう了見なんだよ?センセイ?」


トナミなりに心配してくれているのだろう。怪物のような外見だが、根は優しい奴だ。

しかし、何と返すかはわからない。その答えは、あの店にある気がする、当初抱いていた金策を練る考えはスッカリ消えていた…



 裏通り奥の行き止まりに、その店はあった。外観からして立ち飲みの酒屋程度…

5人が限界と言った所か?今も1人の客が出てきた。通りで初めて見る新顔だ。確か、

街外れで薬屋をやっていた女だ。疲れたような顔をしているが、その口元には薄っすら笑みが広がっている。


この店に辿り着くまでに、随分、人とすれ違った。普段、行き交う者のない裏通りが

賑やかになりつつある。煤や泥だらけの地面は複数の靴跡がついていた。


それら全ては店に続いている。


(一体、何がそこまで、彼等を魅了する?)


自分は答えに気づいているのかもしれない。いや、それはない…などと、考えながらドアの前に立つ。看板や店の内容を示すモノはなかった。掘っ建て小屋と変わらない簡素な作りだ。


「お客様ですか?」


鈴の鳴るような声に顔を上げると、黒いドレスに身を包んだ女性がドアを開け、こちらを見ている。


頷き、中に入った。


(コマの言った通りか)


女性に促され、カウンターに座る。店奥の覆いが掛かった場所に件の鏡があるのか?


「どなたからかのご紹介ですか?違う?初めて‥‥…なら、説明させて頂きますわね」


飲み物を置いた店主(どうやら、店は彼女1人きりで切り盛りしている様子だ)が、

自身も椅子に腰かけながら口を開く。


「当店は思い出を観せる店です。お値段はこちら(下宿の食事1食より安い)時間は、

この鳥時計が5回鳴くまで…短いと思う方もいらっしゃいますが、あまり観すぎると、ご気分が悪くなる方もいらっしゃいますので…」


「具体的にどうやって見せてくれる?」


「ハイ、貴方様も先程から気になってらっしゃる、覆い…あの向こうに鏡があります。それを覗いて念じるだけ、後はご自身の見たい過去、未来は観えません。それが自動的に、

鏡に映し出されます。勿論、ご鑑賞中はしっかり覆いをかけていますので、待機している

他のお客様の目に触れる事はありませんのでご安心を!


これはかつて、大陸の魔導士が自身の習得した技や知識を思い出す時に使った鏡でありまして、私がそれを持ち帰り、皆さまの幸せに貢献できるよう活用させて頂いている訳です。


どうですか?貴方も早速…」


「いや、悪いが、持ち合わせがないんです。今日は失礼させて頂く」


「あ、でしたら」


立ち上がる自身を止めた女性が、まとまった紙を手渡し、ニッコリと微笑む。


「宣伝紙です。表の通りの方達に配って下さい。できるだけ、多くの人に、貴方も気が向いたら是非…」…



 「コマ、こんな時間に、こんな場所で…どうした?」


女から渡された紙は全て燃やした。トナミや主人が店の様子を聞きたがったが、大した事ないと誤魔化した。


なのに…


“どうして、裏通りに人が増える?”


今や、最初に見た侯爵夫人や、退役軍人を見つける事は難しくなった。表通り程ではないが、人の往来が増え、吸い込まれるように“思い出の店”に消えていき、出てくる頃には、

怯えながらも、どこか恍惚としたお馴染みの表情で帰路につく。


比例するように、表の通り、いや、街の繁栄は進んだ。犯罪はなく、誰もが笑顔で他種族、色、容姿関係なく、肩を組み、幸せを謳歌する。


今も、裏を覗く小窓から、通りを酔ったように歩く、ギルドのコマを見つけ、

掴まえた所だ。


「これは、作家センセイ、いえね、今日は休みです。昼間っから仕事サボってる訳じゃないですよ?だから、以前、話に出た店に行ってみようと…」


「下手な嘘はつかなくていい。お前が店に入り浸ってるのはわかってるよ。宿屋のオヤジもそうだ。最近、笑ってばっかりで、ツケの催促もしなくなった」


こちらの声に、泣き笑いのような顔でコマが答える。


「そ、そこまでわかってるなら、隠す必要もないです。べ、別に悪い事をしてる訳じゃねぇや。トナの兄貴だって常連ですよ?だったら、俺だって」


「そんな話はいい。ただ、教えてくれ。お前達が観た思い出は、他人に話せるモノか?

どうなんだ?」


哀れな小男の、豹変した顔から、的を得たような気分を味わう。

ギルドで聞いた話で抱いた杞憂は店へと出向き、確信へと変わった。後は最後の一押しが欲しかった。それを得るには誰だっていい。コマの肩を強く揺さぶる。


「話・せ・な・い・ん・だ・な・?」


「その辺にしとけ」


いつの間にか、自身の顔も強張っていたようだ。裏通りを行き交う人が呼んだのか?それ

とも店に行くために通りかかったのか?トナミのミノタウラ特有の強腕が自身の肩を

押さえている。


「場所を変えよう」…



 「さて、何から話したモンやら…」


表通りにある食堂で、向かい合ったトナミは自身の角を撫で、もう一方の太い指で

テーブルを叩く。注文を頼んでから、ずっとこの調子、いい加減に飽きてきた。


「簡単だ。お前達…多分、全員が同じ内容のモノを見ている。それを話してくれ。ただ、それだけだ」


「答えたら、前、お前に言った返事が返ってくるのか?それとも、お前の元…いや、これは失言だった。どうなんだ?」


トナミの鋭い目線に頷く。


「一体どうして?」


「この、共創の時代が訪れ、数年…ずっと考えていた。つい昨日まで、互いに命を賭け、

殺し合っていた奴等が手を取り合って一緒に社会を作る?出来るのか?闘いも憎しみも忘れて?


上流階級だってそうだ。人間以下、家畜みたいに扱ってた平民、亜人達に土地や権力のほとんどを分譲され、通りを一緒に歩く?耐え難い屈辱じゃないのか?


だが、やるしかない。暗黒の時代は血を流しすぎた…皆が手を合わせなければ、この世界は

終わってしまうからな。だから、泣く泣く手を結んだ。その上でこの世界は成り立っている。


最初の何年かは荒れた時代だった。最もだ。しかし、鎮圧され、法が決まり、全てが押し込められた上で成り立った社会、表の通りを見た時、全てが歪に見えた。


感動や友情、熱い英雄譚だけの芝居、歌劇、通りには笑顔を振りまき、花を散らせる暖かい場所が至る所に点在する世界…


抑圧された憎しみ、哀しみは何処で発散される?その答えがあの店の繁盛に繋がってる?

そうじゃないのか?」


自身の長い言葉に、トナミが深いため息をつく。いや、彼ばかりではない。食堂の客、

ウェイターの中にも同じような表情をしている者もいる。よく見れば、全員、裏通りで見た事のある顔だった。


「いいじゃねぇか?問題あるかぃ?」


開き直ったようなトナミの声に、改めて振り返る。今まで見た事のないほど弱気な表情の

獣人がそこにいた。


「俺が観た過去は、前の大戦で戦っている自分だ。たくさんやった。大将やコマみてぇな

人間を…ただヤルだけじゃねぇ、女も子供も皆やったんだ。


戦争が終わって納得もしてる。ギルドで、アンタに言った台詞の通りにだ、だが時々思う。自分よりも一回りも小さいコマや他のギルド仲間達を怒鳴りつける時、


“頭を潰せば早い”


なんて、考えちまう自分がいる事にな。悪い事だ。思ってもいけない。だけど、芝居も歌も、大陸の広報だって皆言ってる。


“共に生きて、共に創る”


頭ではわかってる。だけど限界だ。種族の闘争本能を抑えられない。そんな時にあの店が

開いた。店の女主人は言っていた。


望むモノが見える。最初は目を覆った。だけど…」


トナミが自身の太すぎる指を見る。


「すき間から見えた。思わず笑っちまった。今まで演じてきた作り笑いより、ずっと

楽しかった。やっぱり俺の本当の姿はこれなんだって思った。


侯爵夫人だって、軍人だって、ここにいる奴等だっておんなじモノを見ている。かつての敵を殺したり、蹂躙したりする最高の思い出をな。


結局、俺達は、敵同士、仲良くなるなんて出来ない。そんな、皆の限界を解消させてくれる店だ。良いタイミングだろ?そろそろ可笑しくなるヤツが何かすると思ったからな。

思い出に浸るだけでいい。それで実害は出ない。影響はないんだ。街は守られる。


あの店は必要なんだよ。この街の、いや、世界を保つための手段としてな」


吐き出すように喋り切ったトナミは、少し笑い、店内が曇る程の鼻息の中で項垂れる。

もう充分だった。あの店から出てきた者とトナミの表情が同じだ。


「すまない、ありがとう」


言える事は、ただ、それだけだった。


「お礼なんて…止めろよ…幻滅したろ?おたくに偉そうに高説垂れた奴がこんなでよ」


「いや、違うな。努力してる奴を情けなくなど思う者はいない」


目の前の獣人も、人々も“ある誤解”をしている。訂正はしたいが時間がない。これだけ

街に浸透しているのだ。もっと早くに手を打つべきだった。躊躇した自分を激しく悔いる。


真相は大方予想通り、迷っていた。トナミ達の言い分にも一理ある。恐らくそれが正しい。


だが…


勘定を置き、テーブルを立つ。ドアを開ける自分にトナミの蛇足が被さる。


「花屋の看板娘、あの子も常連だ。アモネ種は暗黒の時代じゃ、人間の…」


言葉途中でドアを閉めた。わかっている。それを踏まえて無視ができないのだ…



 「センセェ、ドコ行くの?」


「ルーシャこそ、こんな時間にどうしたの?」


「答えて…行くんでしょ?店を壊しに…」


情報が伝わるのは早い。下宿のオヤジは眠っていたからよかった。拝借した大斧を携え、

裏通りに出た所で、複数の影に襲われた。月明りだけでは、顔までわからなかったが、

恐らく街の顔見知りだろう。


「……ああ…」


そのまま進む所で所在なさげに立つルーシャに出会った。彼女の沈んだ声に短く答える。


「駄目だよ。壊しちゃダメダメ!トナミの牛さんも言ってたでしょ?街の平和に店が必要なの。わかるでしょ?」


火がついたように(この表現は植物種には適さないが)捲し立てる彼女から、

強いルーセキ花の香りが漂ってくる。


(躊躇いと悲しみの匂い…わかるよ。だけど)


「ルーシャ、願いは聞けない。君達の努力を、全ての人達が築き上げたモノを、あの店は

否定しようとしている」


「何で?私だって…人間憎いよ。だから戦った。戦終わった後は、我慢した。でも、

やっぱり難しい、人間が何したか知ってる?貴方だってそう、皆…」


「そこまで!そこまでだ。ルーシャ、それでも耐えた。君だけじゃない。皆が示し合わせたように、共に我慢し、ここまでの繁栄をもたらした。もう少しだ。ルーシャ、そのもう少しの努力を、限界が来ていたかもしれないモノを、店は否定した。


“貴方達は無理、どう足掻いても、戦わずにはいられない”


とね?」


「そうだよ…」


「違う!断じてな。いや、そうかもしれない。だが、それこそが共創なんだ。耐えて、耐えて、苦しんで、どうしようもない苦しみの先に共感する世界…


その先に待つのは本当の意味でのウトピア(楽園)だ。


互いの立場を理解し、どんな憎しみも、悲しみをも理解した者達が支え合う共同体…


君達は後、もう一歩のところまできているんだ。全ての人種を傷つけ、殺してきた私だからこそわかる!全てを見てきた。あの下宿の屋根裏で、表も裏もな。だが、今では表を見れない。芝居のネタは言い訳だ。


羨ましかったんだよ?どんなに憎んでも、笑顔で優しく、私のように目を背けず、

互いに向き合える君達がな」


ルーシャの目が大きく開かれる。正体を明かしていなかった事、自身の本音を初めて誰かに打ち明けた事を、今更ながらに自覚する。


「センセェ…ゴメン…」


「謝るのは、先程から君が出していた毒霧の事か?夜には見えないから、静かに殺すには良い手段だ。大戦中によくやられたよ。大丈夫、慣れている。躊躇いのルーセキの匂いで察せられた。久しぶりに出したんだよね?


毒素が弱いぞ。フフッ、君達は本当に強い。いつでも殺せる手段を持っているのに、敢えて封じた。強い人達なんだ。だから、行かせてくれ。頼むよ」


気付けば自身の頬から涙が流れてきていた。慌てて、少女の傍を走り抜ける。これでは安い人情モノの主人公だ。今から世界を敵に回す大罪を犯すかもしれないと言うのに…



 「何処かでお会いしましたよね?最初に見かけた時から思っていました。でなければ、こんな事をしてまで、私を止める理由、ありませんものね?」


妖艶な笑いを浮かべる女主人の前にどうにか立ってやる。店の前にいた者達は、恐らく警士の一団だろう。侯爵夫人の差し金か?殺してはいないため、こちらもだいぶ手傷を負った。


しかし、諦める訳にはいかない。


「貴方の企み、何を考えてるかまではわからないが、止めに来た。もう終わりにしよう」


「店を畳めと言う事でしょうか?どうして?皆、自身の見たい過去を見ているだけですよ?」


小首を傾げる主人を見て、最後の確証を得た。


(コイツは、全てわかった上でやっている)


自身の唇を流した血で湿らせ、言葉を生み出す。


「違うな。お前の店の“思い出を観せる鏡”の謂れはデタラメだ。異大陸の魔導師も、願いも全てデタラメ、あれは、前の大戦で使われた異端審問の鏡、拷問や脅迫で、肉体的にも、精神的にも疲れ果てた者を鏡の前に立たせると、


その者の心につけ入り、ソイツの隠したい記憶を引き出す“自白の鏡”だ。

暗黒の時代なら、恐怖の存在、しかし、今の平和と我慢を強いられた世界においては、

かつての本能を剥きだにした行為の数々を思い出させる欲望と羨望の発散元…


よく、考えたな。イムシャラクの魔女!」


不意を突かれたと言った女主人の顔から妖艶さが消え、魔女特有の残酷な顔が見え始める。


「き、貴様は」


尖った牙と裂けた口は喋りながら、次の一手を用意し始める。こちらの体力も限られていた。

かつての女主人の手から闇より深い色の魔術光が発せられた刹那、飛び込んだ自身の手刀が細い首筋に決まる。


「な、何故?」


崩れ落ち、息も絶え絶えながら呟く魔女の前で、溜まった血反吐をぶちまける。間一髪で

避けたとは言え、魔障を完全に防いだとは言いがたい。自然と同じような様子で答える事になる。


「“殺さないか?”戦の時代は終わった。もう、殺さない。俺、いや、私もだ……

悪いが盗まれた鏡は割らせてもらうぞ」


返事を聞く必要はない。そのまま進み、店のドアを開ける。


「いいのか?それで?奴等は繰り返すぞ?争いを…まぁ、いい。笑ってやるさ。

奴等の醜い一面をタップリとね…」


「違うな…」


「‥‥?…」


「妬ましかったんだろ?本音を隠してでも、共生し合う人々の崇高さが…自分には出来ない事が‥私と同じだ。しかし、彼等は平気だ。最初の頃のように、揉め事は増えるかもしれないが、きっと最後は互いを理解し、生きていける。この数年が証明している。私達も変わらなければいけない。いつまでも暗黒の時代を引き摺る必要はない」


覆いの前に立ち、一気に払う。楕円の懐かしき姿見が自分の姿を映した後、過去を暴こうと激しく混濁する。


「その後ろ姿、思い出した…お前はギターエの審問塔にいた、最高位の…」


魔女の言葉を遮るように、鏡の割れる音が大きく響きわたった…



 店が潰れてから数週間が経つ。裏通りには以前の静けさが戻った。表通りも大きく変わると言う事はなかったが、警士達の警笛が鳴る回数が増えた気がする。


あの夜の出来事は誰も口にしない。魔女は姿を消したし、店を潰した張本人である自身を

弾劾する動きはなかった。皆、楽しむ何処かで後ろめたいモノがあったのだろう。


今は只、再び戻った耐える日常を惰性で過ごしていると言う感じだ。街のほとんどが店を利用していた事も幸いした。


自身の生活にも変化はあった。表の窓も、裏の窓もよく見るようになった。それは

新たな芝居の話を書いている事が影響している。


内容は明るい作品ではない。暗黒の時代の陋習や実際に見た悲劇、体験した残酷な事や、

自らが行った行為を多少の脚色を加え、作っていく。トナミが言っていた実害を被らない

程度のモノだ。


これが店の代わりにと言う訳でもないが、少しでも人々の憎しみや欲望の発散に繋がっていく事を願う。明るい話や感動、純愛だけが心を癒す訳ではない。どうしようもない悲惨や破壊に意味や救いを見出す事もあると思う。喜劇も悲劇も互いを理解し、上手に存在していく、それが共創の時代に相応しいモノだと考える。


ようやく自分の描くべき目的を見出し、没頭する事、数日、食事や必要品の購入を含め、

流石に外に出た。


「センセェ?」


花屋のルーシャが声をかけてくる。彼女自身はどうだったかは知らないが、こちらとしては

会うのに引け目を感じていた。これはトナミやコマにも同じ事が言える。下宿の者達の会話を盗み聞きした情報によれば、以前と変わらず、元気との事だったが、心まではわからない。


「久しぶり…」


片手を上げる自分に声をかけてくれたが…やはりまだ躊躇いがある。たまらず、そのまま横を通り過ぎる。


「芝居のネタ見つかった?」


不意の問いかけに驚く。上手な返事は、勿論、返せない。


「…頑張ってね」


小さく聞こえた声にゆっくり頷き、歩みを進める。ナダギの澄んだ香りが鼻先を掠めた

…(終)

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