雨男

@kaworukaworu

雨男

「雨男」2

出会い


私は我が儘で自己中心的な人間だと思う。その証拠に今日は気分が乗らないからとカトレアをサボっている。気分が乗らないだけで普通は当日欠勤ならペナルティが発生するのだが、私の場合は「急遽夜勤が入った」その一言でペナルティも免除だ。

彼が帰って来る迄の時間ベッドの上でゴロゴロしながら夕方のニュース番組を見ていた。傍らのサイドテーブルにはコーヒーとコンビニで買ったポテトチップスを置いて全くいい気なものである。

サボったのは4月の最終週の月曜日だ、店は29日からゴールデンウィークとして翌5月の5日迄は休みで私が出勤は6日の水曜日からだ。実に10日も休む事になる。でも本業の精神科の職員の方が忙しかったので10日間はあっという間だ。

「ただいま、あれ?貴美子今日カトレアじゃないの?」

「サボった、うん、面倒臭くなっちゃった、ほら最近昼間忙しかったし」

「そっか、じゃあ俺とドライブでもしよっか?それで今夜は外食にしよう」

「やりぃ、ファミレス行こうよ、ねぇ?パフェも食べたいし」


店をサボった事に対しての罪悪感は一切ない。今夜は彼と夜のドライブと外食が出来ると思うと嬉しい。

「菅っち今日、残業じゃなかったのね」

「今日は夜の荷物が全然なかったんだ俺の配達区域」

彼は宅配便のドライバーをしている、この宅配便のドライバーも1つに付き幾らと言う給与体系なので中元と歳暮の期間、所謂繁忙期と呼ばれている期間以外は割りと自由な仕事だ。私は彼が菅野智昭と言う名前なので菅っちとずっと呼んでいる。

「今月は暇そうよね?」

「まぁ仕方ないかな?どうせ7月から8月は飯食う暇もない位になるしね」

「菅っち、私心配だよ、幾ら菅っちが安全運転でも事故はもらい事故だってあるじゃん?」

部屋の電気を消して、私達は外に出る、この部屋は彼の名義で借りている、駐車場代込みで2LDKで10万で少しお釣りが来る位の部屋だ、私の荷物が多いから割りと気に入っている。どうしても本やぬいぐるみや服が捨てられなくてどんどん溜まってしまった。


「菅っち、ドライブって何処行く?」

「貴美子は何処に行きたい?」

「どうせなら、遠い処が良いな、明日私休みだし、菅っちも休みでしょ?」

「じゃあね、山中湖はどう?」

「賛成、御殿場のロイホ寄ろうよ、そうじゃなかったら山中湖のデニ屋」

車を走らせて先ずは近所のファミリーマートで缶コーヒーとガムを買った、瀬谷の相沢の辺りのファミリーマートだ、私達が部屋を借りているのは横浜の外れの瀬谷だ、駅から徒歩6、7分位のマンションを借りている。

山中湖へ向かう道中の話は専ら仕事で溜まったストレスを発散させる様な愚痴だ。彼は時々相槌を打って私の好きな様にさせてくれるので有難い。

車は一旦467号線に出てそこから246号線に乗る、妻田の辺りで右折して愛川の表示がある処を走って行く、10kmも走った頃に角田大橋に向かい、左折して県道54号線に入り半原日向の交差点を右折して412号線に乗ったら青山の交差点を左折して413号線で山中湖をめざす、所謂道志道だ。


暗い中の2時間以上のドライブは結構楽しい。暗い道程を走っていると時々窓の外に狸か鼬みたいな動物の目が光っているのも見える。

「あ、鼬、それとも狸?どっちだろ?でも胴長だったから鼬かも」

この道志道は夜になると対向車も後続車両も殆んどないに等しいから走りやすい、他の人ならついついスピードを出してしまいそうになるが彼はその辺りは慎重であまりスピードを出さなかった。

「菅っちって何時も安全運転よねぇ?」

「貴美子はスピードが出る車が好きなんだっけ?」

「そうでもないよ、運転上手い人がスピード出すならそれなりにいいとは思うけどね」

「スピード出せるよ、この車なら安心してスピードは出せる、でもね俺は車の運転は慎重になるよ、特に助手席に貴美子乗せてると」

「それって有難いお話よね、あんまり過去の話するのも何だけど、私と付き合いがあった人で運転滅茶苦茶荒い人いたのよね、ドライブデートは一度だけだったな」

彼はかなり落ち着いて見える、私と同い年だと言うと大概驚かれる。行動も言動も落ち着いていて悪く言うと老けて見える。


山中湖に着いて私達は湖畔にあるデニーズで休憩をして夕食を摂る、彼も私もスパゲッティとコーヒーを注文した。デザートは勿論チョコレートパフェだ。

「あ〜菅っちぃ〜スパゲッティ半分食べてね」

「貴美子はしょうがないね、パフェが食べたいからでしょ?」

「そうだよ、菅っちならイケるじゃん?」

行きは下道だったので帰りは御殿場から東名高速に乗って帰った、途中の足柄サービスエリアで何故か信玄餅を売っていたので買った。

明日は休みだけれど明後日からの私はゴールデンウィークにも関わらず病院の仕事をびっしりと入れている、5月3日だけは夜勤で他はずっと日勤だ。3日の夜勤明けには1人で横浜美術館にでも行って来ようと思った、4日は明けで翌日は休みだ、たまに明けの翌日に日勤が入る事があるがそれはイレギュラーで大体明けの翌日は休みと決まっている。

「貴美子がカトレア出るのは6日から?」

「そのつもりでいる」

「俺5月の給料入ったらさ、行くよ」

「本当?嬉しい、ちょっと恥ずかしいけど」

「貴美子がクラブとかキャバレーの時は行けなかったから」

「菅っちそれそれ、何で今回来る気になったの?やっぱさぁクラブとかキャバレーって敷居が高い感じなの?」

「スナックなら行った事があるからだよ、クラブとキャバレーは未体験だから、どの位掛かるか分かんないしね」


瀬谷に帰り着く頃には東の空が白々としている、私達は順番にシャワーを浴びてベッドに入った。

「目が覚めたらちょっと遊びに行こうか?」

「パチンコ?いいよ、何かさぁ、ガキデカ出たよね?やってみたい、原作読んでたから」

「貴美子は面白いのが好きだね」

「面白そうじゃん?どんなのか分かんないけど」

目覚めたのは昼過ぎで私達は近所のファミリーマートで朝食になるサラダやおにぎりやパンを買って缶コーヒーで流し込む、今夜は遊んだ帰りに食材を買って家で食べよう。

行ったのは上川井の16号線沿いの三益球殿で目当ての台は確かにあった。

並んで座ると2人共5千円位で当たりを引いたので持ち玉で暫く遊んでいた。

「菅っち、そろそろ帰ろうよ、今日私ご飯作るから」

「そうなの?リクエストしていい?」

「私に出来る料理なら」

「大丈夫だよ、前に作ってもらったから」

「え〜何々?」

「青椒肉絲、それにプラスして麻婆豆腐もあったら嬉しい」

夕食のメニューはこれで決まりだ、青椒肉絲と麻婆豆腐、それにサラダがあれば私も満足だ。帰りに瀬谷のマルエツに寄って食材を買った。


休みが過ぎると途端に忙しくなる。4日連続の日勤の後夜勤だ、明けて休みを挟んで6日から又日勤が続く、それと同時にカトレアにも出勤しなければならない。

忙しくしていると時間が経つのが早いものでもう夜勤明けの後の休みだ、明日は日勤とカトレアだと思うとちょっとサボりたくなってしまうがそうはいかない。

翌日日勤が終わって、私は午後6時半迄は大和駅の近くのフロリダにいた、今日は所謂同伴出勤の待ち合わせだ。

「薫ちゃん待った?」

銀座からの仲の客がにこやかに笑いながら私の陣取るテーブルに近付く、私は首を振って待ってないと言う。

「いやぁ、薫ちゃんのお陰で安く酒が飲めるいい事だね、スナックは僕は昔行ったけどね、単なる安酒の置いてあるだけの場所だと思ってたんだ、でもシーバスリーガルのロイヤルサルートもあるし、摘まみも家庭料理みたいでいいね」

「三浦さんに気に入ってもらえると嬉しい」

三浦と言う設計事務所のオーナーと一頻り話をして小田急江ノ島線の各駅停車で高座渋谷に行く。私が食事でもと言ったのだが、カトレアで炒飯を食べるからいいと言って、フロリダでコーヒーを飲むだけで店に入った。

「いらっしゃいませ、薫ちゃんお疲れ様」

「全然お疲れ様じゃないですよ、三浦さんここでご飯食べるって言ってくれてるし」

ゴールデンウィーク明けは皆経済的に余裕がないみたいでこの日店に来たのは私が呼んだ客が3組と店の客と覚しき客の計4組だ、店の客は長後の駅から程近いいすゞと言う自動車メーカーに勤めるエンジニアとその連れの2人組だ。

「薫ちゃん紹介するわ」

ママに言われてカウンターの端の2人組に挨拶をする、稲葉と言うエンジニアともう1人は初めて稲葉が連れて来たらしい、日比野と言う男だ。

「宜しくお願いします」

私は店の客なら特に愛想を良くしようと笑顔で挨拶した。

「薫ちゃん、よろしくね俺稲葉、そんでね、こいつ、酒飲めないんだけど日比野っての言うんだ、何か飲んでいいよ」

「じゃあ遠慮なくアイスティ頂きます」

その時日比野ははっきりと舌打ちして私を睨み付けた。これが私と日比野康夫の出会いだった。(続)


次回 私、嫌われてる

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